第4話 夢見る少女とマナー講座


 新一年生が入学して三ヶ月が経ちました。


 アリアたちは、その間にたくさんの授業を受けてきました。魔法の基礎から戦闘技術、さらに歴史や戦略についても学びました。


 そんなある日、新しい授業が始まるという告知がありました。それは『マナー講座演習』です。 

 

 冒険者で名声が上がると、貴族や王族から目に留まることがあり、交流がある可能性があります。その時に無礼がないように練習をするのです。


 正装した姿で講堂に集められた生徒たちは、一部の生徒は貴族らしい洗練された空間に緊張感を漂わせていました。

 長いテーブルの上には銀製のカトラリーが並び、白いテーブルクロスが高級感を一層引き立てています。


 そして、生徒たちに緊張感が漂う中、一人の正装された男性が入り口から姿を現します。


「あの方は!? ビーリス・グラミアン様! どうしてここに!?」


 そう叫んだのはゼルでした。


 その声に反応したビーリスと呼ばれていた男性は、ゼルに近づくと、片膝をつき言葉を交わします。


「こんにちは、ゼル坊っちゃん。聞いたよ、この間のダークヒュドラー討伐作戦の時に大活躍したってね」


「い、いえ! 魔物とせ、精霊との相性が良かっただけです」


 ゼルは緊張のあまり声が上がっている様子です。


「ゼル坊っちゃんの巨大な敵に立ち向かう勇気、みんなを守りたいという気持ちに、精霊たちは力を貸してくれたんだと思うよ。君はこれからまだまだ成長できる。自分の力を過信しすぎず頑張ってね」


「はい! ありがとうございます!」


 周りの生徒からは、ゼルを褒め称える大きな拍手が聞こえてきました。


 肩幅は広く、全体的に堂々とした体格をしています。豊かな黒髪は完璧に整えられ、わずかに波打つ髪は光を反射して艶やかに輝いていました。

 鋭い目は深い知識と経験を感じさせ、どこか冷静で厳かな光を宿しています。

 彼の眼差しには、見る者に畏敬の念を抱かせる不思議な力があります。

 彼が纏う服は、高貴さを象徴する深い青の絹でできており、金糸で繊細な模様が刺繍されています。  

 肩には豪華な刺繍が施されたマントがかかっており、その端には家紋が誇らしげに輝いています。


 貴族の男性は片膝をついたまま、優雅な動作でその姿勢を保っていました。彼の背筋はぴんと伸びており、その姿勢からは誇りと気品が滲み出ています。


 彼の顔には落ち着いた微笑が浮かび、その目は相手をまっすぐに見据えており、声には揺るぎない確信が宿り、言葉一つ一つが丁寧です。彼の言葉は重厚でありながら、温かみも含まれており、その場の空気を落ち着かせる力があります。

 片膝をついたままの姿勢は変わらず、その礼儀正しい態度が彼の高貴さを一層際立たせていました。


 そして、立ち上がり生徒たちの方へ体を向けると自己紹介を始めました。


「ご紹介が遅れて申し訳ありません。私は本日皆さんにマナー講師を担当させて頂きます。ビーリス・グラミアンです。ご友人である学園長殿とのご縁で私が担当させてもらうことになりました。私もまだまだ未熟者ですので、皆さんと一緒に学べたらと思っております。よろしくお願いしますね」


 講師のビーリスは、優雅に一礼すると、静かに歩を進めた。彼の動き一つ一つが洗練されており、自然と生徒たちの視線を集める。


「ビーリス様は未熟ではありません! 王室近衛騎士団第一室頭領を任されていて、それに名声も高い立派な方です!」


「ゼル坊っちゃんありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。しかし、私も人間だからね。生きている限り人は伸び代があるんだよ。君たちにも、そして私にもね。私は今の実力に満足していないんだ。もっと精進して、王族や国民の皆さんが安心して暮らせる世の中にしたいんだよ。それが私が貴族として生まれた喜びなんだ。傲慢さを覚えたら人の成長は止まってしまうんだ」


