第6話

「そういえば、ルナさんってスキルカードお持ちですか?」

「スキルカード?なんですかそれ?」


 ボマーとの決闘の日から数日後、今日の依頼を選定していた時だった。その言葉に私は首をかしげる。森で育った私には、聞き慣れない単語だった。スキルという言葉自体は知っていたけれど、カードとなると全く想像がつかない。


「えっと、スキルカードっていうのは、十歳になると教会で授かるものなんです。スキルカードにはその人が持つ特別な能力が記されているのでそのスキルに沿ってみなさん自分の進む道を決めることが多いみたいです。ルナさん持ってないなら、早めに貰いに行ったほうがいいです!絶対!あったほうがいいですから!」


 アリゼさんは少し興奮気味に説明してくれた。


「は、はあ…」


 私は曖昧に頷いたけれど、内心では戸惑いが隠せなかった。森で暮らしていた時には、そんな儀式やカードの話なんて一度も耳にしたことがなかった。自然と共に過ごしてきた私にとって、そんな形式的なものはまったくの未知だったからだ。


「でも、そんな大事なものなら、どうしてお母さんは私に教えてくれなかったんだろう…」


 私は自分の中で疑問が膨らんでいくのを感じた。もしかして、スキルカードなんて必要ないってお母さんが判断したのかもしれない。それとも、何か理由があって教えてくれなかったのか…。


「でも…教会に行ってみようかな。アリゼさんがそこまで言うなら、何か大事なものなんだろうし…」


「はい!絶対後悔しませんよ、ルナさん!」


 私は彼女の勧めに従って、教会へ向かうことを決めたのだった。



「ごめんください!」


 教会に足を踏み入れた瞬間、私はその荘厳な雰囲気に圧倒された。高い天井や、色とりどりのステンドグラスが、まるで神聖な力を感じさせる。そして、そこで一緒に買い物したきりのリーゼと出会った。どうやら元気そうにやっているようだ。


「ルナさん、スキルカード持ってなかったんですね。じゃあ私が案内しますから」


 私はリーゼに案内され、教会の奥の廊下を進んでいく。途中、彼女は足を止めて、重厚な扉の前で小さく息をついた。


「司教様の部屋です。少し待っていてくださいね」


 そう言うと、リーゼは扉をノックしてから部屋の中へと入っていった。私は扉の前で立って待ちながら、なんとなく不安になっていた。私のスキルってどういうものがあるんだろう。まあ多分あんまり良いものは書かれていないんだろうけど。すると部屋の中から声が聞こえてきた。


「失礼します。司教様、私の友人のスキルカードの授与をしていただけませんか?」


 リーゼの礼儀正しい声が聞こえる。きっと、私のことを頼んでくれているんだろう。


「リーゼヴェルデか。ふむ、よかろう。スキルカードの担当マルクスは今出張中だからな、私自らが立会人となろう」


 その声は落ち着いていて、どこか威厳を感じさせるものだった。きっとこの教会の司教様なのだろう。


「ありがとうございます」


 リーゼの声には安堵の色が混じっていた。少しして扉が開き、彼女が出てきた。


「ルナさん、司教様がスキルカードの授与を引き受けてくださるそうです。こちらへどうぞ」


 私はリーゼに促され、司教様の部屋に足を踏み入れた。部屋は古めかしいが、どこか温かみのある雰囲気が漂っていた。司教様は、白い髭を蓄えた年配の男性で、目元には優しさと共に鋭い知性が感じられる。


「君がルナだな。リーゼヴェルデから話は聞いている。さあ、こちらへ来なさい」


 司教様に呼ばれ、私は緊張しながらも彼の前に立った。心の中では、期待と不安が入り混じっていた。スキルカードを手にすることで、自分にどんな未来が待っているのだろう?そんなことを考えながら、私は静かに目を閉じた。


