第16章:心映す惑星の謎
宇宙空間を悠々と進むカフェ・ノヴァ。その後ろには、ほたるの派手な海賊船が、牽引ビームで繋がれて続いていた。窓の外には、無数の星々が瞬き、遠くには渦巻く銀河の姿も見える。その光景は、まるで宇宙そのものが呼吸しているかのようだった。
「ねえゆずき、この海賊船、いつまで引っ張ってくの?」
あかりの短髪が、ふわりと無重力状態で揺れる。
「そうね……ほたるが自分の船の修理を終えるまでよ。でも、彼女のペースだと、いつになることやら」
ゆずきは長い髪を丁寧に束ねながら、冷静に答えた。
「な、なんやて!? あたしのこと、そないに頼りないって思とんか!」
通信機から、ほたるの怒ったような声が飛び込んでくる。画面には、金髪のツインテールを揺らす、幼さの残る少女の顔が映っていた。
「こんなんちょちょいのちょいで直したるわ! べ、別にあんたらに迷惑かけたないわけやないからな!」
ほたるの声には怒りと共に、どこか寂しさも混じっているようだった。
その時、ネビュラの体が突如として明滅し始めた。
「みんな、見て。あそこに……不思議な惑星が」
ネビュラのテレパシーが、三人の心に響く。
窓の外に、これまで見たこともないような惑星が姿を現した。その表面は、まるでオパールのように虹色に輝き、刻一刻と変化している。
「わぁ、きれい! まるで緑の楽園みたい!」
あかりが目を輝かせて叫ぶ。
「何を言っているの? あれは明らかに高度な科学文明を持つ惑星よ。見て、あの未来都市の輝き」
ゆずきが首を傾げながら言う。
「はぁ!? お前ら、目ぇどないかしてもうたんか? あれはどない見てもしんどい砂漠の惑星やないか」
ほたるの声が割って入る。その口調は強がっているようで、どこか不安げだった。
三人は互いの言葉に戸惑いを隠せない。同じ惑星を見ているはずなのに、それぞれが全く異なる光景を目にしているのだ。
「ネビュラ、あなたには何に見える?」
ゆずきが冷静に尋ねる。
「私には……全てが見えるわ。緑の森も、未来都市も、砂漠も。そして、それ以上のものも」
ネビュラの言葉に、三人は息を呑んだ。
「調査に降りましょう」
ゆずきの提案に、全員が頷く。
惑星に着陸すると、状況はさらに混沌としてきた。あかりの目の前には、色とりどりの花々が咲き乱れる美しい森が広がっている。ゆずきには、超高層ビルが立ち並ぶ未来都市が見えている。そしてほたるは、果てしなく続く砂丘の中に立っていた。
「ここでカフェを開くなら、あの小川のほとりがいいんじゃない?」
あかりが指さす先には、他の二人の目には何も見えなかった。
「いやいや、あのレーザー通信塔の前の広場がベストよ」
ゆずきの言葉に、あかりとほたるは首を傾げる。
「あほか! こんな砂漠でカフェなんか開けるわけないやろ!」
ほたるが怒鳴る。その声には、どこか不安と寂しさが混じっているようだった。
三人の議論は平行線を辿り、次第に熱を帯びていく。その様子を、ネビュラは静かに見守っていた。
「みんな、落ち着いて。この惑星には秘密があるの」
ネビュラの声に、三人は我に返る。
「この惑星は、見る者の心を映し出す特殊な性質を持っているわ。あなたたちが見ている景色は、それぞれの内なる世界の投影なの」
ネビュラの説明に、三人は驚きの表情を浮かべた。
「じゃあ、私が見ている緑豊かな自然は……」
「あなたの心が求める理想の風景よ、あかり」
「私の見ている未来都市は?」
「あなたの知的好奇心と進歩への願望の表れね、ゆずき」
「ウ、ウチの見てる砂漠は……」
ほたるの声が少し震えている。
「あなたの心の奥底にある寂しさの象徴かもしれないわ、ほたる」
ネビュラの言葉に、ほたるは一瞬たじろいだが、すぐに強がった表情を取り戻した。
「ふん、そんなんどうでもええわ! ウチは別に……」
