第3章『九頭竜村をぶっ壊せ! 後編』

第15話「あっさりすぎるだろ……」

『side:九頭竜村の住人 白銀真白』


 あれから数日後。


『せいっっっ! ふぅ……一丁あがりですわ』


 我が家に集まってテレビ越しに生放送を見ていた我々九頭竜村の住人は、満智院さんが石炭を握りつぶしてダイヤに変えるところを目撃した瞬間、顔面が蒼白になっていた。


「終わりだ……」

「こんなん村に来たら終わりやで……」

「ワシの九頭竜村終了~~~!」


 おじいちゃんたちが絶望した表情で天を仰ぐ。




   『因習村をぶっ壊せ!』 ~完~







「いやちょっと待ってくださいよ!」


 私は慌てておじいちゃんを引き留めた、独りでは絶望に立ち向かえない。

 結局あのあと話し合った末、凛が番組に乱入することになった。


 私ではおそらく憧れの満智院さんを前にして緊張で頭が真っ白になってしまうだろうというのと、そもそも私は九頭竜村イチの正直者なのでこういった駆け引きとかハッタリみたいなものは向いていないからだ。


 満智院さんのテレビ出演を間近で見ることが出来ないのは残念だが、適材適所という奴だろう。


「待てと言われてものう……」

「正直、素手でダイヤを作るようなバケモンとは思っとらんでの……あんなもの刃牙でしか見た事ないというか……」


「しかもいつの間にかオユランド淡島も負けてるじゃないですか……」

「あっさりすぎるだろ……」


 気が付いたらオユランド淡島は画面の中でうなだれていた。


 彼はそもそも満智院さんにやられる役として出演する手はずだったので《未来を見通す目フューチャービジョン》がインチキなのは見抜かれる前提だったのだが、それでも年下の小娘にこうも簡単にやられたのはショックなのだろう。


 それにしても、いつも動画で見ていたから気が付かなかったのだが、敵に回った満智院さんは……本当に怖い!


 素手でダイヤを作ろうとした件はトリックだったらしいが、リンゴを素手でつぶしている時点で十分なくらい怖いし、そんな暴力の化身が確かな観察眼と経験をもってこちらの正体を暴きにくるというのはもう言葉では言い表せないくらいの恐ろしさがある。


「というかこれまずいんじゃない? 凛ちゃんもこの場で見抜かれちゃったら……」

「だ、大丈夫……真白ちゃんの策を信じるんじゃ」


 おじいちゃんはそう言うが、声に出すことで自分に言い聞かせているのは丸分かりだった。

 しかし、どんなにこちらが焦ったところで、実際に問題が起きているのは画面の向こうなのだ。


 私たちはただ、信じることしかできない。


「うぅ……凛……」

 私はただ、テレビの前で祈る様に両手を合わせた。


 ◆


『ゆび、きった♡』

 凛がそう、囁いた。そこで生放送は放送終了時間を迎えた。


「「「「「耐えた~~~~~」」」」」


 私を含めた村のみんなが脱力してその場でへたり込む。


 いくつもの幸運に支えられたことは間違いないが、それでも凛は満智院さんを九頭竜村へ呼び寄せることに成功した。


 それは私たちにとって、とても大きな一歩だ。


 どっと疲れが押し寄せる。見ているだけなのに本当に緊張したし、自分の作戦のせいで失敗して村おこしが見るも無残な結果に終わっていたかもしれないと思うと今でも足が震える。