「では、ルナ。君のスキルカードを授けよう。これから君の人生を導いてくれるものだ」


 司教様が静かに言うと、彼は大きな手で古びた巻物のようなものを取り出し、机の上に広げた。それは神聖な模様と文字で飾られたもので、まるで古代の秘術が封じ込められているような雰囲気を醸し出していた。


「まずは、神に祈りを捧げるのだ。君が持つ力を、神が正しく見極めてくれるように」


 言葉に導かれるように、私は目を閉じ、心の中で静かに祈りを捧げる。私はお母さんの目指した魔法少女に、誰かのヒーローになりたいと心の中で祈った。すると、暖かい光が私の手に差し込み、そっと目を開けると、司教様が神秘的な光を放つスキルカードを私に差し出していた。


「これが君のスキルカードです、ルナさん」


 私はカードを両手で受け取る。カードの表面には、私の名前といくつかの文字が浮かび上がっていた。


「魔力制御…のみ」


 その文字を読んで、私は胸が少し締め付けられるような気持ちになった。私が期待していたほどの力はなく、ただ魔力を制御する力のみが記されていたからだ。


「ふむ…ルナさん、君のスキルは可能性の塊だ。神が認め、君に託したものだ。だからその力、大切にしなさい」


 司教様はそう言って微笑んでいたけど、私は心の中で『やっぱりそうなんだ…』と、失望感が広がっていた。やはり私は特別な力を持っているわけではなく、ただの普通の少女なんだと。私には魔力を生み出す力がない。魔力を込めたローブを羽織ったり、魔力結晶を砕いてそれを利用しないと、私には何もできないんだ。スキルが明示されたことで、知らなくても出来ていた無限の可能性が極端に減っていくような予感がした。自分の無力さを突きつけられた気がして、胸が痛んだ。


「ごめん、トイレ行ってくるね」

「トイレは部屋を出て左ですよ」


 私はその場を逃げ出した。悔しくて、どうしようもなくて、何処か一人になれそうな場所を探していた。


「リーゼヴェルデさん、彼女を探しに行きなさい」

「え、でもルナさんはトイレに」

「違います、間違っていますよ。リーゼヴェルデさん。彼女の苦しみを、彼女にどういう言葉をかけるべきかを考えながら追いかけなさい」


 リーゼは司教様が何を言っているのか理解できなかったが急いで部屋を出るのだった。



「悔しい。私、ただの普通の女の子だった。お母さんのように強くてかっこよく人助けを出来るような人じゃなかった。悔しいよお母さん。私、魔法少女失格なのかな」


 スキルカードを貰ったからどのくらいの時間が経ったのだろう。私は教会の裏のベンチで一人泣いていた。


「大丈夫ですよ」


 その時、背中からふわっと抱きしめられた感触があった。振り返ると、そこにはリーゼがいた。


「リーゼ、どうして」

「私が使える魔法は神様に祈らないと使えないものばかりなんですよ。だからルナさんと同じ、条件付きの魔法行使です」


 『そういうことじゃないんだけどなあ』と思いながら私の初めての友人に優しく頭を撫でられる。辛い時お母さんにも同じことをされたなと昔を思い出す。少しだけなら、弱気になっても良いのかな。


「ねえ、リーゼ。私、お母さんが目指した魔法少女になれるのかな」

「なれますよ。だってお母さんが認めてくださったのでしょう?」

「うん、認めてくれた」

「それに、力は強さじゃないんです」

「じゃあ力って何…?」

「『力は強さじゃありません、生きる意思です。』」

「それって教会の経典?」

「さあ?どうでしょうね」


 彼女の言葉に、心の重荷が和らいでいくのを感じた。リーゼもまた、自分の力に限界を感じている。でも、それでも彼女は前向きに生きている。私も、そうありたいと思った。リーゼが励ましてくれたことで、私は少しだけ強くなれた気がする。この街での新しい生活、そして冒険者としての道を、これからも歩んでいこうと決意したのだった。

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