言葉を途中で切ったほたるの目には、かすかに涙が光っていた。
「でも、どうすればみんなで同じ景色を見られるの?」
あかりが不安そうに尋ねる。
「それは、あなたたち次第よ。心を開いて、お互いを理解しようとすれば、きっと共通の景色が見えてくるはず」
ネビュラの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「よし、じゃあ私から始めるね。私ね、実はこの緑の中に、みんなと一緒にカフェを開くのを夢見てたんだ」
あかりの素直な告白に、ゆずきとほたるの表情が和らぐ。
「私も……この科学の力で、もっとみんなを幸せにできると思っていたわ」
ゆずきも、珍しく感情を露わにする。
しばらくの沈黙の後、ほたるがもじもじしながら口を開いた。
「ウチはな……ほんまはな……」
ほたるの声が震える。
「ほんまは、姐さんらと一緒におるんが楽しゅうてしゃーないねん。でも、言うのんが恥ずかしゅうて……」
ほたるの素直な告白に、あかりとゆずきは優しく微笑んだ。
「ほたる……」
あかりが優しく呼びかける。
「私たちも、あなたと一緒にいられて嬉しいよ」
「ええ、あなたがいてくれて本当に良かったわ」
ゆずきも温かい言葉をかける。
ほたるの頬が赤く染まる。
「べ、別にそないに言われても嬉しないわ! (……でも、ありがとやで……)」
ほたるの口調は相変わらずぶっきらぼうだったが、その表情は柔らかく、幸せそうだった。最後は小声過ぎてゆずきとあかりには聴こえていなかったが。
その瞬間、不思議なことが起こった。三人の目の前で、景色が溶け合うように変化し始めたのだ。緑の森に未来都市の建物が調和し、その中に小さなオアシスのような砂漠の一角が現れる。
「わぁ……みんな、見える?」
「ええ、素晴らしい光景ね」
「ほ、ほんまや……なんやこれ」
三人の声が重なる。そこには、それぞれの理想と現実が融合した、唯一無二の風景が広がっていた。
「ここで、新しいカフェを開きましょう」
ゆずきの提案に、全員が賛同した。
「よっしゃ! ウチも手伝ったるで! ……べつにあんたらのためやないけどな! ウチが楽しいからやるだけやねんけどな!」
ほたるの言葉に、あかりとゆずきは笑顔で頷いた。
数日後、惑星の不思議な景色の中に、カフェ・ノヴァの新店舗がオープンした。緑に囲まれた未来的な建物の中で、砂漠のオアシスをイメージしたくつろぎスペースが設けられている。
新メニューの「心映すラテ」は、飲む人によって味が変化するという、この惑星ならではの一品だ。カップの中で、コーヒーとミルクが絶妙なバランスで混ざり合い、まるで宇宙の渦を見ているかのような模様を描く。
店内には、様々な星系から訪れた客で賑わっていた。驚くべきことに、客の数だけ異なる景色が見えているようだったが、皆が同じ空間を共有しているという不思議な一体感があった。
「ねえゆずき、私たち、すごいものを作っちゃったね」
あかりが、感慨深げに呟く。
「ええ、本当に。この経験は、私たちの料理にも新たな可能性をもたらすわ」
ゆずきの目には、科学者としての興奮が宿っていた。
「ま、まあ、あたしが手伝うてやったからここまで上手くいったんやろ?」
ほたるも、少し照れくさそうに言う。その表情には、確かな自信と仲間への愛情が垣間見えた。
ネビュラは、その様子を優しく見守っていた。この惑星での経験が、四人の絆をさらに深めたことは明らかだった。
窓の外では、それぞれの心を映す惑星の風景が、ゆっくりと変化を続けている。それは、彼女たちの心の成長と共に、これからも変化し続けていくのだろう。
カフェ・ノヴァの新たな冒険は、まだ始まったばかり。この不思議な惑星を起点に、さらなる驚きと発見の旅が続いていく。
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