第3話「チャンネル登録、高評価をお願いいたしますわ」
「さて、それでは満智院最強子さん、準備はよろしいですか?」
「はい。よろしいですわ」
「ではオユランド淡島さん。先ほども披露していただけた未来を見通す能力……あれをもう一度見せていただけるということでよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
2人はそれを隅々までじっくりと検分し、首を捻りながら言った。
「先ほどもそうでしたが、何の変哲もないトランプですねぇ」
「ええ、しっかりと確認しましたが、カードの柄が透けていたり、なにか印のようなものがあってよく見るとカードの柄が分かるようになっている……なんてこともありません。当然ハートのエース1種類だけしか入っていないマジック用のトランプでもありません。ちゃんと4種類のカードがエースからキングまで入っていて、ジョーカーも2枚含まれた、ごくごく一般的な、どこにでもあるトランプです」
司進太の言葉に芦川さんも同意する。
それを見たオユランド淡島は満足げに頷いたあと、司会の二人からトランプの山を回収し、机の上に置いた。
その後、他の人に見られないよう白紙に何かを書き、封筒に入れたあとそれを自身の服の内ポケットに入れて話し出す。
「さ、視聴者のみなさまもカメラさんもご注目。満智院さんにこのトランプの中から一枚選んでいただき、そのカードが先ほど私が予言したものと、『どん、ズバリ!』と合えば拍手喝采をお願いいたします!」
そう言いながら、淡島は机の上に置いたカードの山を持ち、こちらに近づいてくる。
「この世は不思議で溢れている」
淡島が語り始めると、観客はその独特の雰囲気に飲まれたのか、固唾を呑んで彼の言葉に聞き入っていた。
「科学はいつだって正しくて万能、そんな事を言う輩がいますがそれは大きな間違いです。そもそも科学が発展した現代においても深海のほとんどは未知の領域なのです! 同様に、宇宙についてだって何もわかっていない! 現代における科学とは、吹けば飛ぶような砂上の楼閣に過ぎない! 大抵のことは科学で説明がつきますが、科学で説明できないことも世の中にはまだまだ沢山ある!」
そこまで言って、淡島はにやりと笑い、続けた。
「例えば、私の超能力者とかね」
目の前に立つ男は、そう言って挑発的にトランプを翳してみせた。
生野菜とサプリメントだけを食べて生きてきましたと言わんばかりの不健康な白い肌に、鶏ガラの擬人化みたいな細い身体。暑苦しいダークグレーのスーツに隠された腹だけがご立派に揺れている。
「さ、引いてごらん? どれを引いたっていい、どんズバリと当ててみせよう。私の【
そう言って、自称超能力者・オユランド淡島はさきほど封筒をしまったであろう内ポケットをとんとんと叩き、不敵に笑ってみせた。
やれやれ、とため息を吐く。
この程度か、この方もやっぱり偽物なのか。
まぁ仕方ない。人生は思うようにいかないものだ。
先ほどまでの彼は悪くなかったが……やはり、こんなものか。
「では、お言葉に甘えて」
わたくしは手にした扇子を勢いよく開いた。ぱさっという音と共に扇子から放たれた微かな風が、チョコレイト色の髪を微かに揺らす。
観客は固唾を呑んでそんなわたくしの様子を見守っていた。いたが──わたくしはそんなものには目もくれず、カードを翳すオユランド淡島に向かって言葉を投げかける。
「どれを選んでも結果は同じでしょう。わたくしは先ほど芦川さんが引かれたものと同じ、ハートのエースを指定しますわ」
「……よろしいでしょう」
淡島はもったいぶった様子で頷くと、カードの山からハートのエースを抜き出し、扇子で顔の下半分を隠すわたくしにそのカードを差し出した。
「さ、どうぞ」
「ええ」
受け取ったカードを表に向け、観客が見やすいようにそれを翳す。
それに合わせ、淡島も先ほど内ポケットにしまった封筒を取り出す。観客が見やすいようにそれを翳したのち、司進太さんに封筒を手渡した。
司進太さんは封筒に怪しい所がないか一通り確認し、観客に呼びかける。
「では、こちらの封筒の中に入ったメモに書かれた絵柄が満智院さんの選んだハートのエースと一致していれば、オユランド淡島さんの【
そう言って封筒の封を切り、中からメモを取り出す。
固唾を呑んで見守る中──そのメモに書かれていた絵柄は──
ハートのエースだった。
「こ……これはっ!」「マジかよすげぇ!」「予言通りだ!!」
観客たちが騒ぎ出す。それを満足そうに聞きながら、淡島は片手で銃の形を作り、人差し指の先をカメラに向け、
「どん、ズバリ」
と呟きながらその銃口をわずかに跳ね上げた。
「これが私の《未来を見通す目》です」
「すっげぇー!」「本当に未来が見えるんだ!」「おれは信じてたぞ!」「さすがオユランド!」
観客たちが思い思いの言葉を発する中、その声をかき消すほどの大きな声で司会の二人が言う。
「【
「ええ。オユランド淡島さんの超能力は本物だった、という事になりますねぇ」
