第10話 仲間が一人増えましたね

突然、敵がいると告げた笠羽ちゃんは、

持っていたスマホの画面を私に見せてくれた。


そこには上空からこの場所周辺を映し出した

簡易的なマップが表示されていた。

表示されているマップにはメートル単位での目盛りとコンパスがあり、

中心には私達と思われる二つの青い点が。

そして、ついさっき笠羽ちゃんが言っていた距離と方向には、

敵と思われる赤い点が一つ表示されていた。


「これは〈敵感知アプリ〉っていうガチャアイテムです。

 アプリを入れた携帯を所持している人……

 つまりわたしを中心とした半径25mの範囲で

 周辺にいる人間の位置をリアルタイムで把握し、

 その周辺の人間が私に敵意があるかどうかを判別出来る様になります。

 わたしに敵意のない人は青色で、敵意がある人は赤色で表示されますね。

 えへへ、佐藤さんは私と戦うつもりがないみたいですね? 嬉しいです♪」

「ま、まぁね……」

「しかも、このアプリは敵が25m圏内に入った場合、

 アラームがなるように設定出来るんです。

 さっきのピピピって音はその警告音だったという訳ですねー」


……なんて便利なアイテムなんだろうか。

このアイテムが、笠羽ちゃんが用意していた"自己PR"というわけか。

確かに売り込みとしては満点と言える代物だろう。

これさえあれば相手は不意打ちなんて出来なくなる上に、

逆にこっちは出来るとかいう無敵状態になる。


っていうか、ちょっと待って。そんな事より──


「えぇっと……笠羽ちゃん?

 その、つまり今、私達って……敵に狙われてるって事?」

「はい。そうですね」

「いや、そうですねじゃなくて!

 何でそんなに落ち着いてるの!? 敵が来てるんでしょ!?」

「それは勿論、勝てる見込みがあるからですよ。

 佐藤さん、暫く敵がこちらにやってくるまで、ここで待機していいですか?

 敵が行動を起こしたら、こっちで対処しますので」

「えっ!? で、出来るの!?」

「はい。この状況下であれば、大丈夫でしょう。

 あ、それと敵に不審がられないよう、

 佐藤さんとお話させて貰いながら待ってもいいですかね?

 安心してください。わたしなら、なんとか出来ますから♪」

「そ、そうなの……?」


笠羽ちゃんは随分と自信満々のようだが、

敵の居場所が分かるからといって、本当に対処出来るのだろうか。

このイベントに参加している以上、

敵がガチャアイテムを持っていないという事もないだろうし、

そう簡単に勝てるとは考えにくいのだが……。


しかし、怪しいし不安だからと頭ごなしに否定していては、

頼れる仲間など一生出来そうもない。

ここは一度彼女の腕前を見定めてみて、それから決めてみても良いだろう。

まぁ、別に脱落しても構わないのだし……。


それから笠羽ちゃんは少し歩いて、

何故か敵に背中を見せた位置で止まり、私と会話を始めた。

会話自体は他愛もないもので、食べ物の好みや、

休みの日は何をしてるかといった世間話だった。


その間、笠羽ちゃんは話の合間合間で、

私にアプリ画面を見せ、敵の現在位置を逐一教えてくれた。


その見せるタイミングは実に巧妙で、食べ物の話をしていた時は

「昨日、食べたイタリアンなんですけど~」と言いながら画面を見せてきたり、

休みの日の話をしていた時は、旅行した時の写真と偽って見せたりと、

演技だとは到底思えない、ごく自然な仕草で私に逐一教えてくれた。


こうなると、恐らく敵に背中を見せて話し始めた理由は

スマホの画面を敵に見られないようにして、

敵に『私達は油断してる上に、あなたに気付いてもいない間抜けですよ』と、

思わせる為の作戦だったのだろう。

成程確かに、こんな真似が出来るのなら、自信があるのも納得だ。


しかし、問題は私だ。

私は彼女の足を引っ張らないようになるべく自然に相槌を打ってはいるが、

大根役者もいいところだと思う程に酷い演技になってしまっている。


だって、質問に答えている間も、

敵はどんどんこちらに近づいて来ているのだ。

しかも、時々見せられるスマホの画面には

敵が近づいているという証拠がありありと示されているのだから、

焦燥感と恐怖心もその分、どんどん大きくなってくる。

正直、冷静に演技を続けている笠羽ちゃんの方がおかしい。


そうして気が休まらないまま会話を続けて、

いつしか敵との距離が5メートル程まで縮まった。


もう敵は私の視界に写っているが、

私はその姿を何とか視界に入れないようにする為、

笠羽ちゃんをガン見しつつ、しどろもどろになりながら彼女の質問に答えていた。


でも、そろそろ限界だ。

このままだと発狂してしまいそう──!


