第9話 夢見る少女と暴竜ジャリラ


 シュルトケイブという小さな洞窟を抜けた先にはシュルト鉱山が広がっています。今回の目的地、シュルトトレインは鉱山の中にあるのですが、洞窟前の入り口には土嚢袋がギッシリと積まれ、通路が塞がれていました。


 立ち入り禁止と書かれたバリケードテープが貼られていて、アリアの身長では奥が見えない状態。


「あれれー? 道間違えたかなー?」


 アリアは数秒の思考の結果、一度シュルトシティに戻ることにしました。


 シュルトシティのギルド会館に帰り着いたアリアはいつものお姉さんの所に向かいました。


「ねぇねぇ、お姉さん!」

「はい? なんでしょう?」


 アリアはシュルトトレインを利用するためにシュルト鉱山に向かったが、土嚢袋で先に進めなかった事を説明します。


 するとお姉さんは顎に手を当て、困った顔で答えました。


「今ね、シュルト鉱山内で『暴竜ジャリラ』っていうドラゴンが暴れた影響で、瓦礫などが散乱して道を塞いでいるんですよね」


「なるほどー。いつになったら通れるようになるかなー?」


「うーん。そうだねぇ。通るだけなら、竜を討伐するか竜が別の場所に移動したら通れるとは思うけど、トレインが利用できるようになるのは片付けとか必要だからもっと先だろうね」


 お姉さんの言葉にアリアは、「ここから歩いて向かうと一年くらいかかるからぁ。うーん。ギリギリかなー?」と独り言を呟いた。


 アリアは王都にある冒険者育成学園の試験の日までに間に合うかの心配をしているようです。あと、一年と少しの期日で王都に着いておかないといけません。


 お姉さんは地図を取り出して、指を動かしながら説明してくれます。


「竜の騒動が収まる前に王都に向かうとしてもね。ここの北西は立ち入り禁止エリアで、そしてこっちの北東はかなり遠回りになるから、来年の春の到着は厳しいかもね」


「山を登ることはできないの?」


「山を登るにもシュルト鉱山の先にあるからどのみち今は無理だねー。でも今、竜討伐隊が向かっているから、その内通れると思うから少し待っててね」


 アリアは数秒考えた後、パッとした顔をして、こう言いだします。


「分かった! なら、私がドラゴンを討伐する!」

「それがいいと思います。少しの間観光を……え? 今なんと?」


「私がドラゴンを討伐するって言ったよー! 絵本の中でしか見たことがないから見てみたいしー」


「えぇ!? 危険ですよ!? 絵本の中とは違って理性のない凶暴な竜が多いんです! 最悪死ぬかもしれませんよ!?」


 アリアは笑顔のまま答えました。


「大丈夫だよ! 私、強いもん!」

「強いって言っても君、まだ冒険者成り立てでしょ? 竜の強さは、そこらのゴブリンなどとは比べものにならないほどの力の差があるんですよー。せめてシルバーの星3くらいはないと……。ってあれ!?」


 アリアはお礼を言った後、お姉さんの話を最後まで聞かずにそのまま出て行ってしまいます。


 そのまま門に向かい、立っていた警備兵にシュルト市長はどこにいるかを尋ねると、警備兵の男は、指を差しながら「あっちの森の方に向かっていったよ」と快く答えてくれました。アリアはお礼の言葉を言った後、その場を後にしました。


 シュルトケイブを抜けようとしたその時、洞窟は竜の荒々しい咆哮に震え、天井から砂と石が崩れ落ちてきます。


「わぁぁ。地面が揺れてるー! ドラゴンの咆哮ってすごいんだなー。すぐ近くで戦っているのかな?」


 アリアは駆け足でシュルトケイブを抜けます。


「うわぁぁ! 大きい! 本当にいたんだぁ! ドラゴン!」


 少女の目に映ったのは、鉱山の前にそびえ立つ中型竜でした。その巨大な胸から轟くような咆哮は周囲の者たちを圧倒していました。


 暴竜ジャリラは深紅の鱗で覆われ、その体は力強くたくましい筋肉で満たされています。その牙は鋭く、凶暴なまでの眼差しで周囲を見つめています。翼は広大で、鱗の中には赤と白が交互に輝きます。ジャリラの咆哮は地を揺るがし、その存在は圧倒的な迫力を放っています。


 この世界の竜は、リザードマンなどが小型、ドレイクが中型、ドラゴンやワイバーンなどが大型の龍として、大きさや強さで区別されています。さらに、中型以上の竜の多くは人間の言葉を操り、その中でも賢明な種は特に危険な存在とされています。そのため竜の被害を受けた村や町は少なくありません。


