7




 乾いた発砲音とともに、あずさの足下のアスファルトが砕け散った。破片の一つがあずさの頬に当たる。


「ひい!」と悲鳴をあげたところで、あずさのすぐ脇の木の枝が粉砕した。あずさは恐怖で筋肉が萎縮し、転んでしまいそうになった。すんでのところで地面に手をついて体勢を持ち直す。


 振り返るとヨシツネとベンケイは走って追いかけることはせず、歩いて後を追ってくる。そして時折、ボウガンの矢を飛ばしてきたり、散弾銃を撃ったりして、あずさを威嚇してくる。まるで囲い込み猟のようにあずさを森の奥へとそしてその先の山へと追いやっていく。


 タケル百貨店の前まで来た。


 まずい。タケルと挟み撃ちにされる。


あずさは走りながら手にもったノコギリを構えた。


 後ろの二人に追いつかれたら終わりだ。タケルが出てきても、勢いを止めずに走り抜けるしかない。きっとタケルは鉈を持っているだろう。もしかしたら、もっと凶悪な武器を手にしているかもしれない。


 お願い。出てこないで。


 そんなあずさの願いをあざ笑うかのように、引き戸ががらりと開いた。顔に血の滲んだ包帯を巻いたタケルが顔を出す。やるしかない。あずさはノコギリの柄を握りしめた。


 しかし、タケルは引き戸から動こうとしなかった。そしてその手に握られていたのは鉈ではなかった。そもそも武器ではなかった。


 ビデオカメラだった。


 タケルは仏頂面でカメラを構える。まるで運動会で我が子のかけっこの様子を録画する父親のように、目の前を走り抜けていくあずさの姿をカメラで追う。


 あずさは後ろを振り返った。ヨシツネとベンケイは相変わらず急ぐ様子もなく、余裕の足取りで歩いて追ってくる。


 遊ばれている。


 いたぶられている。


 その姿を撮影されている。


 あずさはその事実を理解し、愕然とした。怒りなど湧いてこなかった。ただただこの異様な現状に恐怖した。


 あずさは道路を見回した。等間隔に設置された防犯カメラ。


 あずさはてっきり市町村が設置したものと思っていた。ひょっとして、いや、恐らく、これは奴らが道路を見張るために置いているのではないか。あずさが森から逃げ出したらすぐわかるように。どこを走っていても把握できるように。


 あずさは林道の入り口に駆け込んだ。看板を通り過ぎ、うっそうとした木々の間の道を駆け抜ける。日中、陽の光がきらきらと差し込んでいた小道はほとんど光を失い、薄暗く、地面もぬかるんでいた。木の枝の合間から雨が断続的に降注ぐ。


 あずさは再度、後ろを振り返った。


 二人は見えなくなっていた。あずさは走っていて、彼らは歩いている。見渡しがいい道路ならともかく、曲がりくねった林道に入れば、姿が見えなくなって当然だ。林道は分かれ道が沢山ある。このままスピードを維持して適当にコースを抜ければ、撒けるかもしれない。


 光明を見いだしたつもりになって気がゆるみかけたあずさは、すぐに思い直してかぶりを振った。


 おかしい。そんなの、あいつらだってわかってるはずだ。


 あずさは胸中がざわめくのを感じながら、足を止めるわけにも行かず、走りながら考えた。パニックになりそうな脳に鞭を打つようにして、無理やり頭を回転させた。


 奴らにとって、急いで追う必要が無いのはなぜだ。


 そもそも追いつく必要がない? そう。たとえば、それこそ囲い込み猟のように、あずさを狩り場である森に追い込んで・・・・・・


 待ち伏せ?