二人が興奮した様子で言うと、淡島は「ありがとうございます」と軽く会釈をした。
「それでは【
「そうですわね……」
司進太の言葉にわたくしは一度目を閉じたあと、ゆっくりと見開き、手に持った扇子で軽く扇ぐ。
「少し、暑いですわね」
「え……? そ、そりゃあ夏休みももう終わる頃ですから……」
「ええ、そうですわね」
今年の夏はとにかく暑い。それならば。
「こんなに暑いのに、ダークグレーのスーツを着込んでいらっしゃるオユランド淡島さんはちょっと暑苦しいんじゃありませんこと?」
わたくしのその言葉に、オユランド淡島以外の全員が頭にハテナを浮かべる。
「それに、その不自然に膨れたお腹」
そう言って、開いていた扇子を淡島の方へ向け、にっこりと、笑った。
「少々不思議ではありませんこと……今日は暑いですし、スーツのジャケットなんて脱いでしまえばよろしいのに。オーダーメイドなのに腹部のサイズが合っていない、そのジャケットを」
「え……?」「何を言って……」「いや、でもまさか」「オユランド、嘘だよな……?」
わたくしの指摘に会場内のざわめきが大きくなっていくが、無視して続けた。
「実はわたくし、素手でダイヤを作れるだけでなく【
「な、なにを言って……」
「見て下さいまし」
わたくしはそう言いながら、開いていた扇子をカメラに見せつけるようにして裏返す。
すると、そこには文字が書かれていた。
『淡島はジャケットの内側に封筒を隠し持っている』
それ見た瞬間、淡島の顔が一気に青ざめていく。
「先ほどお見せしたわたくしの手品と同様、言葉にしてしまえばどんな現象も陳腐なもの。わたくしがどんなカードを引こうが関係ありません。エースからキング、それとジョーカー。計53種全ての絵柄を書いたメモを事前に用意し、服の内側に仕込んでおけば、あとはわたくしがカードを選んだあと、あたかも予言が的中したかのように見せかけてポケットから事前に用意したメモを取りだせばいいだけ」
そう言いながらわたくしはずかずかと淡島に近づき、ジャケットに手をかける。
「は、離せッ!」
抵抗しようとした淡島だったが、それはあまりに遅すぎた。
わたくしがジャケットを脱がせると案の定その内側にはいくつもの封筒があり、ぽろぽろとスタジオの床へと零れていく。
やがて淡島の抵抗が段々と弱くなり……力なく床に膝をついた。
「こ、これは何という事でしょうか……本物かと思われた【
「ちなみに、わたくしもオユランド淡島さんに倣っていくつか用意しておりますの」
そう言って、わたくしは懐からいくつか扇子を取り出す。そこには『淡島はスタジオの各所に封筒を隠している』『淡島はバッグの中に封筒を隠し持っている』『淡島はズボンのポケットに封筒を隠している』などと書かれていた。
「さきほどの自己紹介の時も同じトリックでしょうね。探せばこのスタジオのいたる所から封筒が出てくると思いますわ」
「あ……ああ……」
愕然とした表情で震えるオユランド淡島に扇子を突きつけ──
「貴方の嘘を、証明してさし上げましたわ」
そう、宣言した。
淡島は自分のトリックを暴かれてしまったショックからか、呆然とした様子で天井を見つめている。
スタジオの各所ではゲストたちが自分の机の下やセットの裏側を確認しており、何人もの人が「本当だ、封筒がある!」「こっちもだ!」「ちょっ、ちょっと2カメこっち映して!」「信じてたのに!」と驚きの声を上げていた。
喧噪がひと通りやんだ後、わたくしは高らかに宣言をする。
「古今東西、彼のように超能力や呪いがあると語る者は後を絶ちません。テレビやネットで超能力と偽ったマジックを見せびらかす程度であれば可愛げがありますが、中には他人からお金を騙し盗ろうとしたり、怪しい宗教に勧誘して洗脳まがいの事をしたりと……そういった事を行う者もいます」
右手に扇子を構え、優雅に仰ぎながら言葉を続ける。
「そういった不逞の輩から人々を守るため、そして本物の超能力者を探すため、わたくしはニセ超能力者と戦いますわ……そしてもし、この活動を良いと思った方は──」
そこまで言って、カメラに向かって深く頭を下げ、しばらくたってから頭をあげたのち、手に持った扇子を改めて開く。そこには、さきほどオユランド淡島のトリックを暴いた時と使った扇子と同じように、文字が描かれていた。
『チャンネル登録、高評価をお願いいたしますわ』
生放送はそこで一旦CMに入った。
◆
『健康一番! お金は二番! 詐欺ではないです本当に! いや、本当にマジでマジで、だからね? ちょっとだけ、試しにでいいから、初回は安くしとくからさ……黒にんにく漬けクロレラマシマシ水素水、飲んでみない? 健康一番! お金は二番~♪』
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読んでいただきありがとうございました。
哀れオユランド淡島……。
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