第61話 なんですかこのゴリラは

私が立ち止まって悩んでいたら、

またもや男の人の悲鳴が聞こえてきた。

今回聞こえてきた声はあの擬態モンスターの悲鳴とは違い、

より臨場感のある、人らしい絶叫に思えた。


……いや、騙されないぞ。

どうせ正体はあの擬態モンスターだ。

私の良心を煽り、疑念を抱かせないようにする為に、

前回よりも感情豊かに叫んでいるに違いない。


左だ。左の道を進もう。

私は悲鳴を無視して左の道に進もうとする。


「ひぇええ!? 誰か! 誰かあああ!!?」

「…………」


騙されるな。あれは演技だ。

少し毛色の違う悲鳴だからって騙されてはいけない。

あの声にホイホイ釣られてしまったら、

また危ない目に合うに決まってる……騙されるな。


「こ、殺されるー! 止めてくれぇえ!!」

「…………」


だ、騙されるな……。


「痛ぁ!! し、死ぬ! だ、誰か、誰かぁ!!」

「…………」


騙されちゃ、駄目………。


「助けてくれええええ!!」

「────あぁああ!! もぉおおおっ!!!」


本当に自分の意志の弱さが嫌になる。

私は自分を強く罵倒しながら、右の道へと突き進んだ。


そのまま進んでいくと道が終わって広い空間に出た。

そこには迫りくるゴブリンやオーガから逃げ回っている、

全身タイツと仮面を身に着けた男の子がいた。


「……あ、あれって!」


──もしかして、河川敷で会った変態君じゃない!?

確か変態は猛原 俊って名前の男の子だった筈だ。

まさか、ここでまた会うとは……!