 竜の生息地は人が密集する場所に住んでいる場合が多いです。理由は竜は賢い生き物なので荷馬車には食べ物がたくさんあることを知っています。そのため、荷馬車を襲い自分の巣に持って帰り、一気にたくさんの食料をゲットします。馬も彼らに取っては大切な食料です。


 アリアは数人の討伐兵と共にいるシュルト市長を見つけます。


「あっ! 市長だ!」


 シュルトは手にした短い斧を振りかざし、「うおおぉぉっ!」と雄叫びを上げながら、勇敢にドラゴンに向かって駆けていきます。


 ジャリラは低く唸り声を発し、シュルトに向けて視線を注ぎながら様子をうかがっているようです。


 そのドラゴンの後方には高台があり、複数の弩砲や砲台が陣取り、重厚な迫力を醸し出していました。


 シュルトは竜の足元まで近づいて、斧を振るおうとすると、ジャリラは長い尻尾でシュルトを凪払おうとしたが、それを読んでいたシュルト市長は飛び上がりその勢いのまま右足に重い一撃を入れた。


 ジャリラは怯み、後退した。


 シュルトは急いで討伐兵と合流して号令をかける。


「第一陣! バリスタ拘束弾! 撃てーーーーっ!!!」


 その合図で高台に待機していた人物たちは一斉に竜に標準を合わせて、放たれた。その拘束弾はジャリラの両翼に鋭く絡みついた。ドラゴンはその瞬間、強烈な牽制に身を捩り、轟くような唸り声を上げた。拘束された翼は無情にも、空を舞う自由を奪われてしまった。


「第二陣! 砲台部隊! 撃てーーーっ!」


 待機していた砲台部隊が大砲の導火線に火をつけた。轟音が響き渡る中、鉄の砲弾がジャリラの方へ向かい、轟然と爆発。頭部と胴体から黒煙が覆う中、ジャリラはゆっくりと倒れていった。


 シュルトは倒れゆく竜を真剣な眼差しで見つめていると、一人の討伐兵が話しかける。


「シュルト市長。トドメに魔道砲は使用しますか?」


 シュルトはすぐに首を横に振った。


「あれは試作品だからね。実戦で使うにはまだ早すぎる。それにこんな狭い場所で使ったら怪我人が出るかもしれない。街や近くの村に被害は出したくないからね。大砲の準備を用意してくれるかい?」


「分かりました。直ちに」


 そう言った一人の討伐兵の男性は高台にいる仲間にシュルトの言葉を伝えて回った。


 再び砲台に弾が詰められた。


 シュルトは近くにいた討伐兵に、「ジャリラが起き上がる前に撃ちこんでもらおう。我々は安全を確認した後、突撃しよう」と言った。


「御意!」


 砲台部隊は準備ができたようで、頭の上に円を作った。この合図はいつでも撃てるという合図らしい。


「撃てーーーっ!!!」


 再び大砲は発射された。


 黒煙が晴れるとジャリラの爪は欠け、立派な翼はボロボロに、翼膜は破れ、空を飛ぶことは困難に見える。


「竜の生命力は高い! 首を断ち切れーっ!」


 シュルトの激励でシュルトを含めた四人の討伐兵は瀕死状態のジャリラに向かい、走った。


 基本的に竜は非常に聡明でずる賢い生き物で、その中でも暴竜ジャリラの知能は低い方だが、それでも竜である。相手を捕食するときや敵を葬り去るときには、一芝居うつことがある。


 シュルトたちが近づいた瞬間、ジャリラは予備動作を見せずに長い尻尾で彼らを薙ぎ払った。


「「うわぁぁっ!」」


 あまりの速さにシュルトを含む討伐兵たちは躱すことはできなかった。


 そのままジャリラは起き上がり、すぐさま炎のブレスを吐いた。その高温で鎧は溶け始めた。


「熱い熱い熱いぃぃ!」


「鎧を脱げ! 今すぐだ!」とシュルトは叫んだ。


 シュルトは鎧を着ていなかったので軽い火傷で済んでいた。そして、討伐兵たちの兜や鎧を斧で壊した。

 

