第22話 黄妃の秘密
悲しそうな微笑みに戸惑っていると「なるほど、やり手の
「
振り返ると廊下に続く出入り口に
そんな
「あの、よう……何とかっていうのは誰ですか?」
聞き慣れない言葉に質問すると、
「かつては妃を何人も排出した名家と呼ばれる貴族です」
「え? ってことは
「家柄はそうですね」
そう言った
「記録には当主の姪と記載されていましたが、妾腹という噂があったと記憶しています。そのあたりも今回の件に関係しているんでしょうか?」
妾腹という言葉にハッとした。貴族ではよくあることだと聞いているけれど、さすがに本人を前にこれ以上の話を聞くのはよくない気がする。
ちらっと見た
「わたしは王氏の弟の娘で、母は台所番の下女だった。あまりに低い身分だったから、わたしを身ごもったとわかった途端に奥様に追い出されたの。わたしは帝都の外れで生まれ、母は体が弱っていたせいですぐに死んだわ」
「目的は至極簡単。後宮に侍女としてわたしを送り込んで、あの男が求める情報を報告させること。そのためだけに孤児だったわたしを引き取って貴族の娘に仕立てたの。そしてあの男の思惑どおり、わたしは黄妃様の侍女として後宮に入ることになったわ」
それでも
「黄妃様の何を調べていたのです?」
「宦官のあなたなら予想できるでしょう?」
「……もしや、隠された御子のことですか?」
「そうよ」
「あれは単なる噂です。そのような事実はありませんし記録にも残っていません」
「記録に残されない事実なんて、この後宮には山のようにあるわ」
(ええと、隠されたみこ……
それを調べるために
「黄妃様は皇帝陛下の子どもを生んでたってことですか?」
わたしの質問に
「ちょっと待ってください。皇帝陛下の子どもは白妃様が生んだ皇女様だけですよね? もしほかに子どもがいるならわたしでも知っているはずです。いくら下っ端下女でも後宮に二年も勤めているんですから」
「
「皇子がいらっしゃるわ」
否定する
「たしかに皇子殿下はいらっしゃいました。しかし四年前、一歳でお亡くなりになられています。記録にもそうありますし、わたしも当時のことはよく知っています」
「亡くなったのは兄君のほうよ。弟君は生きていらっしゃる。そう、間違いなく生きていらっしゃるの」
(きっとわたしみたいな下っ端が聞いていい話じゃない)
だからといって席を外せる雰囲気でもなかった。「このままじゃ間違いなく巻き込まれるぞ」と内心困りながら二人の顔を交互に見る。
「黄妃様がお子を二人生んだという記録はありません」
「生んだのが双子だから片方は隠されたのよ。いまでも帝室は双子を忌むべきものとして考えているから、記録も兄君だけ残したんでしょうね」
「双子……まさか」
「四年前に亡くなったのは兄君のほうで、弟君はどこかへ隠されている。双子ゆえの処置だったんでしょうけれど、それがいまになって後宮の勢力図を書き換える重要な鍵になりつつあるわ。もし弟君が後宮に戻って来れば、黄妃様は妃の地位に留まることができるだけでなく未来の国母となる。同時に新しい妃を迎える必要もなくなる」
「……新しい麒麟宮の妃の話ですね」
わたしが後宮に来たばかりの頃、新しい妃が来るとしたらどの宮に入るか下女たちが毎日のように噂していた。その中で一番多かったのが麒麟宮だった。主の黄妃様は今年二十七歳で妃の中では最年長になる。当時はまだ二十五歳だったけれど、それでももう子どもは望めないだろうと誰もが噂していた。
それなら新しい妃は麒麟宮に入るだろう。そしていまの黄妃様は後宮を出て離宮にでも押し込められるに違いない。そういう話だった気がする。
(二十七歳なんて、妓楼でもまだ現役だっていうのに)
噂では黄妃様は西方の血を濃く引いているらしく、銀色の髪に碧い目をしているのだという。名前は
「黄妃様は陛下が皇太子時代に妃になられた方です。そして即位される前に待望の御子をお生みになった。ところが即位後、御子は亡くなられてしまった。記録にはそう残っていますし、わたしもこの目で見て知っています」
「そういえば、新しい妃を押しているのは王氏でしたね」
「西方にいる当主に代わってあれこれ指示しているのは弟のほうよ。当主には三人の娘がいて、そのうち西方人の奥方との間に生まれた末娘を新しい黄妃様にしようと考えているわ。だから、いまの黄妃様が後宮に居続けては都合が悪いの」
「それで黄妃様の身辺を探り、御子の噂を確かめようとしていたわけですか」
それには答えず「ただの噂ではないわ」とだけ口にした。
「御子が実際にいらっしゃるという話は聞いたことがありません。ですが、あなたが言うように記録に残されない真実があることもまた事実です」
「あなたは、その隠された御子の所在を突き止めたのですか?」
「いいえ、そこまではまだ。でも隠されていることは間違いない。かくまっているらしき人物とやり取りしている手紙を見つけたもの」
「それをあなたは王氏に伝えたんですか?」
「すべてはっきりしてからでないと、伝えたところであの男は激昂するだけよ。だからまだ伝えてはいない。それに……」
「それに?」
「もし本当に存在しているのならしかるべき手を打てと、そう命じられているの。そこまで終えなければわたしの役目は終わらない」
「……なぜ、そこまで話をするのです? 話せば捕らえられるとわからないわけじゃないでしょう?」
いないはずの皇子様が実は存在したという話も大事になるだろうけれど、その皇子様の命を狙っていたなんて知られれば
「どうしてかしら……。そうね、きっともう疲れてしまったからだわ」
そう言って微笑む
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