 でも──それ以上に、凛の凄さに心が震えていた。


 あの満智院さんを相手にして一切ひるまず『うけい様の使い』を演じ切ってみせた。


 すごい──と感じると同時に、めらめらと心の底に熱が灯る。

 負けていられない、と。


「さぁ、安心してばかりもいられませんよ! 本番はここからです!」

「ああ、そうじゃ……もうここまで来たら腹を括るしかないんじゃ!」

「凛ちゃんの頑張り、無駄にはしませんよ!」

「おれたち九頭竜村の本気、見せてやろうぜ!」


 おじいちゃんたちが気合を入れ直した様に、私もまたぐっと拳を握った。


「満智院さんがくるまで期間はわずかしかありません、それまでにできるだけ準備をしましょう!」

「「「「「応ッ!!」」」」」


 ◆


 『side:【協会】の【職員】 芦川淡々』


 ──TV放送の翌日。満智院最強子が九頭竜村へとやってくる数日前。


 【協会】と呼ばれているものは全国津々浦々様々な場所にあるが、九頭竜村の地下深くにもそれはある。



 それは白い部屋だった。


 白い壁に白い床、それから白衣を着た者たち。どこからどう見ても研究室の様な場所である。


 しかし、普通の研究室ではあり得ないものがそこにはあった。


 正面にガラスをはめ込んだ、動物園の様な、見世物小屋のような──独房とでも呼ぶべきものが広大な地下施設にところ狭しと並んでいる。



 その独房の中にいるのは、見た目も姿も多種多様な『何か』。



 黒い金魚がまとわりついている人型の狼。

 四肢をもぎ取られたクマのぬいぐるみ。

 ただひたすらに笑顔で手を振るおかっぱの少女。


 こんなものはまだわかりやすい方で、


 3時間周期で1音ずつ鳴っていくオルゴール。

 紫色の液体が滴る鳥居。

「空を見上げないで」とだけ表示されたスマートフォン。


 など、常人では理解が及ばないような『何か』がそこには収容されている。



 この世は不思議で溢れている。


 いまだに深海のほとんどは未知の領域だし、宇宙がどれくらい広いのかさえ分かっていない。


 それどころか、世界平和も、ダイエットを続けるコツも、好きな人に振り向いてもらう方法だってすべては謎に包まれたままなのだ。


 大抵のことは科学で説明がつくが、科学で説明できないことも世の中には多くある。



 あらゆる物理法則を無視し、あらゆる理屈も通じない。


 世界が産んだバグとしか呼びようのない『何か』。



 異なるものディスパル



 それこそが、この施設が収容している『何か』たちに付けられた名前であった。

 そして、収容された『何か』の謎を解明し、管理・保存・観察をしていくのが【協会】の主な役割である。


 【協会】の【職員】。


 要するに、施設の清掃から各業界へのパイプ役まで行う体のいい使いっ走り。

 その中でも『芸能界』を担当する三人。


 司進太つかさしんた芦川淡々あしかわたんたんとオユランド淡島あわしまはひと仕事終えた疲れを癒すべく、コーヒーを飲みながら談笑していた。


 芦川淡々アラサーメスガキは、ピンクの毛をくるくると弄りながら、アラサーらしい疲れたしかめっ面と無駄に甲高い声でギャーギャーと昨日の生放送を振り返る。


「もう本っ当……に疲れました! なんなんですかあの満智院って女! 台本無視していきなり変なパフォーマンスをはじめて!」

「まぁまぁ、結果的に九頭竜村に村おこしをさせようって計画は順調に進んでいるんだからいいじゃないか」


 司進太はひとりだけコーヒーではなく黒にんにく漬けクロレラマシマシ水素水をストローで啜り、涼し気な顔でそう言う。


 他の二人はそれをマズそうに眺めていたが突っ込むことはしない。司進太の味覚にいちいち文句を言っていたら日が暮れるからだ。


「とはいえ、警戒するに越したことはない。『うけい様』は確かにレベル2の『異なるもの』だからそりゃあ最大値のレベル5とか……測定不能な『異なるもの』に比べたらはるかに安全だけど……契約の強制って能力は悪用しようと思えばいくらでもできちゃう危険な力だからね」


 司進太は手元のタブレットを操作し、この計画の資料を眺めながら苦い顔をする。


「この印が押された契約書、もしくはこれを所持した状態で交わされた契約は物理法則を無視してでも成立してしまう、絶対の取立人。『うけい様』はそういう現象らしい……改めて聞くととんでもないよね」


 オユランド淡島は肩をすくめながら、コーヒーを啜る。


「レベル2とはいえたった三人の【職員】でなんとかしろだなんて【協会】はずいぶんと人権意識が高いこって。【探索者】はどうしたんだよ」


「仕方ないよ、【探索者】は『異なるもの』のエキスパートだけど、危険だから人は少ないし、もう暴走している『異なるもの』の対処で精いっぱい。その点『うけい様』はまだ暴走とかしてないし、もう確保は済んでここ九頭竜村の地下に厳重な警戒付きで保管されているしね、【探索者】さんたちが当たっている案件に比べたら随分と楽な方だよ」


