両思いなのに付き合わないってどういうことです谷塚さん?

伊角せん

第1話 告白と困惑

羽沢はざわ君、あなた私のこと好きらしいじゃない」


 ある日の放課後、俺の耳に飛び込んできた言葉に思わず心臓が飛び出そうになる。


 教室を見渡すと俺以外に女子生徒が一人だけ。俺の正面に立ってこっちを向いている。つまり、目の前にいる谷塚やつかさんから放たれた言葉だということがわかる。


「ねえ、どうなの?」


 事実確認をやっとの思いで終えた俺を、谷塚さんは容赦なく追撃する。彼女からしたらそんなつもりないんだろうが、そんなかわいい顔で覗き込むように見られたら心臓が持たない。ましてや彼女の言う通り、俺は谷塚さんに好意を抱いている。よって、その破壊力は何倍にも上がっているわけで、今にも心臓が飛び出そうだ。


「はい、まあ……そうですね」

「なにその煮え切らない返事。好きか嫌いかはっきり答えるべきじゃない?」

「いや、お言葉ですけどはっきり言えたらもう既に気持ちを伝えているかと」


 告白する勇気が出ないから遠くで盗み見るだけの現状に甘んじているわけだ。


「確かにそうね。一理あるわ」


 意外にもこちらの気持ちをわかってくれたらしい。口元に手を当て考える仕草でしばらく沈黙が続く。


「ん、その言い方からすると、私のこと好きってことになる?」

「そう、なりますね。はい、まあ好きです……」

「そうよね。よかった好きじゃなかったら私だいぶヤバい奴になるところだった」

「好きなのとヤバい奴かどうかは因果関係ないです」


 あとたぶんヤバい奴なのは確定です。ホッとした顔しないでください。


「え、てかちゃっかり告白してなかった? 告白ってちゃっかりするものじゃないわよ」

「重々承知してますけど状況が状況だったので」

「うーん、次からは気をつけてよ」

「こんな状況二度とないと思うんでご心配なく」

「言うじゃない。でも良かった。つまり私たちは両思いってことになるわね」


 谷塚さんは満足げに頷き、よかったよかったと安心した様子だ。


「そうなんですか……そうなんですかっ!!?」

「何急に大きな声出して。びっくりするじゃない」

「びっくりは僕の方がしてます。声がでかかったのはすいません。え、僕のこと好きなんですか?」

「そうよ。じゃないとこんな頭おかしい行動しないでしょ?」

「自覚あるなら今度から気をつけてください」

「仕方ないじゃない。好きな人の前だと緊張して変な行動に出るものって本に書いてあったし。だから変な行動した方がいいかなって」

「テンパって無意識で奇行に走るんです。自分から合わせに行かないでください」

「色んな私を知ってほしくて」

「そんなかわいくポーズ取られたら何も言えなくなるのでやめてください」

「ああしろこうしろって。もう彼氏面? それも束縛キツめの」

「今後気を付けます」


 深々と頭を下げて謝罪し、頭の中の整理を始める。急すぎてパニックになりそうだ。さっきまで「晩飯何かなー」とか考えてただけなのに脳の処理が追い付かない。


「よし、じゃあ7月16日17時26分40秒、羽沢君確保と」


 右腕を伸ばしてから顔に寄せて腕時計の時間を見る。しかし、時計は手首にないのでポーズだけで、普通に教室の時計で時間を確認し、携帯にメモを取る。


「一体僕は何の罪で逮捕されたんですか?」

「窃盗罪よ。私の心を奪ったね。……ちょっと待って誰もいないわよね」


 廊下に出て誰もいないことを確認し、危なかったと額の汗を拭うフリをする。


「誰かに聞かれてたら恥ずかしくて死ぬところだった」

「死なれちゃ困るんでよかったです」

「え、私じゃなくて聞いてた人がね」

「思考が怖すぎる」

「羽沢君、もしかして聞いてた?」

「僕はノーカンでしょうよ。勘弁してください」

「あなたを殺して私も死ぬわ」

「三角定規じゃ死なないとは思いますけど痛そうなんでしまってください」

「わかりました。今回は一回目だから許すけど、次は容赦しないわ」

「僕は浮気でもしたんですか」


 仕方ない、と三角定規をポケットにしまってジト目でこっちを見ている。


「羽沢君って面白いわね。想定してた通り」

「はあ、お眼鏡にかなえて光栄です」

「は? 私視力2.0なんだけど。暗に眼鏡フェチをアピールしてる?」

「してないです。すいません、忘れてください」

「眼鏡女子が好き、と。まあそれくらいならやってあげなくもないけどあまりドギツいのはちょっとね」

「谷塚さんはなんというか、予想以上に谷塚さんですね」

「ん、思ってたよりかわいいってこと?」

「それもありますけど、」

「あるんかい」

「普段から変わってるなって思ってましたけど、いざ面と向かって話してみるとそれがより感じられて」

「これは……バカにされてる?」

「いえ、そういうところ込みで好きだなって」

「ちょっと待って録音するからワンモア」

「絶対嫌です」


 すかさず携帯を取り出し、録音ボタンを構える谷塚さん。俺は頑としてそれを拒否した。


 昨日まで、というか今日までろくに目も合わせられなかった谷塚さんとこんなに会話ができて、気持ちを伝えることができるなんて俺は夢でも見てるんだろうか。それにあっちも俺のことを好きだという。絶対夢でしょもう覚めないでいいよ。


「あーあ。携帯の目覚ましボイスにしようと思ったのに」

「阻止できてよかったです」

「好きな人の声で毎朝起きれるのいいと思ったのになー。あ、録音しなくてよかった?」

「ちょっとそんな余裕なかったです」


 ドキドキしすぎて心を落ち着かせるので精一杯だった。少しでも油断すれば嬉しさのあまり発狂して走り回りそうな状態が今も続いている。


「谷塚さん、じゃあ今日からその、お付き合いさせていただけるという感じでいいんですか?」

「ん、いや付き合いはしないよ」

「じゃあ今日からよろ……今なんと?」

「だから、付き合うのはしないって」


 二人の間にしばし沈黙が流れる。遠くの方で聞こえる足音がいやに鮮明に耳に届く。


「それは、好きじゃないから」

「好きだって。さっきも言ったじゃん」

「……ありがとうございます。でもお付き合いは」

「しないって。さっきも言った」


 ただでさえ負荷が掛かった脳に更に負担が掛かる。あと少しでバグってしまいそうだ。


「羽沢君、君は知らないようだね」

「何をです?」

「恋愛って言うのはね、付き合う前が一番楽しいんだよ」


 ふふん、と満面の笑みを浮かべる谷塚さん。そうだ、俺はこの人の変わってるところ込みで好きなんだった。



 




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