「うわああ! ……ん!? あ、あなたは!?」

「ギギャ!? ギャギギ!!」

「ゴオオオ!」


嫌らしく嗤いながら猛原くんを追いかけ回していたゴブリンとオーガは、

私を見つけた途端、急に顔つきを変えて隊列を組み始めた。

六匹いたゴブリンは左右に三匹ずつ展開し、

一匹のオーガは先鋒を務め、私に突撃してくる。


……最初、モンスター達が猛原くんを襲っていた時、

隊列などは組んでおらず、単純に後ろから追いかけ回しているだけだった。

だというのに、こいつらは私を発見した瞬間、

親の仇でも見つけたかのような形相になって、

しっかりと戦列を組んで標的を私に変えてくる。


──どうやらソラちゃんが言っていた通り、

このダンジョンは私に対してだけ難易度を上げてくるらしい。

こんな特別待遇を受けられるなんて、余りにもラッキーで泣けてくる。


そして、左右後方に展開したゴブリン達が私に矢を放ってきた。

私は宝箱と〈衛種剣モラスチュール〉をその場に投げ捨て、

ベルトに括り付けた〈冠天羅〉の鞘から刃を抜き、

飛んできた矢を虫を払うかのように弾いた。


「グ、ギッ!?」

「……片っ端から"据物"にしてあげる」


私は目の前のモンスター達にそう吐き捨てた。

こいつらは猛原くんを──本物の人間を襲っていた。

襲われた彼が着ている全身タイツはあちこちが破けていて、

その裂け目から見える肌は痣だらけだ。

そんな傷だらけの彼を、この化け物どもはケタケタと嘲笑いながら、

己の嗜虐心を満たす為に追いかけ回していた。


こんな連中にかけてやる情けなどない。

心置きなく、試し切りの巻藁にしてやれる。


「ゴアァアアア!!!」

「グギャギャ!!!」


私の挑発を受け流し、オーガが突くように鉄の棍棒を袈裟懸けに振り下ろしてくる。

それに併せてゴブリンも矢を放ち、私の逃げ道を潰してくる。

左右それぞれで予め弓を番え、私がどちらに逃げようと矢を当てるつもりだ。


しかし、その程度の策で私は止められない。

私は左にダッシュして棍棒を避け、オーガの背中側に移動して、

弓を打ってきたゴブリンへと急接近する。


「グ、グギャッ!?」


ゴブリン達は猛烈な勢いで距離を詰めてきた私に全く反応出来ていない。

私はそのまま〈冠天羅〉を振るい、三匹の身体を連続で斬り裂いた。


「「ギギアァァ!!」」

「……!」


────とてつもない切れ味だ。


斬った感触が殆どしなかった。

まるで豆腐を切ったかのように三匹のゴブリンは

真っ二つとなり、血を流してボトボトと落ちていく。

〈スクワダ〉とは比較にすらならない程、

この〈冠天羅〉は凄まじい性能をしていた。


これなら……多少無茶な事を試しても大丈夫そうね。


続けて右翼のゴブリン達が矢を放ってくるが、〈冠天羅〉で弾いて防ぐ。

矢が防がれてもゴブリン達は矢を撃つのを止めなかった。

撃ち続けられる矢によって私は動きを制限され、

その隙を突いたオーガが鉄の棍棒を振り下ろしてくる。


──迫りくる棍棒と矢は個別に対応されないよう、等間隔で繰り出されている。

だが、これはオーガを盾にするように飛べば問題なく対処出来る。


しかしながら、これから何が待ち受けているのか分からない以上、

様々な策を用意しておくべきだ。

ならばこそ、突拍子もない思い付きであろうとも試しておき、

自分の武器を増やさなくてはならないだろう。


そう思い至った私はゴブリンの矢を切り払って、

敢えてオーガの振り下ろしを避けず、その場で迫り来る棍棒を待ち続けた。


「ゴ、ゴァッ!!?」


オーガは私の行動に酷く驚いていた。


それも当然だろう。

先程まで冷静に攻撃に対処してきた怨敵が、

突然立ち止まって自殺しようとしてきたのだから。

ただ勿論、私は死のうと思っている訳じゃない。

思い付いた作戦を試そうとしているだけだ。


棍棒が私を押し潰そうと迫ってきて、

轟々と風を切りながら押し寄せる鉄の塊の、その"上面"が見えてくる。

オーガの武器である鉄の棍棒は側面はトゲだらけで暴力的だが、

先端部分だけは何もない平面であり、唯一安全と言える場所だ。


私はその上面が見えるのを待っていた。

そこが見えた瞬間、私は棍棒を僅かに後ろに下がって躱した後、

深く腰を落とし、刀を両手で握り締め、

弓を引き絞るように肘を後ろへとやる。


そして、万全のタイミングで、

私は撃ち放つように全力の平突きを繰り出した。


「はぁあっ!!!」

「ゴ、ゴアァアア!?」


渾身の平突きが分厚い鉄の塊を貫き、

〈冠天羅〉の刃が根本まで突き刺さる。

それにより棍棒の上面には〈冠天羅〉の柄が、

真っすぐに生えているような形になり、私の目論見が果たされる。


────棍棒in〈冠天羅〉の完成だ。

〈冠天羅〉は棍棒と一体化して、一つの巨大な武器と化したのだ。


「おぉおおおおお!!!」


そして、私は棍棒に突き刺さった〈冠天羅〉を思いっ切り振り上げ、

未だに私の武器を握っていたオーガごと上へと持ち上げた。


「ゴ、ゴ、ゴアアアッ!!?」


宙に浮かんだオーガは驚愕し、足をバタバタと動かしている。

余りの重さに腕の筋肉が千切れそうになるが、根性で痛みを堪え、

持ち上げていた冠天羅棍棒を死ぬ気で振り下ろし、オーガを地面に叩きつけた。


「ゴギャアァアアアア!!!」


空から地面に叩きつけられた衝撃で、

オーガは絶叫を上げて棍棒を手放した。

そうして一段と軽くなった冠天羅棍棒をまた振り下ろして、オーガの顔面を押し潰した。


それから私は冠天羅棍棒を横に待ちながら回転していき、

超巨大なコマのように動きながら、部屋の中を回り始めた。


「おぉおおおおお!!!」

「グギャァアア!!?」

「ひぃいいいい!!?」


そのままゴブリン達の下へと鉄の台風と化した私が近づいていく。

ゴブリン達は最初は矢で迎撃していたが、簡単に弾かれた事で、

全く効果が無いと知るや、必死に逃げ惑い始めた。


しかし、棍棒竜巻は非常に広範囲で、部屋の半分以上を占めている。

逃げ足の遅いゴブリン達が逃れられるものではなく、

その全員が台風に巻き込まれ、殴打の渦に呑まれて死亡した。

勿論、猛原くんは巻き込んでいない。


そして、全てのモンスターが駆逐され、宝箱が出現した。

私はそれを見届けた後、棍棒から刀を引き抜いて状態を確認する。


……おぉ、刃こぼれ一つない。

下らないコレクション欲に溺れてしまい、

いざという時にこの刀を全力で振るえない事がないように、

という理由もさっきの無茶苦茶な戦い方をした理由の一つだったけど、

どうやら本当にこれは強靭な刀であるらしい。


こんな刀、使わないなんて勿体ない。

今のうちに知れて良かった。


「……ひ、ひ、ひぃいいい……」


あ、刀の評価にかまけてこの子の事を忘れてた。

助けられた筈の猛原くんは私から背を向けて蹲り、プルプルと震えていた。

なんだか、さっきよりも怖がっている気がする。


…………ど、どうしてでしょうね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る