第24話「──私の能力は、自分の周辺3m以内に金平糖を出す能力」

『side:九頭竜村の住人 白銀真白』


 ああ、自分はやっぱりダサい。


 今だってボロボロになりながら満智院さんから逃げて、絶対に来させたくなかったうけい神社まで辿り着かせてしまった。

 でも、それでいい。

 ダサいままでも格好くらいならつけられるから。


 ──良かった、もうみなさんは逃げたみたいですね。


 作りかけだった怪物変身セットだとか、出荷予定だった『うけい様との契約書』とかそういった見つけられたら一発アウトな代物はもう残っていないだろう。どこに隠したかは皆目見当も付かないが巨大うけい様も見つからない場所にあるはずだ。


 あとはもう、目の前の満智院さんを倒すだけ。


「今度こそ追い詰めましたわよ」


 満智院さんはゆっくりと歩を進める。

 集中し、辺りを警戒し、決して油断しない。

 先ほどまでの様な不意打ちはまず通用しないと言ってもいいだろう。


 私の半径3メートル以内に入ってこない辺り、金平糖を出せる距離も把握されていそうだ。生半可な手段では絶対に通用しない。


 ──できれば、これだけはやりたくなかったんですが。


 仕方ない、そのためにだだっ広いうけい神社まで逃げ込んできたのだから。


「さ、貴女の、そしてこの村の秘密を教えてくださいな。ついでに、他の超能力者についても知っていることを教えてもらいますわ」

「ええ、いいでしょう。その代わり、私が勝ったら言う事をひとつ聞いていただきます」


 もう、十分語り合った。二人の間に言葉は要らない。


 ──大切な人を取り戻すため、真実を求めるもの。

 ──大切な人に相応しい自分になるため、嘘を真実に変えようとする者。


『科学』と『超能力』

 真逆の二人が。

 似たもの同士の二人が。


「貴女の嘘を、証明して差し上げますわ」

「私は嘘を、真実に変える」


 ただ、自分の願いを掴み取るため、駆けだした。


 ◆


『side:超能力ハンター 満智院最強子』


 あの日から、超能力との戦闘に備えてきた。


 ──結局最後には基礎能力と根性がものを言うんだよ、最強子ちゃん。


 先生が唯一教えてくれたその言葉を信じ、ひたすらに自分を鍛えた。

 イメージトレーニングを欠かしたことはないし、筋トレも毎日欠かさず行った。

 ルールなしの格闘戦では誰にも負ける気がしない。


 けれど。


「かはっ……!」


 大きく息を吸い込んだ瞬間、口の中に大量の小さな金平糖──いや、小さすぎて砂糖の粒と呼んでも差し支えないソレを突っ込まれる。


「っ、げほっ! おえっ……!」


 実際に戦ってみるとここまでやり辛いとは……!

 息を吸えば呼吸を止められる、目を開けば先ほどの様に目潰しを喰らう。そのうえ……。


「っ、また……!」


 みぞおちを狙って出現した巨大な金平糖をすんでの所で回避する。

 少しでも動くと、移動先に巨大な金平糖が出現して急所を狙ってくる。そのせいで近づくどころか自由に動くことさえままならない。


(そのうえ、どんどん精度が増してきますの……!)


 おそらく彼女も本格的な戦闘に超能力を用いるのは初めてなのだろう、最初は回避するのが容易だった金平糖も、少しずつ確実にわたくしの動きを捉えてきている。むしろその成長のブレ──不安定さが攻撃の読みにくさを増している。


 超能力との対決に備え、様々な想定を重ねてきたが……そのほとんどが接近することが大前提であった。

 現代社会では遠距離武器の携帯にはリスクが付きまとうのと──今まで相手が銃を持ち出そうが重機に立て籠もろうが近接戦闘でなんとかなってしまったがために──認めよう、わたくしは驕っていた。


 このままでは彼女の元には永遠に辿り着けず……そうこうしている間に人を呼ばれ、事態はわたくしにとって不利な方に傾く。流石にこの村の住人全員に囲まれでもしたらさすがに分が悪い。


 彼女には接近できない、その前提で新たな勝利条件を定義する必要がある。

 そのために。


「──あぁぁあああああッッッ!」

「っ……!」


 ダメージを覚悟のうえで、全速力で駆け出し、彼女の懐に潜り込む。

 みぞおちに、足先に、脳天に、金平糖が出現していき──彼女の真横へ、無様に転倒。


 だが。


「いい加減……っ! お返しさせていただきます……わっ!」

「~~~~~~ッッッ!」


 拾っておいた金平糖を彼女に投げつけ、小さな金平糖の嵐が白銀さんの視界を奪っていく。


「っ、この! 離れっ!」


 不意を突かれた白銀さんは息を呑み、慌てて大量の巨大な金平糖を展開。先ほどまでの精密なコントロールは嘘のように、金平糖の雨を降らせていく。


(まだこんなに連発できるとは、金平糖を出せる量に制限があると考えたのは早計でしたか)


