カーテンレール

壱原 一

 

授業が早く終わって塾までにまだ時間がある。


友達2人に遊びに誘われ楽しみについて行った。


2人は元から仲が良い。家の人が居なくてもお互いの家を行き来して、ご飯を食べたり泊まったりしているらしい。


2人の内の片方の子が最近アパートから一軒家に引っ越したので、そこで遊ぼうと言う。


2人と仲良くなったのは今年度から。家に誘ってくれたのは初めて。


仲間に入れて貰えたようで嬉しかった。


*


お家は駅から少し離れたしんとした所にあった。


道路が新しくコンクリートの色が濃い。周りは家と空き地が半々で、空き地は草が溢れ返っていたり、砂利敷きで売地の看板を掲げていたりする。


ここだよと弾んだ声で言うその子が向かう先を見て、今日は曇りだなと思った。


陽は出ているけど暗い。鼠色の分厚い雲がみっしり詰まっていて、端の方だけがぼんやりと薄黄色に滲んでいる。


それでお家の全体が暗い木陰に佇んでいるように見える。


全ての窓が内側から黒く塗り潰されているように見える。


中古でねぇ。ちょっとぼろくてー、でもお風呂に窓があって、2階にもトイレあって、自分の部屋もあるの。凄くない?


何よりこの家を買う為に仕事に精を出していた両親の帰宅時間が早まったのが嬉しいと言う。


素直で良い子。可愛い。好き。片方の子と一緒になってその子を揶揄い、無人の家に上がった。


*


キッチンでホットケーキを焼いてリビングで食べながらゲームをして、少しはしