銀河のどこでもカフェ経営! ~宇宙をまるごと味わう大冒険!~
藍埜佑(あいのたすく)
第1章:夢への船出
西暦3045年、地球軌道上宇宙港。漆黒の宇宙を背景に、巨大な円筒形のドッキングステーションが静かに回転していた。その中の一つの発着場で、小型の宇宙船が出発の準備を整えていた。
船体には「カフェ・ノヴァ」という文字が、星々の輝きを思わせる光沢で描かれている。これは、月野あかりと銀星ゆずきの二人が長年夢見ていた宇宙カフェの船だった。
美しく輝く青い地球が窓越しに見える中、あかりは興奮気味に船内を駆け回っていた。
「ゆずき! コーヒーマシンの設置、完了したよ!」
あかりの声が船内に響く。彼女のボーイッシュな短髪が、無重力状態でふわふわと揺れていた。
「了解。私はエンジンの最終チェックを終えたところよ」
ゆずきは操縦席で、長い髪を丁寧に束ねながら答えた。彼女の指先が複雑な操作パネルを軽やかに舞う様は、まるでピアニストの演奏のようだった。
二人は顔を見合わせ、小さく頷き合う。その瞬間、言葉にならない興奮と不安が交錯した空気が流れた。
「ねえ、ゆずき……私たち、本当に宇宙に飛び出すんだね」
あかりの声に、僅かな震えが混じる。
「ええ。でも大丈夫よ。私たち二人なら、どんな困難も乗り越えられるわ」
ゆずきの冷静な声に、あかりは安心したように微笑んだ。
突然、船内に奇妙な光が走った。
「えっ? 何これ?」
あかりが驚いて声を上げる。光は渦を巻きながら一点に集中し、そこから不思議な生き物が姿を現した。
「まあ……」
ゆずきも思わず声を漏らす。
それは、透明で淡く発光する、宇宙クラゲのような姿をした生き物だった。その体は柔らかな光の粒子で構成されているようで、ゆらゆらと船内を漂っている。
「こんにちは」
突如、二人の頭の中に声が響いた。
「テレパシー!?」
あかりが驚きの声を上げる。
「そうみたいね。あなたは……?」
ゆずきが慎重に問いかける。
「私はネビュラ。あなたたちの旅に同行させてもらえないかしら?」
ネビュラと名乗る生き物は、やわらかな光を放ちながら二人の周りを漂った。
「もちろん! 大歓迎よ!」
あかりは即座に答えた。ゆずきは少し考えた後、頷いた。
「いいわ。楽しい旅になりそうね」
ネビュラの体が喜びに輝いているようだった。
カウントダウンが始まり、三人は深く息を吸い込んだ。
「5、4、3、2、1……リフトオフ!」
微かな振動と共に、カフェ・ノヴァは静かに宇宙港を離れていった。窓の外では、青い地球が徐々に小さくなっていく。
「わぁ……圧巻だわ」
あかりが息を呑む。地球は宝石のように輝き、その周りを無数の人工衛星や宇宙ステーションが取り巻いていた。太陽の光を受けて、地球の大気圏が薄い青い膜のように輝いている様子は、まるで生命の神秘を象徴しているかのようだった。
「ゆずき、見て! オーロラが見えるわ!」
あかりの指さす先に、息を呑むような光景が広がっていた。地球の大気圏上空、約100キロメートルから数百キロメートルの高度に、幻想的な光のカーテンが揺らめいていた。その様子は、まるで天空に掛けられた巨大な緞帳のようだった。
オーロラは、まるで生き物のように動いていた。緑色を基調とした光が、ゆっくりと波打ちながら広がっていく。その中に、時折、鮮やかな紫色の帯が混じり、幻想的な色彩のハーモニーを奏でていた。光の強さは刻一刻と変化し、時に強く輝いては消え、また別の場所で再び輝き始めるさまは、まさに天空のダンスを思わせた。
ゆずきも思わず息を呑んだ。
「驚異的な光景ね……。太陽から放出された荷電粒子が、地球の磁力線に沿って大気中の原子や分子と衝突して発光しているのよ」
ゆずきの科学的説明に、あかりは頷きながらも目を光景から離せないでいた。
オーロラの形は刻々と変化していく。カーテン状の光が渦を巻き始め、まるで巨大な光の竜が天空を舞っているかのような姿となった。その動きに合わせ、色彩も変化していく。緑から紫、そして一瞬、鮮やかな赤色が現れては消えていった。
「見て! 今、赤い光が……!」
あかりの興奮した声に、ゆずきも頷く。
「珍しいわね。酸素原子がより高い高度で発光すると、赤い光になるの」
二人は言葉を失い、ただ絶景に見入っていた。宇宙空間から見るオーロラは、地上からは想像もつかないほど壮大で、神秘的だった。それは、太陽と地球という巨大な天体が織りなす、宇宙規模の芸術作品とも言えるものだった。
ネビュラもまた、この光景に魅了されているようだった。その透明な体が、オーロラの色彩を反射して淡く輝いている。
「美しいわね……。こんな光景、地上からは決して見られないわ」
ゆずきの静かな言葉に、あかりは深く頷いた。
カフェ・ノヴァは、この壮大な自然のショーを背景に、静かに航行を続けていた。船内には、言葉にならない感動が満ちていた。この瞬間、三人の旅の始まりは、忘れられない思い出として心に刻まれたのだった。
