第10話 魔王の下準備


 ディアルバスが魔王になって数日が経ちました。


 深夜、月明かりが幻想的な光を投げかけながら、セミロングの茶髪を持つ女性が静かな森の中を歩いていました。暗闇の中で木々が静かに立ち並び、夜の生き物たちの微かな音が耳に響く。女性の足取りは確かに、しかし何かを求めるようにも感じられます。


 やがて、森の中から聞こえるはずのない謎の音が、彼女の頭を混乱させ、道に迷いながら何かを求め歩いている状態のようでした。


「家に……着いた……。ただいまぁ。あれ? 私のベットこんなに硬かったかな?」


 その女性は平たい大きめの石に寝転びます。


「もう解除していいよ。段取りは覚えてるよね?」


 そう言い出したのは、木陰に隠れていたディアルバスでした。


 ガサガサと音を立てながら、木の上からザラハは姿を現します。


「覚えているぞ。俺がこの女を襲ってお前が助けて俺は退散。そしてお前が情報を聞き出すんだろ? 本当にこんなので上手くいくのかぁ?」


「大丈夫大丈夫。ギルド会館の職員の人は恋愛の一つもできないほど忙しい日々を送っているからね。僕のようないい男に助けられたら、イチコロで落ちるよ」


「自分で言うのかそれ……」


「さぁ、これも邪神様のためだよ。ちゃんと働いてね」

「分かったよ。――仕方ない、俺はお前についていくって決めたからな。だが、魔族って気づかれたらまずいんじゃないのか?」


「大丈夫。恋に上下の隔てなしだよ」


「確か恋愛には身分や地位の上下による差別は全く無いってやつだったか? 人間と魔族だから種族違いであって、上下関係ではないだろ?」


 ザラハの言葉にディアルバスは左手を胸に当て、高らかに宣言します。


「僕は魔王。彼女たちは一般人。僕は下の人間も差別しないよ?」


「お前が差別する側だったのかよっ!」


 ディアルバスは女性を見て言葉を使います。


「そろそろ目が覚めそうだから隠れてようか。迫真の演技を期待してるよ」


 そう言って再び木陰に隠れます。


「ったくぅ。演技とかやったことねーよ」と文句を垂れ流しながら、女性が起きるのを待ちました。


 一分ほどで女性は意識を取り戻し、起き上がり周りを見渡します。


「うぅん。あれ? なんで私こんなところで寝てるんだろ? ここは……森の中? どっちが街だろう?」


 女性の意識は朦朧としていた。ザラハの超音波で意識を奪われ、軽い催眠状態になっているようです。


 目を覚ました女性を見て、ザラハは傲慢な態度で接します。


「ケケッ! 目が覚めたか」

「キャーーーーーッ!!!」


 蝙蝠型の魔族を見て女性は悲鳴を上げます。


「うるさっ!? じゃなくて、お前は今からこの俺様に喰われるんだぁー!」


 初めての演技のせいか、緊張感が漂い、棒読み感がすごく、あんまり恐怖感はありません。


「い、嫌っ! 来ないで! キャッ!」


 しかし、女性は恐怖に押しつぶされ、ゆっくりと後ろに退いていく様子がうかがえました。


 ザラハは不敵な笑みを浮かべていた。初めて人間に恐怖を与えたことで優越感を感じたのだ。これを気に彼の演技に拍車がかかります。


「フハハハハッ! お前はもう逃げられない! ここで俺様のご飯となるのだ!」


「いやぁぁぁぁっ!!!」


 女性は恐怖のあまり逃げ出します。


 しかし、ザラハは空を自由に飛んで女性の前に降ります。


「ケーーーケッケッ! ただの人間がぁっ! この俺様からぁっ! 逃げられるわけぇ! ねぇだろぉぉがぁぁぁっ!」


 女性は尻もちをついてガクガク震えています。


 涙で顔がグシャグシャになっています。


 攻撃魔法を使おうとしていたのか、手をザラハに標準を合わせていたが、ブルブルと手が震えて定まっていません。


「おぉ? なんか手品でも見せてくれるのかぁ? あぁっ!?」


(早く助けに入ってくれよー! もう、次の言葉が出てこねぇよー)


