妖の日

和音

配達員



 太陽が段々と落ちていき、雲が紅く染まる。


 反対からは丸い月が昇り、夜に影を落としていく。


 家から光が消え、真っ黒な木からカラスが飛び立つ。


 妖が雨のように雲から落ちる。月の影から這い出る。木の葉が姿を変え幹から零れだす。60年に一度の妖の日が始まる。



 とある家のチャイムが鳴り響く。『お、御届けモノでーす』と調子の外れた声が続けて聞こえる。一人の少年が家族の静止を振り切って玄関へと向かう。


 妖なんて馬鹿らしい、ただの悪戯に違いないのだから追い返してやろうと廊下を歩くが、一歩また一歩と進むたびにどうにも悪寒が止まらない。ドアの前にはっきりと感じる異様な気配。物音を立てないようにドアスコープから覗いたソレはダンボールを抱えた配達員にしか見えない。


 もう一度チャイムが鳴り、『ホントウに居ないンですか?ねぇ』と配達員の恰好をした妖がドアスコープを覗き込む。視界いっぱいに広がるのは光のない瞳。思わず後ずさるとバランスを崩してしまった。態勢を立て直そうと靴箱に手をつくが、結局しりもちをついて、その拍子にハンコや鍵が玄関の床に散らばる。


 『なーんダ居る、イるんじゃ無いんですかァ』勢いよく鍵が回り、軽い解錠音が玄関に響く。U字ロックは靄のように引っ掛からずドアが開く。彼はなるべく距離をとろうとするが、身体が動かない。見た目は人間にしか見えないのに直視できない程おぞましく、近くにいるだけで気分が悪くなる。


 『ココに判子をおね、御願いシします』そう言って荷物をトントントンと指で叩く。声も仕草もどこかチグハグで不気味なそれを見ながら少年はハンコを拾い上げる。違う、身体が勝手に動く。彼は何とか抵抗するが、ハンコは奇麗な軌道を描きながら前に進んでいく。ポンと自分の苗字をダンボールに刻むと身体が捩れ、ダンボール箱の中に無理やり詰められ肉塊へと姿を変える。『タ、確かにお届け致シマした』と頭を下げると次の配達へと向かう。


 ダンボールから血が染み出し、生ぬるさが抜けていく。時折うめき声が聞こえるが、それもすぐに止んでしまった。

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