 森の奥に、まだ狩り仲間が潜んでいるのか。


 それこそ、鹿の巻き狩りのように。


 あずさは自分の想像に戦慄したが、すぐにその可能性を打ち消した。ここまでも入れそうな小道はいくつかあった。どの道に逃げられるかわかっていない相手を待ち伏せなんて、効率が悪すぎる。それこそ、さっきの車道のように監視カメラで見張っているならまだしも、この林道にそんなものがあるわけ・・・・・・


 あずさは立ち止まった。


 降りしきる雨の中、おそるおそる目線を上げる。


 木々の枝の上にちょこんと置かれた鳥小屋。数メートルおきに設置された鳥小屋。小さなかわいらしい三角屋根の下に、丸い穴が開いている。


 あずさは手に持っていたノコギリをリュックに差し込んだ。空いた両手を構えて、近くの木の幹に飛びついた。枝に掴まり、よじ登る。


 そんなわけない。いくらなんでも。でも、確かめずにはいられなかった。


 濡れた木肌の上をあずさの運動靴が滑る。あずさは足をがむしゃらに動かして無理矢理わずかな凹凸を蹴るようにして身体を持ち上げた。鎖骨辺りの傷から血がにじみ出るのを感じ、あずさの口から小さな悲鳴が勝手に飛び出した。


 鳥小屋に手を伸ばす。あと一歩届かない。


「あああ!」


 あずさは叫び声を上げて、樹皮を蹴って跳躍した。伸ばした片手の指を鳥小屋の穴に引っかけ、枝から引き剥がし、そのまま背中から小道に落下する。息を飲む衝撃と、鈍い音。水たまりの泥水が弾け、顔にかかった。


 あずさは呻きながら、身体を起し、膝立ちになった。なんとか手に入れた鳥小屋の穴を覗く。


 まるい穴の中。その穴の奥からあつらえたようにサイズがぴったりの黒い丸レンズがあずさの泥だらけの顔を反射させていた。録画中であることを表す赤いランプが奥にうっすらと見える。


 冗談でしょ。


 あずさは隠しカメラが仕掛けられている鳥小屋を取り落とした。周りを改めて見回す。鳥小屋は林道の両脇に、数メートルおきに設置されている。


 見られている。


 ガクガクと膝が震え始めた。


 落ち着け。落ち着くんだ。


 あずさは地面に落とした鳥小屋を拾い上げ、手の中でくるくると回した。穴の反対側にプラスチックの出っ張りが見つかり、引っ張るとずるりと小型カメラとバッテリーが引き出された。そのカメラをさらにこねくり回して調べる。


 あった。


 カチャリとSDカードがカメラから飛び出した。


 録画式だ。機械に詳しくないあずさには断言できなかったが、きっとこれは映像を撮りためておくタイプ。あとで回収するのだろう。リアルタイムで配信するタイプでは無い。


「大丈夫。今、見られているわけじゃあ、ない」


 あずさは震える足に言い聞かせるように呟き、立ち上がった


 でも、じゃあ、なんのために?


 がっとリュックが何かに引っ張られた。あずさは立った拍子に木の枝に引っかかったのかと思い、首をひねって背中を伺い、戦慄した。


 リュックに矢が突き刺さっていた。側面に突き刺さったそれはリュックを貫通し、反対側からは鋭い矢じりが飛び出している。


 背後の道の向こう側から、二人の男が歩いてくる。


 まずい。止まりすぎた。


 あずさは再び走り出した。隠しカメラが並べられた小道を全力疾走する。


 しばらくして、後方から微かな笑い声が響いた。雨音と自分の乱れた呼吸音で良く聞こえないが、


「あいつ・・・・・・カメラ・・・・・・」と断続的に言葉を耳が拾った。


 あずさが鳥小屋の隠しカメラに感づいたのがわかったのだろう。それでも笑っているということは、きっと気づいたところであずさにはどうしようもない、そういうことなのだろう。


 あずさは走り続けた。とうに息が切れている。二人が想定より早く追いついて来たのは、きっと、自分が思うよりあずさの走りが遅くなっているからだろう。改めて自分の両足を見ると、なんともおぼつかない足運びだった。転んでいないのが奇跡に思えるぐらいだ。


 限界だ。


 二人はこれを狙っているのかもしれない。待っているのかもしれない。つかず離れずの距離で追い回し、決して休ませずに逃げ惑わせ、いずれ、一歩も動けなくなり、這って逃げるしかなくなったあずさを嘲りながら殺そうとしているのか。