「だから淡々たち使いっ走りとか雑用担当の【職員】にまでお鉢が回って来たんじゃーん。オユランドくんは未来が見えるから過去のことは忘れちゃうのかな~」


「うっさいな。おれに《未来を見通す目フューチャー・ビジョン》なんてものはないの知ってるくせに」

「え~そうなの~インチキざこざこ超能力者じゃん♡」

「ま、まぁまぁ。二人とも喧嘩はよそうじゃないか」


 バチバチと火花を散らして睨み合う二人に、どうどうと司進太が仲裁に入る。


「今までだって何度もこの三人で仕事をこなしてきたじゃないか。そりゃあ僕たちが扱う事案ケースなんて小さなものばかりでこんな大きな事案を取り扱うのは初めてだけど……芦川さんの交渉力にオユランドくんの演技力。三人で力を合わせれば『うけい様』の【都市伝説化】だって楽勝さ」


「【都市伝説化】、ねぇ……」


 淡々はコーヒーをズズっと啜って、んべっと舌を出す。

 この二人といる時は舐められないようにブラックコーヒーを飲んでいるが、いつまで経っても慣れる気がしなかった。


「この仕事、専門用語多すぎですよ~。個人サイトに長々と設定資料集のページとかwikiとか出すタイプのよわよわオタクくんが考えた設定って感じー」


「まぁ、そう言わずに。ちゃんと意味は理解しなくても字面でなんとなく掴めるイメージで充分だから。それに理屈は一旦置いておいて、僕たちがやることは九頭竜村の村おこしを失敗させるだけだからさ」


「そっか、淡々ちゃんは【都市伝説化】は始めてだっけ? 優しいお兄さんが手ほどきしてやろうか? うん?」


「うっざ。オユランドくんに習うとかマジありえないんですけどー。童貞だし、道の駅大好きだし、この顔なのに家は間接照明だらけだし。形から入って中身は空っぽのオタクくんじゃ~ん」


「お前だって丁寧な生活にあこがれて動画は見るけど実行には移さないタイプだろうがよ……! SNSでキラキラした生活を送ってる奴を小馬鹿にして自称おじさんとか言いながら安居酒屋に行って1杯500円のカシオレ頼むタイプだろうが……!」


「はいストーップ! 喧嘩はやめ! やめ!」


 司進太がまた仲裁に入ると、オユランド淡島はぷいっとそっぽを向き、芦川淡々はべーっと舌を出す。


 司進太はそういえば頭に残った最後の毛はこの二人と一緒に働くようになってから抜け落ちてしまったなぁと、禿げ上がった頭をなでた。


「それで……『うけい様』の話に戻すけど、今回の作戦はどんな感じにやるんですかぁ?」

「それじゃあせっかくだし、今回の作戦をおさらいしておこうか」


 そう言って司進太は手に持っていたタブレットを操作して今回の計画資料を表示させる。


「まず、【都市伝説化】についてだ」


 表示された資料が次のページに移る。


「『異なるもの』の性質は多種多様だが、唯一共通している点がある。それは、たくさんの人に知られた状態で『あれはインチキだ、作り物だ、所詮は都市伝説に過ぎない』と思われるとその力を著しく落とすという性質があるということだ。逆に『これは本物だ、絶対に存在する』と信じられると力を増す。人魂とかも元々『異なるもの』だったんだけど、遺骨から出る白リンが燃えたものが人魂の正体だ! ってみんなに信じられたお陰で【都市伝説化】したから今や無害になっているって噂だね」


「変な性質ですよねぇ」

「実際どうしてそうなるのかについてはまだ解明されてないんだけどね。集団的無意志とかイデア論とか仮説はとにかくいっぱいあるけど、まぁとにかくそういう事があるって事だけ理解していればい」


「細かい理屈は【研究者】の連中にでも任せていればいいさ。おれたちは『うけい様』の弱体化のことだけ考えていればいい」


「うん、そうだね。そのために九頭竜村の村おこしを支援し、『うけい様』の知名度を上げてから……村おこしを致命的に失敗させ『うけい様』がインチキであるとの認識を広める。それが今回の目的だ」


「大丈夫ですかぁ、優しい進太さんのことだから九頭竜村を騙してる罪悪感とか湧いてるんじゃないんですかぁ? オユランドくんはそういうのさっぱりないと思いますけどぉ」

「うっせ」

「大丈夫、大丈夫じゃないという問題じゃないさ。淡々ちゃん、あの収容室を見てごらん」


 司進太が指さす先には、独房に入れられた『何か』。


 異形の人狼と、空中を泳ぐ金魚たち。


「『異なるもの』のひとつ、ケースNo,0183『家族計画フィロソフィ』。非現実度はレベル1」


 本来一体につき一室を与えられる収容室だが、彼らが同じ部屋に収容されているのには理由がある。


「本体は人狼じゃなく金魚の法方が持っているウイルスでね、このウイルスは強い宿主に移り住む性質を持つ……要するに、この金魚が憑りついている生き物とタイマンで戦って負けたら『家族計画』の支配下に置かれてしまうということだ」