「なるほど……っ! 自分ももっと精進して高みを目指します!」

「良い心がけです。期待しているよ」


 ビーリスはゼルに優しく微笑みました。ゼルもとっても嬉しそうな顔を浮かべています。


「マナーの基本については学んでいるとお伺いしていますので、早速実際にやってみましょう。まずは私がお手本をやってみせますのでみなさんはそれに続いてください。まずは、基本的な挨拶のマナーから学びましょう」


 ビーリスは片膝をつき、背筋を伸ばしたまま、優雅に生徒たちに向き直りました。その姿勢からは品格と誇りが溢れ、見る者に自然と敬意を抱かせます。彼は静かな微笑を浮かべ、柔らかい声で語り始めました。


「さて、本日は貴族としての基本的なマナー、特に挨拶とお辞儀についてお教えいたします。挨拶は、貴族としての礼儀を示す重要な行動です。まずは、正しい姿勢を保ちながら、相手の目を見て丁寧に挨拶をいたします」


 彼は実際にお手本を示すため、ゆっくりと立ち上がり、生徒たちに向かって深く一礼しました。


「おはようございます、と言う時は、このように頭を軽く下げ、相手に敬意を示します。そして、自己紹介の際は、名前と家名をしっかりと伝えます」


 続いて、彼はお辞儀の作法について説明を始めました。


「お辞儀には、相手の地位や状況に応じていくつかの種類があります。まず、軽い会釈は友人や親しい間柄の方々に対して行います。角度はおよそ十五度です。そして、深いお辞儀は、目上の方や公式な場面で使用します。角度は三十度から四十五度程度が適切です。女性はスカートで膝を落とすと裾が地面に付いてしまうので両手でスカートを持ち上げてください」


 彼は実際に十五度と四十五度の角度でお辞儀をしてみせ、生徒たちにその違いを理解させました。


「また、お辞儀をする際には、背筋をしっかりと伸ばし、目線は相手に向けたまま、ゆっくりと頭を下げます。これにより、相手に対して誠実な敬意を示すことができます」


 彼の動作は一つ一つが美しく、丁寧であり、生徒たちはその所作に感銘を受けました。


「このように、挨拶やお辞儀は貴族としての品格を示す大切なマナーです。日々の生活の中で意識して行うことで、自然と身につくものですので、皆さんもぜひ心がけてください」


 ビーリスはそう言い終えると、再び丁寧なお辞儀をし、生徒たちに実践を促しました。生徒たちは真剣な表情で彼の言葉を受け止め、一つ一つの動作を確認しながら練習を始めました。


 ビーリスはできてない生徒に手取り足取り優しく教えていました。


「ちょっとアリアさん!? スカートを捲りすぎだよ!? 下着が見えてるからっ!」


 メルジーナのその発言に周りの男子生徒から注目が集まりました。


「うーん、難しい」


 アリアがロングスカートを履くのは人生で初めてです。そして、授業でしか学んでこなかったアリアには、いきなりの実践は難しいようです。


 優しくメルジーナはアリアに教えてあげている時、ビーリスが通りかかります。


「――グレイス!? そんなはずは……」

「グレイス? 私はアリアだよ?」

「おっと、申し訳ない。こちらの話です」


 ビーリスはアリアを見るなりその名前を呼びました。しかし、人違いだったようで、すぐに訂正しました。


「おや、そちらにいるのはメルジーナお嬢さん。学園とギルド警備隊のお仕事の両立はすごく大変でしょう。あんまり無理をして体を壊さないようにしてくださいね」

「温かみのあるお言葉、ありがとうございます。私は大丈夫です」


 メルジーナは身を正して、右足を左足の前に出しながら、両手を身体の前で揃えます。


 彼女の動作は流れるように優雅で、まるで舞いのようでした。そして、ゆっくりと膝を曲げ、深々と頭を下げました。その姿勢は品格に満ちており、貴族らしい気品を感じさせます。


