第7話「因果応報、というやつですよ」

 九頭竜村は都心からそれほど離れていない某C県の南東にある。


 本気を出せば東京から車で4時間もあれば着くだろう。決して悪い立地ではない。


 周囲を山々で囲まれ、少し行けば海もある。海の幸と山の幸が自慢で山の頂上にある神社からの眺めが絶景だ。そう、決して悪い場所ではないのだ。


 だが──言葉を選ばずに言ってしまえば、そんな『決して悪い場所ではない程度の田舎』なんてものは日本中に投げ売り状態で転がっている。


 人口50人、うち高齢者が48人という詰みっぷり。


 残されたわずかな若者も高校卒業と共にこの村を出て行くらしい。限界集落待ったなしだ。村としてまだ機能しているのは奇跡みたいなもので、20年後には確実に立ち行かなくなるだろうと、地方新聞の片隅に小さく取り上げられていた。


「神様の加護とやらも、過疎化には効果ありませんものね」


 そんな村に、わたくしは降り立った。


 車から降り、海から流れてくる風を全身に浴びる。山に囲まれた村の空気は都会よりは少し涼やかで心地いい。海が近いからだろうか、磯の香りが強いのもいつもとは違う場所に来たという気持ちにさせてくれる。


 ゆっくりと深呼吸をしてから立ち上がり、わたくしは駐車場から村の入り口に向かって歩き始めた。

 スマートフォンを開き、アンテナがしっかり3本立っているのを確認したあと、配信を開始する。


「タンパク質のみなさま、大変長らくお待たせいたしましたわ。今回はついにあの九頭竜村に来ております。村に入ってしまった後はみなさまのコメントを見ることも難しい状況になるかと思いますので、今のうちにご挨拶させていただきますね」


 スマートフォンの画面を操作して、配信画面にコメントを表示する。ものすごい速さで流れるコメント欄に苦笑を浮かべながら、わたくしはその一つ一つに目を通していく。


『待ってました!』

『今日も唸る筋肉の躍動を見せておくれェ~!』

『生まれ変わったら満智院様に降り注ぐそよ風となってその美しいチョコレート色の御髪を揺らしたい……』


 一部おかしなコメントはあるが、おおむねいつも通りだ。

 その中に、ひとつ気になるコメントを見つける。


『久しぶりの因習村潜入配信、めちゃくちゃ楽しみにしていました! コンセプト上仕方ないと思うけど、やっぱりこれが一番見たいです!』


 やはりそう思われていたのか。当然といえば当然だが……。


『満智院最強子の華麗なる超能力者粉砕ちゃんねる』は自称超能力者のペテンを暴くというコンセプトが(当然)仇となって動画のネタはいつだって不足している。


 合間に挟まった筋トレ配信だって今はまだ物珍しさでウケてはいるが、本職の方々には遠く及ばないし、今の人気が長く続くことはないだろう。


 肝心のマジック動画の方はイマイチ人気が出ない。


 最近わたくしのチャンネルは再生回数も登録者も伸び悩んでいる。

 活動資金のこともそうだが、なによりこのままではチャンネルを立ち上げた時に掲げた目的が果たせない。


『超能力ハンター』の名前を大々的に広め、先生の友人や協力者を探す……その目的が。

 せめてわたくし独りではなくチャンネルのメンバーが増えれば動画の幅も広がるのだが……あの綿あめゆかりは恥ずかしがって頑なに出演したがらないし他にアテもない。


 ある程度動画映えするリアクションが取れてこの活動に理解を示してくれて、何日も出かけることが多いこのチャンネルに付き合えるほど時間に余裕がある人材……そして何よりも、本物の超能力者を追うという真の目的に賛同してくれる方……そんなものは都合よく転がっていたりはしないのが現実だった。


「やはり、わたくし一人でなんとかするしかないのですわね」


 小さく呟いて、配信画面に向かってぺこりと頭を下げたあと村の入り口に足を向ける。

 村の入り口にある小奇麗な小屋、そこにあの黒沢凛が待っているはずだ。


 緊張、不安、期待、高揚……色々な感情がごちゃ混ぜになって、まるで心臓が耳の真横にあるかのように自分の鼓動がうるさい。


「ふぅ……」

 小さく息を吐きだして、わたくしは小屋の扉に手をかけ──


 中には、一人の少女が佇んでいた。



 黒沢凛ではなかった。

 白い少女だった。初めて見る少女だった。



 年齢は黒沢凛と同じ高校生か大学一年生くらいだろうか、恐ろしいくらいに美しい少女だった。


 腰まで伸びた純白の髪、雪原を思わせる白く透き通った肌に長い睫毛。

 瞳の色は黒沢凛とおなじく不思議な輝きを放つ朱色で、まるで雪の彫像にルビーを埋め込んだような人だった。

 服装はさわやかな印象を与える白の学生服。

 その下には黒沢凛ほどではないものの健康的で十分すぎるほど魅力的な肢体が隠されている。


 黒沢凛の持つ淫靡な黒い美しさとは真逆の、どこまでも純粋で透き通るような白の美しさ。


 美しい彼女をぽーっと眺めていると、すこしの間をおいてから彼女はこちらに気が付き、軽く会釈をする。


「遠いところからようこそおいで下さいました。先日失礼をした凛と一緒に九頭竜村で巫女をやらせていただいております、白銀真白といいます」


「これはどうもご丁寧に……満智院最強子と申しますわ。その、黒沢さんが迎えにきてくださると聞いておりましたので、少し驚いてしまいまして……」


「申し訳ございません、凛は今少し体調を崩しておりまして。勝手ながら私が代わりにお迎えにあがらせていただきました」


「体調を……それは大丈夫ですの?」

「ええ、彼女は少々『うけい様』を怒らせてしまっただけですので、夕食には戻ってきますよ」


 白銀と名乗った女性は口元に手を当てて上品にふふっと笑う。その仕草はとても自然で、きっと育ちが良いのだろうと思わせるものがあった。しかし……。


「その……『うけい様』を怒らせたというのは一体どういうことですの?」

「ああ、それはですね」


 白銀さんはそこで言葉を切り、少し考え込んだ後、こちらに向かってその白い雪の結晶のような小指を差し出す。


「因果応報、というやつですよ」


 そう言って、白銀さんは天使のような顔で笑う。


 美しすぎるものはかえって恐ろしい、わたくしはいつの間にか黒沢凛に抱いていたものと似た感情を抱いていた……。




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