「よくいるタイプ『異なるもの』ですねぇ。それがどうかしたんですかぁ?」


「ああ、これの厄介な所は『家族計画』感染者が敗北した場合、その能力が勝利したものに移る所にあるんだ」

「勝っても負けても『家族計画』が感染確定とってことですかぁ……こわぁ……」

「人狼に感染した段階で確保できたのは本当に幸運だったよ。これが手の付けられないような『異なるもの』に感染した場合、下手を打てば人類がそいつの支配下に置かれることになる。まぁ人狼も大概強いから、素手で石炭を握りつぶしてダイヤを作るような化け物でも来ない限りは大丈夫だと思うけどね」


「……大丈夫ですかぁ? それ、1人心当たりあるんですケド」

「あれは結局フェイクだったろ? それにいくら鍛えてたってこんだけデカい狼を倒せるとは到底思えねぇな」

「まぁそれはそうですねぇ……」


「このように、『異なるもの』は低位のものですら取り扱いを間違えれば簡単に人類を滅亡させうる力が宿っている……淡々ちゃん。大丈夫、大丈夫じゃないという問題じゃないんだよ。『うけい様』ほどの強力な『異なるもの』が悪人の手に渡った場合、この世界は簡単にめちゃくちゃになってしまう」


 司進太が神妙な面持ちでそう告げる。その言葉には実感を伴う質量が込められて、淡々は思わず息を飲んだ。


「『うけい様』は徹底的に弱体化させる。それ以外の選択肢はありえない。九頭竜村のみなさんには申し訳ないと思っているけどね。すべてが終わった後可能な限りフォローはするつもりさ」



 【協会】に入る人間には様々な理由がある。



 淡々は親が【職員】のお偉いさんだったからなんとなく入ったが、正直言ってこれはレアケースだ。

 最も多いのが──復讐。


『異なるもの』やそれを悪用する者に大切な人を傷付けられ、それに対抗する力を手にするために【協会】に入るパターン。

 過去のことは詮索しないのがこの【協会】のマナーなので、司進太やオユランド淡島の過去はよく知らないのだが……きっと、色々あったのだろう。


「ま、思い詰めても良いことはないね」


 司進太はパンと手を叩き、空気を変えるように言った。


「なんせ今回のボクたちは、村おこしの手伝いをするだけでいいんだからね」

「あの頭よわよわ村人さんたちだったら、淡々たちが邪魔するまでもなく勝手に失敗しそうですもんね~」


「同感だな……というかむしろ楽勝過ぎるかもしれん」

「ま、それでも念には念を入れて準備しましょうかぁ♡」


「はいはい、何か考えはあるかな?」

「もちろん! あの村の実質的な司令塔は白銀真白です……なのでぇ、満智院さんが九頭竜村に来る当日彼女に強力な下剤を盛ります!」


「……淡々ちゃん、そういうところあるよね」

「ああ……」


「ちょ、なんですかそういうところってー!」

「いや、うん……まぁいいや。それで?」


「実はもうすでに下剤入りのケーキは送り込んでいるのですよぉ……!」

「間違えて別の人が食べないか、ソレ?」

「ふふふ~、当然そこら辺は対策済みですよぉ~! デッカく白銀真白さんへって書いておきましたからね。まさか名前が書いてあるのに他人の物を勝手に食べちゃうアホアホな人なんている訳ないですからね~!」



「……」

「…………」

「? どうしたんですかぁ二人とも」

「い、いやぁ……」


「いやな、いちおう白銀真白にしか分からないように届けた方が良かったんじゃないかと思ってな。別の人が間違って食べたらまずいだろ。もしそれで満智院の九頭竜村行きが中止になりでもしたら……」


「……いやでもまさか、他人宛の荷物ですよ。いくらなんでも勝手に食べるわけ」


「……」

「…………」

「そんなわけ、ないじゃないですかぁ……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 読んでいただきありがとうございました。

 まさか他人の食べ物をつまみ食いするのがクセになってる自称セクシー系京都人(偽)なんていないとは思いますが……


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