「ビーリス公爵、ご機嫌いかがですか?」


 メルジーナの声は柔らかく、丁寧に問いかけました。彼女の挨拶は心からの敬意と優雅さが込められており、周囲の人々も彼女の姿勢に感銘を受けました。


「そう畏まらなくていいよ。今は公式の場ではないですし。いつも真面目なのは君の良いところではあるけど、たまには肩の力を抜かないと、いざという時に百%の力を出せなくなるからね」


「ありがとうございます」と言いながら、メルジーナは頭を下げました。


「君、スカートを掴みすぎているし、上げすぎてもいるんだ。ここくらいを掴んで、そう、その辺だよ。これで丁度いい高さになる。右足を前に出すのはこのくらいでいい。それで膝を曲げて、頭を下げてごらん」


 ビーリスはアリアにそう声を掛けると、手を取って丁寧に教えました。


「わぁぁっ! すごーい! メルジーナちゃん! 私できてる!?」


「アリアさんちゃんとできてるわよ。すごいわっ!」


「先生ありがとう!」


「どういたしまして。スカートの掴む量、足のこの角度を忘れないようにね」


「うん!」


「ビーリス公爵。ひとつよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう」


 そう声をかけてきたのは黒髪でお団子ヘアーをした女の子でした。


「私の名前はカルナ・マテリアと申します。その礼儀知らずな娘は、貴族ではありません。何故、カーテシーを教えるのですか?」


 カルナの母親は貴族であり、魔道具作りのエキスパートです。この地の貴族の中でも、ベスト五に入るくらいのお金持ちで魔道具専門店のお店もしています。父親は魔道具の修理をしているようです。


「マテリア家と言えば、フーリン子爵ですね。では、質問にお答えしましょう。この学園は、貴族出身の生徒と一般家庭出身の生徒が混同して生活をしていますね。しかし、ここの学園に在籍している間に、この『爵位推薦バッジ』を七つ集めると、卒業後に王様から爵位が授与されるのは存じ上げていると思う。そのため、学生の皆さんは貴族になれるチャンスが平等にあります。将来、貴族になった時に困らないように今、勉強するんです」


「……承知しました。申し訳ありません。ビーリス公爵」


「構いませんよ。私に社交辞令は必要ありません。今はただのマナー講師です。共に楽しく学びましょう」


「はい!」


 『爵位推薦バッジ』とは王様に選ばれた七人の貴族が所持している国印が彫られてあるバッジのことです。そのバッジの獲得方法は人によってそれぞれです。ここ数十年、七つ集めた生徒は現れていません。


 生徒に取って充実した時間が経ちました。


 挨拶のマナーの後に、テーブルマナーや貴族との会話のマナーなども学びました。


「以上が、本日のマナー講座の内容です。皆さんよくできました。これからも実践を重ねて、マナーを身につけてください。皆さんの将来が明るいものになりますよう、私は心の底から願っております。また機会があれば、また講師をさせてください。では、失礼します」


「ありがとうございました!」

「ビーリス様! お忙しい中ありがとうございます!」


 ビーリスは笑顔で生徒たちにエールを送り、講座を締めくくった。生徒たちはその場で拍手をし、感謝の気持ちを込めて彼にお辞儀をしました。


 教室に帰った後、いつもの服装に着替えてもアリアは、カーテシーをしたまま教室を歩き回っていました。


「ちょっと、アリアさん!? もうカーテシーはしなくていいのよ?」

「だって、できると楽しいんだもーん! クルクルー」


 メルジーナが声を掛けるとアリアは、クルクル回転しなながら笑顔で振り向き、答えました。


「アリアさん、そのスカートでそんなクルクル回ると下着が丸見えですよぉっ!?」

「えへへっ」


 その場にいる男子の視線を独り占めするアリアでした。

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