第58話―繋がる想い、届かぬ願い

「頼みました、サーリャ様」


僕がそう言うと、サーリャ様はまだ少し怖れているような、困惑したような眼で、それでもしっかりと頷く。

僕はその魂から彼の記憶を読み取り、『夢幻想神フギンムニン』にて、記憶の中のアリオスの身体を再現し、それを擬似的な依代にする。


「〚幻身顕現マニフェステイション〛。ある程度の自由は利きますが、身体の主導権は僕が持っていますので」

「くっ………」


アリオスは悔しそうに僕を睨む。


「今は僕じゃないでしょう。ほら、行ってきなさい」

「うおっ……」


そう言って僕は奴の背中を手で押し、彼女の前に出す。


「………久しぶりね、アリオス。いや………お兄ちゃん」

「……………」


アリオスは何も言わず、ただその眼を逸らす。

それを見て、サーリャ様は苦笑する。


「昔からよね、そうやって眼を逸らして首をかしげるの」

「うるさい。今更過去の話なんか出すな」


アリオスがぶっきらぼうに言い放つと、サーリャ様は困ったような顔をする。

そのまましばらく、沈黙が空間を支配する。

そして突如、サーリャ様がアリオスに近づき、彼を抱き締めた。


「!?おい、何を―」

「ごめんなさい………。私のせいで、お兄ちゃんを苦しめて……」

「っ………………」


アリオスはその顔に怒りと一緒に戸惑いのような表情を浮かべる。

今まで復讐の標的としていた彼女だが、実際は何も悪くないことに恐らく気づいたのだろう。その矛先を向けるならば、その対象となるのは両親なのだろうが、もはや彼らの両親はこの世にはいない。行き場のない怒りを、誰にぶつければいいのかわからない、といったところか。


―やがて、数分の時が過ぎた。

彼の中の迷いは未だ消えていないようだ。

だが―


「…………俺も、すまなかった」

「っ………!?」


アリオスがその手を、サーリャ様の頭に置き、そのまま滑らせるように、彼女の頭を何度も撫でる。

驚愕に目を見開き、その眼に涙を浮かべる彼女。アリオスの言葉は続く。


「俺は……どうしたら、いいんだろうな。できることなら……お前と、また改めて、ちゃんと兄妹としてやり直したい」

「……できるよ、だって……だって、私たちは兄妹だもん」


だが、アリオスは少し離れて、その首を横に振る。


「いいや。もう、戻れないよ。本当の兄妹に戻るには、俺の罪は重すぎた。この俺の大きすぎる業を、お前に背負わせられない」

「っ………!!そんなことない!今からでも、やり直せるよ!大丈夫だから!私も一緒に背負うから!!」


サーリャ様は号泣しながら叫ぶ。だが、彼の意思は固いのか、再度その首を振る。


「ごめんな。今まで、兄としていてやれなくて。もしも叶うなら、その時は………。次こそは、一緒にいたいな」


涙ぐみながらそう言ったアリオスは、カレン様の下へと向かう。


「別れは済んだかの?」

「………ああ。名残惜しいし、まだ戸惑いもあるけどね。………何故か、心は落ち着いているよ」

「ほう。中々肝が据わっておるの」


そう言うなり、カレン様は表情を一変させ、真剣な、王としての顔になる。


「反逆人、アリオス。貴様を国家反逆罪にて死刑とする―」

「そんなっ………!?」


カレン様の、無慈悲な宣告。サーリャ様はその宣告に、悲痛な声を上げる。しかし、それは当然なのだ。僕たちを殺すだけならまだしも、カレン様を、この国の王を手にかけようとしたのだから。

