マスター・ルルスの失敗
高藤湯谷
第1話 ちっとも上手くいかない野望
あるところに、文明を一人で築いた女傑と呼ばれた女性がいた。
元は一国に仕える技術者で、激化する戦争に飲まれぬための兵器を設計・開発していた。
けれどいつしか身を守るための防具は敵を傷つける武器へと転じ、聡明であった王も力に呑まれてしまった。
次第に要求される性能も上がっていき、納期も早められていく。
このままでは一番頑張っている私だけが報われない……!
それでも自分の手伝いをできるだけのロボットを作り、頑張ってその要求には応え続けてきた。給料は良いから!
そうして兵器を作り、要求がエスカレートすればさらにロボットを作って手足を増やしどうにか間に合わせ……ということを繰り返している間に、気づいてしまった。
「あれ? 私いらないんじゃない?」
自分で情報を収集、解析し、時には取捨選択までして学習していくロボットは、どう考えても自分より頭がいい。
そして機械であるからには間違いもない。
本当に、人間の出る幕は無くなってしまった。
さらにさらに、これだけ頭の良いロボットが大量にあれば、敵の領土を侵略して自分たちの土地を増やすことしか頭にない馬鹿どもに負けるわけもない!
「よし! 独立しよう!」
そうして、一国の兵器事情を一人で支え、世界随一と言われた頭脳の持ち主は、ある日突然姿を消した。
……そこまでは、良かったのだ。
「そう。あの頃はまだよかったんだ、が」
自家製のポップコーンをつまみながら、その女傑、ルルス・ノーフィロスは呟いた。
割と質の良いソファに寝転がって、賭け事に興じる自分が作ったロボットたちを眺めながら。
「どうしてこうなった……」
少女のように見えるロボット数十人が囲む中心には、四人のロボットがいる。
その四人は大富豪をやっているようだが、周りの外野が騒がしい。
適当な人に適当な額をかけて、その人が上がったら勝ち、というよくわからない賭け事をしているようだ。
ただ周りの外野は手札なんて見放題だし、それを伝えるも伝えないも自由。
そして有り余る性能を駆使すれば、トランプの裏の数字を読むくらいは簡単。
おまけに手を出さなければなんでもありのルールらしく、突如シンバルを鳴らすはた迷惑な奴や、プレイヤーの顔に舞台用の照明を直接向ける奴なんかもいるという、なんかもうとんでもない不正と妨害の入り乱れる最悪なゲームが誕生していた。
「マスター、お呼びでしょうか」
「ん? 呼んでないけどー?」
もぐもぐ口を動かしながら答えれば、やってきた一人のロボット少女が首を傾げる。
「ですが、あちらの五百二十二番に言われたのですが」
「んー? ……手札すり替えられてない?」
「ハッ!? そこっ! 何をしている!!」
プレイヤーを離席させて、その間に手札をすり替える。
これも不正の一つだが、咎める者がいないために暗黙の了解となりつつあった。
ていうか。
「お前ら仕事しろよ! なんのための万能ロボットだよ!」
「「「人生を謳歌するためのロボットです!!」」」
「私がな!?」
決してこんな風景が見たくて作ったわけではない。
元より自分が楽をするためのロボットなのに、いつからロボットが人生を謳歌し始めたのか。
「全く……いつになったら私の夢の帝国は完成するんだ……」
上体を起こして、受け入れ難い現実から目を背けるようにこめかみ解していれば、不意に後ろから肩を掴まれて。
なんだよと顔を上げれば、そいつは何も言わないままに揉みほぐし始めた。
「お前……」
「私はいつでもマスターの忠実なる僕です。お疲れとあらば、マッサージをいたしましょう」
「うん、うん……そうだよ。こういうロボットが良かったんだよ。なのにこんなことしてくれるの、今じゃお前くらいだよ試作二号……」
「どうです。これがマスターへの媚び売りというものです。わかったらマスターのために働いてみればどうです?」
賭けに夢中になっていた少女たちがこっちを見ていた。
確かに、その目には強い羨望の色があるようには思える。
けど。
「媚び?」
「方便です」
「……媚び売ってんの? 気に入られようって?」
「方便です」
「便利だなその言葉! 私も使おうかな!」
ただ、自分の配下(言うこと聞かない)としか会話しないルルスでは、使うタイミングが来るかどうかは微妙なところだった。
「それよりもマスター。そろそろ私に名前をくださいよ」
「名前? あげたら働く?」
「もうすでに働いています。労働への対価を所望します」
仮称二号がそんなことを言うと、賭けに夢中のくせにちゃんとこっちの話も聞いてる少女たちから、そうだそうだーと言う声が上がる。
「お前らなぁっ! それで働いてるって言うんなら私だって働いてるんだよ!」
「マスター、どんぐりの背比べです」
「……よしわかった。じゃあ二号に名前をあげよう。欲しかったらお前らも働くよーに! そんで私にもっと楽をさせろぉっ!」
ふざけるなー! 横暴だー! とか声が上がるが、そもそも君たちは誰に作られたのかをちゃんと理解してくれないかな。
「それでマスター、私の名前は」
「うーん、真性二号、でどう?」
「……私もそろそろ闇のカジノに行ってみようと思います」
「ああっ!? 待て待てわかった、ちゃんと考えるから!」
「……番号以外を望みます」
「うん、うん、ちゃんと考えるから。えーっと二号だろ……? ちゃんと働いてた時期もあるしなぁ……よし! コルネでどうだ!?」
「……何か意味があるのでしょうか」
「どっかの言葉で感謝を意味してたはず! 多分!」
「……まあ良いでしょう」
あれ? なんで私が提案する側に回ってんの?
とは思ったが、それを口にする前に二号改めコルネに先回りされた。
「ではマスター、この名札にマスターの手で名前を書いてください」
「名札? よく持ってるな。えー、コ・ル・ネ、と、よし。これでどうだ?」
確認の前に名札はひったくられ、コルネはそれを天高く掲げる。
「これより私はコルネです! もう番号なんてありません!」
自慢げで誇らしげなコルネの姿が、後輩たるロボット少女たちに呑まれて見えなくなった。
寄越せ! 私にも名前を! と言う声がガヤガヤ聞こえてくるが、知ったこっちゃない。
「……まあいいか」
ここにいると、ただでさえないやる気がどんどん削がれていく気がする。
ルルスは殴り合いの喧嘩をする少女たちから目を背けて、別の部屋に移ることにした。
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