「へぇ~。真知子さんって温泉好きなんですね!

 わたしも結構温泉好きなんで、今度一緒に行きません?

 ここの近くに穴場の温泉があるって聞いたことがあるんですけど」

「あ、あの笠羽ちゃん……そろそろ、そのぉ……」


泣きそうになりながら私がそう言うと、

笠羽ちゃんはその言葉を無視して、スマホをいじりながら会話を続けた。


「えっ! 聞きたいですか? しょうがないですねぇ……」


そう言いながら笠羽ちゃんはにやけ顔を浮かべながら、

こしょこしょ話をしようと、私の耳元まで顔を近づけてきた。

いや、もう限界なんだって──


「もう少しです。すいませんが、

 あとちょっとだけ我慢してください」


そして、そう小声で囁いてきた。


……いい声だったので、少しゾクッとしてしまった。


急なASMRを食らわせてきた笠羽ちゃんは、私との会話を再開し始めた。

不本意な形で少しだけ冷静さを取り戻した私は、

彼女の話に何とか合わせようとするが、やはり不自然な状態になってしまう。

本当にこれで大丈夫なんだろうか……?


それから少し会話を続けていると、

ついに敵は、私達と2m程しか離れていない所までやってきた。


私は辛抱堪らず、敵がいる筈の場所をチラリと見てしまう。

そこには近くの木から身を乗り出している男がいた。

その男はクロスボウのようなものを持って、

笠羽ちゃんの背中目掛けて矢を放とうと構えていた。


「か、笠羽ちゃ──!?」


それを見た私は慌てて笠羽ちゃんを庇おうとしたが、

笠羽ちゃんは既に行動を起こしていた。


ソラちゃんは持っていたスマホを敵に向かって投げつけていた。

男は突然自分に投げられたスマホに驚き、

見当違いな方向に矢を放ってしまってしまう。


そうして隙だらけになった男を見据えて、

笠羽ちゃんは制服のブレザーを翻し、スカートの上端に挟んでいた

小ぶりな"水鉄砲"を取り出して、引き金を引いた。

そして、銃口から発射されたものは小さな水流などではなく、

野球ボール程の大きさを持った水の玉だった。

その水弾は男の胸あたりに命中し、男は衝撃によって倒れた。


「がぁあっ!!? あっ! あぁっ!!?」


呻き声を上げて倒れた男に、

笠羽ちゃんは続けて水鉄砲を二発撃ちこんだ。

それを受けた男からまたあのパリンという音が聞こえた後、

一瞬灰色の靄に覆われてから消えた。


豚男に起きた現象と同じだ。

これで、あの男もイベントから脱落したのだろう。


……まさか、こうも簡単に終わらせてしまうなんて!

今の一幕を演じた当人である笠羽ちゃんはしたり顔で笑っている。

そして、私の視線に気づくと、鼻息を荒くしながら、

水鉄砲のトリガーガードに指を入れて、水鉄砲をくるくると回し出した。


……その行動は可愛らしいのだけど。


「……あの、その水鉄砲って……?」


色々と疑問点はあるが、取り合えず気になった事を聞いてみる。

質問された笠羽ちゃんは水鉄砲を回す手を止め、

整然とした口調で説明し出した。


「これは〈水鉄砲〉っていう名前のガチャアイテムです。

 名前からも、見て頂いた光景からも分かる通り、

 水の球を出来るガチャアイテムですね。

 特別な能力とかはなくて、やれることと言ったら

 水の弾丸のサイズと球の速度を微調節出来るくらいです。

 でも撃った時の反動とかはないので、

 扱うのは別に難しくないのがいい点ですね」

「そ、そうなんだ……凄く様になってたけど、

 何でそんなに使い慣れてるの?」

「単純に練習したんですよ。

 こういうイベントはいずれ行われるかもしれないって考えてたので。

 慣れればこれくらいは誰でも出来ると思いますよ」


いや、そんな事ないと思うんだけど……。


「っていうか、あれ? なんでイベントがあるって分かってたの?」

「あのガチャから出てくるアイテムって、

 大抵は戦いに活かせる道具ばっかりなんですよ。

 だから、こういうバトルロイヤルみたいなイベントが催されても

 おかしくないかなって思ってたわけです。簡単な推測ですよ」

「……確かにそうね。でも、もう一つ質問いい?」

「なんです?」



「──笠羽ちゃんってさ……戦いに慣れ過ぎじゃない?」


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