第16話 竜妃の秘密1
「どういうことですか?」
「好きで竜妃をここに置いているわけではない。そうせざるを得ないから置いているだけだ」
「でも、応竜宮は竜妃様が住むための宮ですよね? 竜妃様がいなくてもこの宮はずっとあったんですよね?」
男がまた眉を寄せた。不快に思っているようだけれど無視するわけではないらしい。一度閉じた口がゆっくりと開く。
「この国では百年に一度、竜妃を皇帝の妃として迎えることになっている。
男の言葉にカチンときた。竜との契約だとか百年前のことだとかはわからない。きっと苦々しい顔をしたくなるくらいの何かがあったのだろう。
でも、いまここにいるのはただの少女にしか見えない
(それなのにこんな仕打ちをするなんて、まるで百年前の罰を与えてるみたいじゃないの)
しかも
「何があったのか知りませんけど、だからって食事をあげないのは最低だと思います。いくら竜の化身だからって食べなくていいはずがありません」
「竜の化身はその身に宝珠を宿している。宝珠がある限り飲食は必要ない」
また「ほうじゅ」だ。それが何かはよくわからないけれど、わたしには単なる言い訳にしか聞こえなかった。
「だからって食べる楽しみすら奪うのはやっぱりおかしいです。しかもいないことにして世話もしないなんて、どこが大事な妃なんですか」
「皇帝が竜妃を大事な妃だと言ったことは一度もないぞ」
吐き捨てるような言葉にカチンときた。相手が皇帝陛下だろうが誰だろうが、もう関係ない。
「はぁ? 大事な妃だからこんな立派な応竜宮があるんですよね? わたしは二年しか後宮にいませんけど、竜妃様が一番大事な妃だってことは知ってます。後宮の誰もがそう言ってるし、皇帝陛下がそう言ってることも知ってます」
「それは歴代の皇帝が口にしていた言葉だ。いまの皇帝がそう言ったことは一度もない」
わけがわからない。同時にわかったこともあった。
竜妃様を大事にしていたのは前の皇帝陛下までということだ。いまの皇帝陛下がそうじゃなくなったせいで
「
おいしそうに桃や卵を食べる
「飢えたことがないから、そんな仕打ちができるんです」
わたしの言葉に、男が「おまえに皇帝の気持ちはわからない」と返した。その言葉にもカチンとくる。
「皇帝陛下の気持ちなんてわかりません。でも飢えることがどういうことか、皇帝陛下だって想像くらいできますよね?」
開いた男の口がグッと真一文字になった。何かを
「竜妃がいなくなればいいと思っていたのは事実だ。だが、百年前のような厄災を引き起こさないためには後宮に閉じ込めておくしかない。近くにいると思うだけで不快なのに遠ざけることもできない日々に嫌気がさしていたのだ」
「百年前の厄災……って、
わたしの質問に男が「そうだ」と頷いた。
「あの竜巻を起こさないために
「それが一番よい方法だからだ。そうしなければ必ず百年前と同じことが起きる」
「誰がそう決めたんですか? 閉じ込めておけば絶対に百年前と同じことが起きないって、誰が言ったんですか?」
黒目がジロッとわたしを睨んだ。「だから理解できないと言ったのだ」とため息までついている。
「いまの話だけじゃわかりません。それに百年前のこともほとんど書物に残っていないと聞きました」
「そういえば宦官が一人出入りしていると言っていたか」
一瞬、
「百年前の厄災は竜妃が起こしたものだ。数多の竜巻に襲われ、帝都の半分以上が壊滅的な被害を受けた。この後宮も半分が吹き飛んだ。とくに酷かったのはこの応竜宮だ。それほど竜妃が暴れたのはなぜだと思う?」
「わかりません」
考えたところでわからない。そんなわたしに呆れるでもなく男が続きを口にした。
「皇帝の子を生みたくなかったからだ」
「え?」
「竜の化身が妃になるため皇帝の元に現れるのは、
「……それって本当なんですか?」
「百年前の詳細は皇帝のみに伝わっている。禁書としても残しているが、重要な部分は皇帝から直接次の皇帝に伝えるのが慣わしだ」
男の顔が苦笑いを浮かべるように歪んでいく。
「竜妃を迎えるのは、もはやただの呪いでしかない。厄災の元凶を押しつけられると言ってもいい。百年目のいま、皇帝として生まれたことを心底呪いたくなる気持ちがおまえにわかるか?」
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