「綺麗だったわ……。でも、もうすぐワームホールよ。準備しましょう」
ゆずきの冷静な声に、あかりは我に返った。
「そうだった! ねえゆずき、ワームホールってどんな感じなのかな?」
あかりは、好奇心に満ちた目で前方を見つめている。
「理論上は、時空を歪めて二点間を結ぶトンネルのようなものよ。でも、実際に通過するのは初めてだから……」
ゆずきの言葉がさえぎって、ネビュラが二人の間を漂った。
「私が少し説明しましょうか? 私たちネビュラ種は、ワームホールを自在に作り出すことができるの」
二人は驚いた表情でネビュラを見つめた。
「すごい! じゃあ、ワームホールの仕組みを教えてくれる?」
あかりが目を輝かせて尋ねる。
「簡単に言えば、時空を折り畳むようなものよ。でも、大規模なワームホールを維持するには莫大なエネルギーが必要なの。負のエネルギー密度を持つ特殊な物質で構成されているのよ」
ネビュラの説明を聞きながら、あかりは宇宙物理学の知識を総動員して理解しようと努めていた。
「なるほど……。アインシュタイン-ローゼン橋の理論を応用しているんだね。でも、カザミール効果を利用して負のエネルギー密度を生み出すのかな?」
「その通りよ、あかり。素晴らしい洞察力ね」
ネビュラが感心したように光を放つ。
「あと1分です」
ゆずきの声が緊張を帯びる。
遠くに、巨大な渦が見えてきた。その中心は漆黒で、周囲には青白い光が渦巻いている。まるで、宇宙に開いた巨大な目のようだった。
「準備はいい? ゆずき」
「ええ、万全よ。あかり、理論は任せたわ」
二人は顔を見合わせ、強く頷き合った。そこには言葉以上の信頼関係が見て取れた。
「ワームホール、突入します!」
ゆずきの声と共に、カフェ・ノヴァはワームホールに吸い込まれていった。
カフェ・ノヴァがワームホールに突入した瞬間、船内全体が激しく揺れ始めた。天井や壁面に取り付けられた機器や調理器具が軋むような音を立て、固定されていない小物が宙を舞う。
あかりとゆずきは操縦席のシートに身を固定し、息を呑んで窓の外を見つめていた。そこには、彼女たちの想像を遥かに超える光景が広がっていた。
無数の虹色の光の帯が、まるで生き物のように蠢きながら渦を巻いている。その中を船は突き進んでいく。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……そして、人間の目では識別できない未知の色彩までもが、目まぐるしく変化しながら流れていく。
「ゆ、ゆずき……これって……」
あかりの声が震えている。興奮と恐怖が入り混じった複雑な表情で、彼女は目を見開いていた。
「ええ……時空が歪められている様子よ。私たちは今、4次元を超えた高次元空間を通過しているのかもしれない」
ゆずきの声も、普段の冷静さを失っていた。彼女の手は操縦桿を握りしめ、指の関節が白くなっている。
その時、二人の間を漂っていたネビュラに異変が起きた。その透明な体が、突如として複雑な幾何学模様を描き始めたのだ。螺旋状の線が絡み合い、球体が膨張と収縮を繰り返す。まるで、彼女たちの目の前に広がるワームホールの縮小版のようだった。
「ネビュラ……あなた、大丈夫?」
あかりが心配そうに問いかける。しかし、ネビュラからの返答はない。その体は光を放ちながら、さらに複雑な変容を続けていく。
「まるで……ワームホールの構造そのものを体現しているみたい」
ゆずきが呟く。彼女の科学者としての興味が、一瞬の恐怖を上回った瞬間だった。
船の揺れが更に激しくなる。制御不能に陥る危険性を感じたゆずきが、全神経を集中して操縦を続ける。その横で、あかりは興奮と緊張で体が震えているのを感じていた。
窓の外では、光の渦がさらに激しさを増していく。それは美しくも恐ろしい宇宙のバレエ、時空の境界線で繰り広げられる荘厳な光のショーだった。あかりとゆずきは、自分たちが宇宙の神秘の中心にいることを痛感する。
そして、ネビュラの体が最も複雑な形状に達した瞬間……
「突破……成功!」
ゆずきがほっとした声で告げる。
「やった! 私たち、ワームホールを通過したのね!」
あかりが歓声を上げる。ネビュラも嬉しそうに光を放っていた。
「素晴らしい体験でしたね。この感動を、いつか料理で表現できたらいいな」
あかりの目が夢見るように輝く。
「そうね。でも今は、最初の目的地に向かいましょう」
ゆずきが新たな座標を入力し始める。
カフェ・ノヴァは、未知の宇宙を進んでいく。あかりとゆずき、そしてネビュラの大冒険は、こうして幕を開けた。彼女たちの前には、想像もつかない驚きと発見が待ち受けているのだった。
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