第8話 想定以上の実力だ

「ひっ!」


私は反射的にそのバットを剣で受け止める。

突然の事で頭が真っ白になっていたのに、何故か体は反応出来ていた。


私は後ろに下がって男を見る。30~40代くらいの髭面の男だ。

着ている服はヨレヨレであちこちにシミがあり、

身体はだらしなく太っていて、全体的に不潔感がある。


その男は残念そうに、右手に持った金属製のバットを

左手にパシパシとしながらため息をついていた。


「はぁ~……クソ、防がれるのかよ!?

 お前泣いてたんじゃねぇのかよ! 騙されたじゃねぇかクソが!」


余りにも理不尽な物言いに私は絶句してしまった。

泣いてた所をバットで殴りつけておきながらその言い草はなに? 

人としての感情を失っているんじゃないだろうか。


泣きっ面に蜂とはこの事だろう……いや、この場合泣きっ面に"豚"か。

惨い仕打ちを受けた為に、怖さや悲しさよりも

段々とやられた事に対する怒りの方が大きくなってくる。

私は目の前の豚男を睨み付けて、激しい怒りのままに言い返す。


「……こっちこそクソなんだけど? 

 人が泣いてる所をぶっ叩いておきながら、

 謝りもせず怒鳴り散らすとか……何様のつもりなの、あんた?」

「はぁ!? 騙してたくせして何言ってやがんだ!!