 視界に大きな岩が現れた。昼食をとった分かれ道だ。小道の分岐点に朽ちかけた看板とあずさが腰掛けた岩がある。その上にはあずさが並べたおにぎりが二つ雨に打たれて崩れかけていた。


 どっちに行く。


 あずさは走りながらポケットから地図がついたティッシュを取り出した。肝心の地図はインクが滲んでいるが、読めないことは無い。左は昼間に選択した山に続く小道。右はどうやら川に繋がっている道のようだ。


 あずさは、後ろを振り返った。そこまで離れてはいないだろうが、ここから二人の姿は見えない。それは相手からもそうだろう。足跡さえ工夫すれば、どっちの道を選んだのかはすぐにはわかるまい。


 だが、どうやら林道は全て見張られている。カメラは回収式だったが、二人の様子から、あずさの足取りを追う手段が他にも隠されているにちがいない。


 しかし、逆に言えば、林道以外なら見つからない。そういうことだ。


 あずさはティッシュを握りしめると、どちらの道でもなく、木々が茂っている雑木林に突っ込んだ。できるだけかき分けた跡が残らないように細心の注意を払う。


 暗い木の間を何メートル進んだだろうか、あずさは一際大きな木を見つけた、神社のご神木に出来そうな杉の木だった。何本も枝が伸びてうっそうとしている。


 もう走れない。足も、肺も限界だ。


 あずさ大木にもたれるようにしゃがみ込んだ。息を整えようと試みるが、乱れた呼吸はそう簡単には落ち着きそうに無かった。


 ここでやりすごそう。彼らは分かれ道のどちらかの小道を選択して進んで行くはずだ。もしかしたら二人で手分けするかもしれないが、こんな雑木林にわざわざ入って来はしまい。


 しばらくは、時間が稼げるはずだ。


 そう思ったのも束の間だった。前方から木々をかき分け、小枝を踏みながら近づいてくる音が聞こえてきた。なんの迷いも無く、一直線に近づいてくる。


 え? なんで? 


 あずさは狼狽した。なんでこっちに来るの? 意味がわからない。


 足跡が残っていたのだろうか。


 それとも二人のうちどちらかが警察犬並みの嗅覚を持っていたりするのだろうか。


 それとも、あの監視カメラはやはりリアルタイムで機能しているのだろうか。


 真相はわからないが、危機的状況であることはわかった。必死で走り続けて稼いだ距離はすっかりなくなってしまった。今はしゃがんでいるせいかまだギリギリ姿は見えないが、下手に立ち上がれば、お互いに目視できるだろう。一撃、撃ち込まれて終わりだ。たとえ撃たれなくとも、こんな林の中を逃げ回る体力はもうあずさには残されていない。


 隠れるしかない。


 あずさは必死に周りに目をやった。小さな茂みぐらいなら無いことも無いが、すっぽりと身を隠すことは到底出来そうも無い。足音がどんどん近づいてくる。数メートル先の木の葉が揺れ始めた。


 切羽詰まったあずさは上を見上げた。


 もたれている大木の枝が幾重にも重なり合うように伸びている。その一番低い枝には立てばギリギリ手が届きそうだった。


 登れる。あずさはそう判断すると、握りしめていたポケットティッシュの袋を口にくわえ、ゆっくりと立ち上がった。上方に手を伸ばし、大木の枝に掴まって、身体を引き上げる。音を立てないように気を配りながら、さっきと同じ要領で木登りを開始した。


 手入れされていない野生の木のせいか枝が多かった。コツを掴んだあずさは数分後には地上から三・四メートルの地点に到達した。幼い頃には目につく木に手当たり次第に登ったものだったが、20歳を超えてその経験が生きるとは思っていなかった。あずさは大きな枝の付け根に身体を挟み込んで固定することに成功した。体重を枝に預けて、下を見る。