 ザラハは恐喝じみた言動を取るのと同時に心の中ではそう思っていたその時、茂みから「そこまでだよ」と颯爽とディアルバスが現れました。


「あぁん? なんだてめぇ! 死にてぇのか!?」

「僕はまだ若いからね。まだ死にたくはないね」


 ディアルバスは女性の肩を寄せ、「怪我はないかい? もう大丈夫だよ」と優しい言葉をかけました。


「はい……。怪我はないです」

「そっか。なら、良かった。君ー、綺麗だね。何をしたらそんな綺麗な肌を保てるんだい?」


「は? お前、自分の立場分かって言っているのか!?」


 ディアルバスの不意に放った言葉に、ザラハは驚きを隠せませんでした。


「さ、最近、後輩に勧められた化粧品が肌に合っているようで……」

「お前も律儀に答えるなぁっ!!!」


「へぇ。なんて化粧品? 僕にも教えてよ」

「興味を持つなぁぁぁっ!!!」


 ディアルバスの自由奔放な性格に振り回されるザラハ。ツッコミばかりで少し疲労している様子がうかがえます。


「お前らと関わっていると気分が悪くなる。今回は見逃してやる!」


 ザラハはもうそろそろ退散していいだろうと思い、そう切り出しました。


 しかし、ディアルバスから放たれた言葉は予想もしない言葉でした。


「まあ、教えてもらうのは後にして……。冒険者ランクシルバーの僕が相手になろう」


「いや、ここは俺を逃せよ! それにシルバーランクってまだまだ半人前の冒険者じゃねーかっ!」


 パチンッ! 


 ディアルバスが指を鳴らすと彼を中心に強大な魔力が溢れ出します。


「な、なんだその化け物じみた魔力の量は……?」

 

「これでも半人前と呼べるかな?」と、ディアルバスは微笑みながら返した。


「い、いえ、すみません」


(こ、これが魔王の力……。魔力量はサファイアスより少ないが、普通じゃねぇ! 半人前で本気で怒ったのか?)


「今日はこのくらいにしといてやる!」


 そう言ってザラハは大きな翼を広げて闇が広がる森の中へ飛び去りました。


「ふぅ。ハッタリが通じたみたいで良かった。もう暗いし家まで送るよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ディアルバスは優しく声をかけ、満身創痍の女性を励ました。その瞬間、女性の目には微かな希望の光が灯ったように映りました。



 そして、女性を家まで無事に送り届けた後、ディアルバスはザラハと森林で合流していました。


「あはははーっ! 何あれー! い、いえ、すみませんってー。笑いを堪えるのが大変だったよー!」


「すみません。本気で怒ったのかと……」

「別にそんなことで怒らないよー! 敬語じゃなくていつも通りに話してよー。僕、堅っ苦しいのは嫌いだから」


 ザラハは頷きます。


 ディアルバスは空間から禍々しい魔力を纏ったものを取り出します。


「そろそろこいつの出番がくるかもね。楽しみだ」


「それって、サファイアスの下半身!?」


「そうだよ? 回収しておいたんだ。サファイアスはバークベアーに自分の魔力を与えて暴走させた。なら、魔王だった者を直接摂取したらどうなるか、気にならない?」


「趣味悪すぎだろ。でもまあ確かに、魔力を付与しただけであんな力が手にはいるなら、直接喰ったらどうなるかは気になるな」


「でしょー? まあ、まずは選別しなきゃね」


 そして彼らは、そこら辺で見つけたバークベアーやガルルゴブリンなどに女性を襲わせました。


 それをディアルバスが助ける一芝居を何度も何度も繰り返しました。


 そして、会話していく中で有力な情報を持っていた最初の女性一人にターゲットを絞り込むことに成功しました。


「さて、そろそろ下準備はいいかな。バークベアーはどうなったか。古の魔道具の所持者及びその能力。これらの情報を手に入れるよ」


「あぁ!」


 そう言って、二人はシュルトシティに向かいました。

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