しかし、カレン様の言葉は続いていた。


「―ところじゃが」

「………え?」


カレン様は王族系統外魔法【虚無】にて、漆黒の檻のようなものを創り出す。


「お主の堕ちた要因は妾達にもあると言えよう。王として謝ることはできぬが、個人として、お主を救えなかったことを詫びよう。……すまなかった」


そう言ってカレン様は、深く頭を下げる。そしてすぐに上げ、また話し始める。


「これは〚虚無牢獄〛といってな。時間の概念も、死の概念も何も無い、文字通り無の牢獄だ。お主を、500年の禁錮に処す。異議のある者はいるか?」


僕たちは誰も何も言わない。ただ一人、サーリャ様が口を開く。


「………陛下のお心遣いに、深く感謝を」


そう言ってサーリャ様は深く礼をする。それに軽くうなずくカレン様。


「……さて、準備はいいかの?」

「………ああ」


カレン様が彼に向き直り問うと、覚悟を決めた表情で返答する。


「では―呑みこめ、〚虚無ろう―」


その、瞬間。

ストン、と、奇妙な音が聞こえた。

どこからともなく飛来した矢が、アリオスの胸に―いや、その魂に、直接刺さっていた。


「これ、は………」

「アリオスッ!」

「お兄ちゃん!!」


僕とサーリャ様は彼の下へ駆け寄り、膝の上に抱きかかえる。


―まずい!このままでは魂ごと消滅してしまう……!そうなったら、カレン様の御力でも蘇生できない!!


「大丈夫ですか!!!」


僕はその眼で魂を視る。だが、魂への直接攻撃は、癒すことができないのだ。


「〚解析アナライズ〛!………噓でしょう、何で解決策も何もないの!?」


悲痛な叫び声をあげながら、系統外魔法【光】にて、癒そうとするサーリャ様。

だが、その効果は一切ない。


「どけっ!!『魂冥天神ペルセポネ』、〚星魂改変オルタレーション〛!!」


サーリャ様を押しのけ、姉さんが魂を癒すべくその権能を行使するも、一向に良くなる気配は無い。


「クソっ……何でだよ、治れよ……!!!」


何度もその権能を行使する姉さん。その横で、少しでも気休めになるようにとサーリャ様も系統外魔法【光】を発動しているが、一切効果はない。

その二人の手を、アリオスはそっと押さえる。


「もう、いいよ。助からないことぐらい、自分が一番解ってる」

「そんなこと言わないで!!絶対助けるから!!」


アリオスはサーリャ様の言葉に首を振るだけで答えず、さらに話を続ける。


「………この矢は、恐らく……“聖界”の、だろう。それも……王族専用の、ものだろうな……」

「「「!?!?!?」」」


一同が驚愕する。何故だ。ここは今は外界とは完全な別次元で隔てられている世界のはず。ここに忍び込めるとなると、そいつはかなりの猛者だ。

僕は魔力探知を全開にして、その人物を探す。

どこだ。どこにいる。

隅々まで探していると、はるか遠くに、不自然な魔力を発見した。


「姉さん!!」

「解ってる!“魂滅の魔眼”ッ!!」


姉さんは右眼に鮮やかな紫色の魔法陣を浮かべ、魔力源を滅する。

しかし、よく見るとその正体は、土人形デコイだった。


「クソっ、逃げられたか………」


その瞬間、この世界に、何者かの声が聞こえる。


「―負け犬の駒など、もはや不要だ」


その声に、目を見開くカレン様とアリオス。


「シュタ、リウス…………」


アリオスは力ない声で呟く。

そして、その表情に自嘲を浮かべる。


「ははっ……。最後の最後に、彼からも見捨てられたわけだ……」


そう言って、涙を流しながら笑い続けるアリオス。


「いいえ。まだ、私がいるわよ?」


アリオスの顔を覗き込みながら、笑いかけるサーリャ様。その眼には同じく、涙が浮かんでいる。

それに、嬉しそうな、今までで一番輝くような笑みを湛えるアリオス。


「…………ああ……。そうだな………。最後の最後に、仲直りできて……よかっ、た…………」


言い終わると同時に、サァッ……と、光の粒子となって、アリオスは消滅したのだった。


「うぅ…………うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


後には、サーリャ様の号哭が、辺りに虚しく響き続けるだけだった……。

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