 真下に、ベンケイがいた。


 雨ガッパのフードを被っているが、肩幅の大きさでベンケイだわかる。


 よし。そのまま通り過ぎろ。


 しかし、ベンケイは立ち止まった。あずさのが隠れている場所から一メートルもはなれていない。ベンケイの荒い息遣いが聞こえる。一歩進む度にうめき声に似た吐息を漏らしている。頭も顔も見えないので火傷の度合いはわからなかったが、決して軽傷では無いのだろう。


 自分の息遣いも聞こえてしまうのでは無いか。木登りを終えた直後のあずさは、落ち着きかけた呼吸がまたしても荒くなってる。その息を必死に整えようとしたが、焦れば焦るほど心臓が早鐘を打ち、自分の息遣いが大きくなる気がした。雨の音がかき消してくれるのを祈るしかなかった。


「ヨシツネええ!」


 ベンケイがいきなり叫んだ。あずさは悲鳴を上げそうになった。口にポケットティッシュをくわえていてよかった。


「あの兎、どこいった?」


 うさぎ? 私のことか?


 ベンケイの後ろをざくざくとヨシツネが追いついて来た。手にタブレットのような物を持っていた。それを覗きながらヨシツネは答える。


「うーん。ここらへんのはずなんだけどなあ」


「それ、信用なるのかよ」


「さあ。タケルは誤差、十メートルまでは覚悟してくれとか言ってたか」


「ああ? 十メートルも離れたら別の道になるじゃねえか!」


 苛立つベンケイにヨシツネはため息をついた。


「俺に言うなよ。タケルに無線で聞いてみろよ」


 あずさは木の幹をにぎりしめる両手が小刻みに震えるのを感じた。


 探知されている。足跡だとか、匂いだとか、そんなレベルじゃない。


 あずさの脳裏に、ベンケイとヨシツネに運び込まれたログハウスの光景がよぎった。


 壁際の机。デスクトップパソコン。マップに映し出された3つの赤いピン。


 あれはベンケイ、ヨシツネ、そしてあずさの三人の位置情報だったんじゃないか。


 あのとき、ログハウスで、いや、おそらくは肩を撃たれて気を失っているときに、自分は身体のどこかに発信機をつけられたんじゃないか。


 あずさはとっさに自分の身体をまさぐろうとして両手を木の枝から離しかけた。すんでのところでその衝動を抑え込む。


「なんにせよ、この近くだろう」


 ヨシツネがタブレットをのぞき込みながらそう言った。面倒臭そうなその口調ではあったが、あずさは身震いした。このままじゃいずれ見つかる。


 ベンケイが、すうっと息を吸い込み、叫んだ。


「神城あずさああ!」


 あずさは硬直し、目を見開いた。


 なんで、私の名前を、知っているんだ。


「出てこいよおお。お前のせいで顔中ずるむけだぜ。おんなじ目にあわせてやるよおお」


 あずさは体中から汗が流れ出るのを感じた。その汗は雨よりも冷たく感じた。


「逃げられると思うなよおお。○○市○○町在住のあずさちゃあん」


 再度こみ上げてきた悲鳴を口にくわえたポケットティッシュで押さえ込む。


 住所までバレている。なんで。どうやって。


 そこであずさは思い出した。そうだ。自分で書いたんだ。


 今日、私は住所と氏名を書いた。自分の字で。バカ正直に。


 登山カード。


 入山ポストにいれたあのカードを回収されたのだ。


 あまりのことに感情が追いつかない。極度の緊張で、知らず知らずのうちにあずさの瞳から一滴の涙が頬を伝い、顎から音もなく落下した。その滴は木の周りをうろつくベンケイのフードにまっすぐと落ちていく。あずさは思わず「あっ」と口をあけそうになり、慌てて渾身の力でティッシュをかみしめた。


 ガッ


 あずさの口の中で何か固い物が奥歯にぶつかり微かな音を立てた。


 滴はポトリとベンケイのフードの落下したが、雨だと思ったのだろう。ベンケイは何の反応もしなかった。


 あずさは小刻みに震える手をゆっくりと口にやった。ポケットティッシュの袋を腔内から引っ張り出し、指で探る。


 水浸しのティッシュペーパ―に挟み込まれるようにして、一枚の円盤が出てきた。コインよりもさらに一回り小さい。まるでボタン電池のような金属製の塊。見たことが無いから確証はない。だが、きっと間違いないだろう。


