後輩に彼氏役を頼まれた(ほかに選択肢がなかったらしい)

小糸 こはく

第1話 せんぱい、おひさしぶりです

 シーン:夕方の小さな公園


 少し離れた場所から声がかけられる


「あっ! せんぱい、おひさしぶりです。急に呼び出してすみません」


 後輩(声の主)に近づくあなたに向けられるセリフ


「えっと、先輩が中学卒業してからですから、直接会うのは1年半ぶりですね」


 あなたはベンチの側に立つ後輩の前へ


「ここの公園、あの頃からまったく変わりませんよね。部活帰りにふたりでこのベンチに座って……いいから本題に入れ? はいはい」


 ベンチに座る後輩

 あなたはその右隣に腰を下ろす

 それが、あなたたちの場所


「……せんぱい」


 顔を寄せてくる後輩


「せん……ぱいはどうせ、彼女いませんよね! あたしの彼氏のフリしてくれませんかっ」


 後輩の失礼な言葉にあなたは反論する


「いるかもしれないだろ? 失礼だなって……」


「はっ! せんぱいに彼女がいるわけないじゃないですか。なんでそんな見栄はろうとするんですか。もし彼女ができたら、絶対あたしに自慢してますよ」


 実際、あなたに彼女はいない

 後輩にその事実を見抜かれて、少しムッとする

 自分がモテないことは自覚しているし、気にもしている

 親友に彼女ができたのが羨ましい


 とはいえ、彼女ができたからと中学時代の後輩に自慢はしない

 しないはずだ。彼女いなからわからないが


「そんなことしない?」


「……え? マジでいるんスか?」


 驚いた顔を見せた後輩にムカつきは消え、表情がゆる


「あーっ! その顔、からかいましたねっ」


 1年半ぶり。外見は女の子っぽさを増しているのに、性格は変わっていない後輩に、あなたは安心すると同時になつかしさを覚える


「やっ、やっぱりいないんじゃないですか! 笑うのやめてください、せんぱいが笑ってると、あたしも面白くなってきちゃうんですけど、あはっ! あはははっ」




「はぁ、はぁ……ひさしぶりにせんぱいと一緒に笑いましたね。一気いっきに気持ちが中学時代にもどりましたよ」


「あ、はいはい。それでですね、さっきもいいましたけど、あたしの彼氏役をやってほしいんです」


 理由を問うあなた

 この後輩に「やらかし」が多いのはわかっている。どうせまた、変な見栄みえをはったのだろう


「理由を説明しろ、ですか……」


「そう、ですね……それにはあたしのめられた過去を……って、早く話を進めろ?」


「はいはい、わかりました。せんぱいにもわかるよう、端的たんてきに説明します」


「えっとですね、クラスの気に入らないやつに彼氏いるって見栄はっちゃった……てへ♡ 以上」


 想像の範囲内。なんの意外性もない。この後輩ならやりそうなこと

 急な呼び出しに心配をさせられたのが、バカらしくなる

 あなたはこの後輩が心配で、バスを乗り継いで久しぶりに卒業した中学近くまできたのだ


 だが、心配する必要はまったくなかった

 この後輩にしてみれば、通常運転の範囲だった。塾の時間が近づいているし、帰ろう

 立ち上がろうとしただけで、後輩には帰ろうとしたのがわかったのか、あなたは腕を掴まれる


「ちょっ、なんで帰ろうとしてるんですか!? 話はまだ始まったばかりですよ!」


「あ、あたしだってほかに選択肢があるなら、せんぱいになんか頼みません」


 な・ん・か? 急に呼び出しておいて、せんぱいなんかだと!? 一応それなりに、心配だったら来たんだが?

 この後輩は、本当に変わってない。あなたは冷たい目を後輩に向けて、無理に立ち上がる


「あぁっ! 帰らないでッ、なんかじゃないですっ! そういう意味じゃないんです! すみません、すみません、すみませんっ」


 後輩は立ち上がって、あなたの正面へ


さっしてくださいよ。あたしが気軽に話せる男子なんて、お父さんかせんぱいくらいですよ!」


「お父さんは男子じゃない? あぁ、はいはい。そういう考えをする人もいるかもしれませんね。心根がやましいのでしょう、かわいそうに」


「で、なんでしたっけ? あっ、そうそう。あたし、高校から女子校行ってるんです。お嬢さま系の」


「ほら、あたしってお嬢さまじゃないですかー。顔だってかわいいし、黙ってればお嬢さまっぽいでしょ? うふふ♡」


 そうだな、黙っていればな。実際、後輩の見た目はかわいい

 声もやたらとかわいいし、美少女と言っても7割の人からは文句が出ないだろう

 だが、自分で言うことではない


「なんですかその顔、その見下した視線は。脇道にそれるな、塾の時間になるだろって、あははっ! せんぱい勉強なんかしてるんですかー? あたしってば家がお金持ちだから将来しょうらい安泰あんたいで、勉強なんかしなく、て、も……」


 力が抜けたようにベンチに腰を下ろし、頭を抱える後輩

 仕方なくあなたも再びベンチに座る


「やばいんですよ、お母さんひどいんです、鬼なんです! 今度の定期テストで5教科300点なかったら、1年間お小遣い抜きになるけど大丈夫かな~? って、圧迫笑顔なんですよっ、あれ、絶対本気ですよ本気、どうしたらいいと思いますか!? 300点はキツクないですかぁっ」


 いや、5教科で300点は平均点だろう

 あなたは年上らしく、ごくまっとうなアドバイスをする


「勉強しろ? せんぱいも親や教師と同じことをいいますね。大人になったんですね、汚い大人に」


 うん、帰ろう

 腰を上げようとした瞬間、後輩があなたの肩を手で押さえる


「すみません帰らないでください話進めますから~っ!」


 慌てたように話し始める後輩


「えっとですね。中学時代、1年半ふたりで書道部やってきたじゃないないですか。あたしと先輩って、そういう関係なんですよ」


 あなたは中学時代の約1年半、この後輩とふたりで書道部をやっていた

 そしてあなたが部を引退すると同時に、書道部は廃部になった


「そういう関係ってどういう関係だって、うん……まぁ、そういう? いっ、いいじゃないですか! 中学時代のかわいい後輩が困って頼ってきたんですから、ちゃんと面倒みましょうよ。ね?」


「あからさまに面倒くさそうな顔しないでくださいよ~。だから困ってるんですって、ほらこの顔ですよ! わかるでしょ?」


 この顔と見せられても困っているのはわかるが、この後輩が困っている状態なのはさほど珍しくない

 概ね自業自得で


「クラスの子に、ウソついちゃってごめんなさいしろ? そんなのできるわけないじゃないですか! お、女のプライドが許さないですよ。えぇ、まぁ、そ、そんなのですよ!」


 女のプライド? プライドがあるならウソをつくな

 あなたはそう思う


「も、もう! いいじゃないですか。せんぱいは、おう! まかせろっていえばいんですよ。今度ジュースおごりますからぁ~っ」


 仕方ない

 面倒くさいやつだが、かわいい後輩というのも事実だ。中学時代にあなたの部活の後輩は、これしかいなかったが

 あなたは話を聞いてやることにした

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