 いや。……あるいは。


 彼女と距離を取りながら、耳を澄ませ、金平糖が地面に落下した音を聞いていると……あった。



 巨大な金平糖の雨、その中に明らかに落下音が軽いものが混じっている。



 節約しているのだ、金平糖を出す量を。


 それを知った上で白銀さんを改めて観察すると──冷や汗、手足の震えに加え、わずかではあるが呼吸も早くなっている。

 それは……明らかに、低血糖の症状。


(なるほど、金平糖を出す代償はカロリーか糖分……と言ったところでしょうか)


 ──見えた、新たな勝利条件が。

 削る。

 手段は何でもいい。

 近づき続けて大きな金平糖を出させてもいいし、彼女の前でわざとらしく目を開けてもいい。

 とにかく彼女を削って、その時を待つ。

 急激な低血糖の症状──昏睡ハンガーノックを。



 だが……それは……。



「そろそろ辞めにしませんか、限界が近いのでしょう?」

「……なんのことでしょう、私はまだ」

「誤魔化さなくてもいいですわ、貴女の能力にはカロリーか糖分を消費するのでしょう? その証拠に、呼吸が浅くなっていますし、顔色も悪い。先ほどは焦って金平糖を出しすぎましたわね」


「……流石。満智院さんはなんでもお見通しなんですね」

「もうそろそろ、降参してくれませんか……低血糖の症状は……酷い場合後遺症が残ることもございます。これ以上続ければ……」

「……ふふ」


 わたくしの警告に、白銀さんは笑みを返す。


「心配してくださるんですね。やっぱり貴女はかっこいい」


 彼女の声には力がなく、目元には深い隈が浮かんでいる。

 それでも、不敵に笑うのを辞めない。


「でも……ごめんなさい。それでも、戦います」


 そう言って、彼女はまた一歩を踏み出す。

 もう立っているのさえやっとなはずなのに。


「どうしてそこまでして……」

「私は……っ、九頭竜村が誇る天才美少女っ、白銀真白です! そうなるって決めたからっ! そうなりたいって願ってしまったからっ!」

「……」

「これ以上は進ませない。村のために、そして何よりも私自身のために」


 彼女が叫ぶ言葉の意味は分からない。結局彼女が何故こんなにも必死なのか理由はわからない。


 それでも。

 その理屈には、心当たりがあった。

 あの日、先生が翡翠になった日。


「そう、ですか……」


 自分の無力さをこれでもかというほど噛みしめて、変わりたいと願った日。


「そう願ってしまったのなら、仕方ないですわね……」


 弱かった本物の自分を捨てて、強い偽物の自分を目指したあの日。

 白銀真白は、あの日の自分と同じ目をしている。

 そして……わたくしは、あの日の自分と彼女を重ねてしまっている。

 だから。


「それならば、立ちふさがりましょう……乗り越えなさい、白銀真白。それが貴女の選んだ道です!」

「はい……っ!」


 満智院最強子は、白銀真白の前に立ちふさがる。

 彼女に芽生えた小さな誇りを穢さぬために。

 そして何よりも……あの日の自分に、偽物につよくなれたよって伝えるために。


 ああ、そうか。

 今さらこんな簡単なことに気が付いた。

 真実だけを求めるのではなく。

 嘘を付いて自分を誤魔化すだけではなく。

 ただ、求める意志こそが、黄金に輝くのだと。


「おそらく、これが最後の攻撃です。大変危ない攻撃をしますが……怪我をしないでください。ついでにやられてください」


 白銀さんは無茶苦茶を言う。


「ふふ、わたくしを誰だと思っていますの」


 懐から扇子を出し、優雅に扇ぐ。


「わたくしは超能力ハンター、満智院最強子。古今東西、ありとらゆるインチキ超能力者を倒してきた女ですのよ!」


 無茶苦茶に応えられる自分に、満智院最強子わたしは誇らしささえ感じた。


「貴女の嘘が、真実ほんとうになったと、わたくしが証明して差し上げますわ」




「──私の能力チカラは、自分の周辺3m以内に金平糖を出す能力」




 真夏の夜に、ひとひらの白い欠片が舞う。

 一見雪に見えるそれは、小さな、砂糖一粒大の金平糖。

 それが大量に降り注ぐ。



「色も大きさも自由自在、範囲内ならどこにでも出すことが出来ます」



 そう。


 燃えやすい、

 粉末状のものが、

 降り注ぐ。




「ああ、これ一度言ってみたかったんですよね」





《異なるもの》

 ケースNo,0002:『│君がための願いサクラキミニエム

 非現実度:EX


 現在判明している、異常は──





「粉塵爆発って、ご存知ですか?」





 彼女の望み通り、金平糖を出現させる力。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 読んでいただきありがとうございました。

 代に蔓延るライトノベル作家は全員「粉塵爆発って知ってるかァ?」と言いたい欲を持っています。間違いありません。


 もし面白いと思ってくださいましたら、

 ぜひ★評価とフォローをお願いします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る