 発信機だ。


 このポケットティッシュはタケルから手渡された。サービスだとか言って。


 考えたものだ。ただのティッシュなら早々と捨てられる可能性があるが、簡易の地図がついているならば、大事に持ち歩くことになる。あずさがそうだったように。


 撃たれてからではない。その前から、森に入るその前から、タケルの店を出たあの瞬間から、あずさの居場所は殺人鬼どもに筒抜けだったのだ。彼らは、タケルに連絡を受け、さらにGPSであずさの位置を正確に掴んだ上で、準備万端で、意気揚々と、あずさを狩りに来たのだ。


 あずさはその小指の先ほどもない発信器を睨み付けた。


 どうする。 


 当然、壊すのがベストだ。信号を失えば、下の彼らは立ち去るかもしれない。しかし、さっき、思いっきり噛んだのに外見上壊れた様子は無い。ヨシツネも相変わらずタブレットをのぞき込んでいるので、信号は消えていないのだろう。再度噛んでもどうせ壊れまい。


 じゃあ、遠くに投げるか。


 いや、ダメだ。この体勢ではどうせ大した距離は投げることができないし、万が一、枝にでもぶつかって音を立てれば二人は上を見上げてしまうだろう。枝の間にはさまっているだけのあずさはすぐに見つかってしまう。それに、よしんば地面に落とせたとしても、この二人はその付近を変わらず捜索し続けるだろうから、いずれあずさは見つかってしまう。


 二人は辺りをきょろきょろと見回している。林の暗さに嫌気が差したのか、二人は懐中電灯を点けて周りを照らし出した。その光の直線がいつ木の上に向けられ始めるのかとあずさは気が気では無かった。


 壊せない。捨てることも出来ない。どうする。考えろ。考えろ。




『身の回りを探しな。今、持ってるもんで大体のことはなんとかできちまうものさ』




 また、祖母の声が聞こえた。小学生の頃に死んだ祖母。今日の今日まで忘れていたような言葉が唐突に思い出される。


 身の回りの物。持っているもの。


 あずさは背負っているリュックサックの中身に意識を送った。


 財布。壊れたスマホ。筆箱。ノコギリ。富士の水。それから、それから。


 おにぎりを包んでいた、アルミホイル。


 確か、金属は電波を反射させる。はずだ。


 あずさは両足を枝に巻き付かせ、胸に体重をのせた状態で、おそるおそる両手を枝から外した。その手をリュックサックに伸ばす。ゴミをサイドポケットに入れておいて良かった。そこから2枚のしわだらけのアルミホイルを引きずり出し、発信器を包み込んだ。何重にも。全く隙間が出来ないように。そして銀のボールのようになったそれを両の拳で包み込む。


 あとはもう、祈るしかなかった。


「ああ? おい。消えたぞ」


 ヨシツネが叫んだ。


「なにが?」


「兎ちゃんのピンが消えちまった」


 ベンケイが舌打ちして雨ガッパの内側からトランシーバーらしき物を取り出した。何やら操作して通話を始める。


「おい。タケルこらあ。発信機、ぶっこわれてんじゃねえか。ああ? 浸水したから? 完全防水にしとけやこの役立たずが!」


 ベンケイはおそらくタケルとの会話をしばらく続けた跡、また大きく舌打ちして無線を切った。


「川の水でバグったんだろうとよ。この場所もどうせ誤作動だ。引き返そうぜ」


 ベンケイは言うが早いが肩を怒らせてもと来た道をずんずんと戻り始めた。


 ヨシツネもため息をついて後につづく。


 二人が見えなくなり、なんの音もしなくなった。


それからさらにたっぷり3分、微動だにせず木の枝に掴まっていたあずさは大きく息を吐いた。一気に張り詰めていた全身の筋肉が弛緩し、ナマケモノのように木の枝の上で脱力する。


「助かったあ」




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