 この詐欺女が!! いいから死んどけぇ!!」


暴行豚男はまた、バットを私に向かって振り下ろした。

いくらバリアが張っていると運営が言っていたとは言え、余りにも躊躇がない。

そもそも、本当にバリアなんて張られているのか不明な状態の筈なのに。

こいつ……普段から人を平気で殴ってそうだ。


私はバットが自分に当たる前に、

”頭に思い浮かんだ"通りの動作で後ろへと下がる。

そして、バットは私の前で地面に振り下ろされた。


「は? すり抜け……」


男は茫然としている。チャンスだ。

少しだけ躊躇したが、私は男の横腹に向かって

持っていた剣の腹をぶつけた。


「ぶほぉお!」

「あ」


パリンというガラスを割った時に聞こえるような甲高い音が聞こえた後、

男は私が剣をぶつけた衝撃で吹っ飛び、近くの木へとぶつかった。


バリア云々の話が嘘だった時に備えて、

怪我をさせないように力を抑えていたつもりで殴ったのだが、

怒りのせいで思ったより力が籠っていたらしい。

やってしまったかと心配になったが、

男は芋虫みたいに悶えているだけで、別に怪我はしていないようだ。

それに痛みに悶えているというよりは、

吹っ飛ばされたことによる驚きと恐怖で悶えているように見える。


……大丈夫そうだし、この隙に残りの二回もやるか。


「おらおら」

「おっ! おっ!」


ツンツンと、臭いものを触れるみたいに、男に対して剣で突いてみる。

男からはそれに合わせてパリンと言う音と、小さい呻き声が聞こえた。


そして、二回目の攻撃を男に与えた瞬間。

男から先程より一際大きくパリーンという音が鳴り響き、

一瞬の内に灰色の靄に覆われた後、男はその場から消えた。



「──ほんとに、消えた」



私は人が目の前で消えたという事に圧倒されてしまった。

今起きた現象が運営が言ってた”送還”というものなのだろう。

あの男は元居た場所に送られ、このイベントから脱落したという事になる。


……一先ず、危機は去った。

落ち着けてきた私は茫然と男が消えた場所を見ながら、

さっきまでのことを思い返す。


私があの鬼畜おっさんに襲われた時、

終わったと思っていたけれど、実際には攻撃を完璧に防げていた。

そして、人を吹っ飛ばして木にぶつけたというのに、

相手はバリアとかいうものによって怪我もなくて五体満足だった。


きっと、それはこのイベントだけの話だろうし、

自分や相手に怪我をさせないというだけで、

イベントから逃れられない状況は何も変わっていない。


けれど、その事実は、

未知の恐怖に怯えていた私を確実に安堵させていた。


イベントに参加したくないという気持ちは変わらないが、

結局、参加は絶対だし、私がどう思おうが関係ない話だ。


今にして思えば、敢えてあの豚から殴られて脱落するという手もあったが、

そんなリタイア同然の行為を、監禁してまでガチャを引かせてきたり、

イベントに強制参加させてきた奴らが許してくれるとも思えない。

それに自滅の為にわざと攻撃を受けるなんて反則技を

運営が攻撃判定とは認めないという扱いにしていたら、

私は永遠にあの豚から殴られ続ける羽目になってしまっていただろう。

そんな拷問は断じて受けたくない。


だったら開き直って、優勝してやるという意気込みでいた方が良い。

仮に襲われても、謎バリアがあるおかげで人は傷つかないし、

他の参加者で私みたいに参加したくない人はそそくさと退場してるだろう。


つまり、ここにいる人間達は、

”自分の欲の為に戦える人間”というわけだ。


なら、怯える必要はない。

打っていいのは打たれる覚悟のあるやつだけであり、

痛い思いをするのも彼らは覚悟の上の筈なのだから。


そう思えば、不思議と恐怖を抱く事は無くなった。

それどころかこの状況に……ほんの少しだけ、本当に少しだけ、

胸が高ぶっているような気がした。


早速行動しよう……と、思ったのは良かったのだが、

この自然公園は元々あった森に併設されていて、

隠れ蓑になる木々も沢山ある。

闇雲に歩き回っても危険なだけだろう。


何か作戦を考えないといけないのだが……どうするべきかだろうか。


「……そういえば、吹っ飛びはするのよね」


何か作戦に使えそうな情報はないかと先程までの状況を思い返していたが、

そういえば戦いの中で私は男をぶっ飛ばすという"現象"を引き起こしていたが、

攻撃を防ぐという謎バリアが張られているのに、

何故あの男はぶっ飛ばしという攻撃を受けてしまったのだろうか?


──もしかすると、バリアが防ぐのは"攻撃で生じる痛み"だけで、

その攻撃によって引き起こされる事象や結果は残る?

どういう原理でそうなるのかは知らないが、

殴られた男の反応からして恐らくそういう事なのだろう。

それならこちらとしては有り難いし、後顧の憂いはない。


さて、人を攻撃する行為に対しての安全性は

一先ず信用出来そうだが……肝心の作戦はまだ思い付かない。

物音を聞きつけた参加者に襲われる可能性もあるし、

ここでずっと突っ立って考えていても危険だろう。

一旦ここから離れてから考えるとするか。


────よし!


「っ、いったぁ!」


私は景気づけに自分の頬を軽く叩いて気合を入れようとしたが、

またもや力加減を間違えてしまったせいで、猛烈な痛みを味わうことになった。

思わず持っていた剣を落として座り込み、頬を手で覆ってしまう。


「……うぅ、自傷行為もバリアで防いでよ……」


気を取り直して、今度は別の方法で気合を入れようと思い、

私は剣を拾い立ち上がって上段に構える。

どうせ直ぐにここは離れるのだし、全力でやっても構わないだろう。


そして、私は剣を真下へと思い切り振り下ろした。


その剣撃により、辺りに鋭く激しい風切り音が響く。

自分が発したとは思えない程にその音は頼もしく、

馴染み深くも力強い感覚がする"振り下ろし"だった。


……大丈夫だ。怖くない。私は戦える。

襲ってくる奴らも怖くない。この力があれば問題ない。

殺してしまうかもしれないという憂いも無くなった。

だから、大丈夫。絶対に私は無事に家に帰れるんだ。


「ふぅ~……よし、いこう!」


今度こそ気合を入れられた私は剣を持ってその場を去ろうとするが、

このままキャリーケースを地面に置きっぱなしにしてると、

戦ってる間に盗まれてしまうかもしれない事に気付いた。

しかし、コインロッカーなんてこんな自然豊かな所にあるわけもない。


しょうがないので木にでも引っ掛けておこうと思い、

私は持っていた剣を地面に突き刺し、

キャリーケースを持ってそこら辺の木に登る。

こんな芸当もATKマシマシの私なら簡単だ。


「あ、ここならちょうど良さそう」


引っ掛けられそうな場所を見つけた私は

キャリーケースを木の幹と枝の枝の根本あたりに置く。

時間で落ちるかもしれないけど、地面にそのままよりはいいだろう。

木から降りて、剣を地面から抜こうとする。


ふと、その光景に既視感を覚えた。


──あぁ、ゲームで見たんだ。

こういう感じで綺麗な剣が地面に突き刺さってるの。

この光景を作ったのは自分だけど、なんだか少しだけワクワクしてきた。


……駄目押しの景気づけとして、仰々しく抜いてみようかな。


そう思い立った私は剣の正面に立って、剣の柄を両手で持ち、

力も振り絞るフリをしながら剣を引き抜こうとし始めた。


「──ハァッ!」


徐々に、徐々に剣が抜けていったように演出する。

そして、私は抜けきった輝かしい剣を天高く掲げた。

美しい剣だから木漏れ日がよく似合っている。

ついさっきまで、汚いおっさんを小突いてたとは思えない程、

綺麗で雰囲気がある景色だった。


……土の地面に突き刺したせいで

あちこちに土がついてしまっているのが、少し残念だけど。


「……って、いい年して何やってんのよ。私は」

「…………あのー」

「──!?」


私は勢いよくその声が聞こえてきた方向を見る。

そこには気まずそうな顔をした女子高生が立っていた。


「お楽しみ中申し訳ないんですけど……

 ちょっと話をさせてもらっても大丈夫ですか?」



うわあああ!! 見られてたあああああ!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る