 その隙にジャリラは後方にあった大砲などを壊して回った。


「全軍! 退避せよーっ!」


 兵士たちは高台から降り、シュルトの元へと集合した。


「まとまったらブレスの餌食だ! 散らばるんだ!」


 シュルトの言葉で兵士たちはバラバラに散らばろうとするが、ジャリラはすかさず炎のブレスを吐いた。


「うわぁぁぁっ!!!」

「熱い熱いぃ」


 などの悲痛な叫びが聞こえた。


 ジャリラは尻尾を高く上げ、倒れ込んだ兵士に攻撃を仕掛けようとした。


「くっ。このままではまずい!」


 シュルトはそういいながら、その兵士をおぶって走ろうとするが、その場で倒れてしまった。


 彼は最初のブレスで左足を火傷をしていたのであった。


「あ! 市長が!」とアリアは呟き、シュルトの元へと走り出した。


「君だけでも助かってくれ!」とシュルトは言いながらその兵士を横に投げた。


「こんなダメな市長についてくれてありがとう」


「「市長ーーーー!!!」」

「シュルト市長ーー!!!」


 ジャリラは高く上げた尻尾を振り下ろすと、『ビュンッ!』と空を裂く音が鳴った。


 竜が叩きつけた尻尾をアリアは受け止めましたが、『ゴォン!』と激しい音を立て、地面は抉れてしまった。


「痛ーい。でも捕まえた!」


 シュルトはその声に反応し、顔を上に向けた。


「き、君は! あの時の冒険者のお嬢ちゃん!? なぜこんなところに?」

 

 竜が尻尾で押し潰そうとする中、アリアは必死に力を入れ、抵抗し続ける。


 少し苦しそうな声で答える。


「シュ、シュルトトレインで王都に行きたくてっ! ギルド会館のお姉さんにドラゴンの退治が終わったら通れるかもって聞いたんだ」


「それは、安全が確認できたら通行可能だけど。まずは、このドラゴンを何とかしないといけない」


 シュルトは横にずれながらそう言った。


 アリアは一切の迷いなく自信満々に言いきります。


「やったー! じゃあ倒すね!」

「君のような小さい子に任せるのは心苦しいが、よろしく頼むよ」


「うん! 任せて!」


 掴まれた尻尾をジャリラはアリアの手を振り払おうとするが、アリアの力が強く、容易には振り払えない。


 ジャリラは口を大きく開けた。


 ブレスが来ると予測したアリアは手を離すと、その瞬間にジャリラは後ろに倒れ込み、ブレスは予測できない方向へ飛んでいった。


 ジャリラは翼を大きく羽ばたかせ、空をフラフラと飛び始めた。


 シュルトは深刻な顔をして言った。


「まだ飛ぶ力が残っていたのか! こちらからの攻撃手段がない……」


 アリアは「うーん。どうしようかなー?」と呟き、数秒経った後、笑顔になった。


 何か策を考えついたようだ。


 アリアはジャリラの真下に行き、杖を両手に持ち替えて、その場で回転を始めた。


 その勢いは凄まじいものだった。すぐにアリアの周りに風が吹き荒れ、次第に竜巻を発生させた。


 その竜巻はジャリラを捕まえ、空中で踊るように激しく動き回った。


 回転を止めると、空中で少し回転した後、ジャリラは頭からゆっくりと落ちてきた。


「天空回転落下撃!」


 地面に落下する前にアリアは杖で強い一撃をジャリラの首元にヒットさせた。


「ゴオォウ」と弱々しい声をあげながらジャリラは、地面に激しく叩きつけられた。


 アリアはジャリラの近くで飛び上がった。


「必殺! 脳天カチ割り杖殴り!」


 アリアの杖はジャリラの後頭部を叩き潰した。


 アリアの杖殴りは竜の頭さえ潰せる力を持っていた。


「弱ってたのかなー? あんまり手応えなかったなー」


 アリアはシュルトの元に向かった。


「あの暴竜を簡単に倒すとは。お嬢ちゃん、強いんだね」

「私の名前はアリアだよー!」


「アリアさんだね。覚えておくよ。改めて私を助けてくれて、あの竜を討伐してくれてありがとう。何かお礼をさせてほしい。何か欲しい物はあるかい?」


「んー。欲しい物は特にないかなー? 私、来年の春までに王都に行きたいから、シュルトトレインに乗りたい!」


「分かった。約束だよ」


 シュルト市長はアリアと約束してくれました。


 竜が暴れた影響で途中までしか送れない可能性はあるが、必ず王都に間に合うように手配してくれるみたいです。


 三日後のお昼に、この場所に足を運ぶことになりました。


 アリアはシュルト市長にお礼とお願いをして、負傷者たちをシュルトシティの病院まで運んであげました。

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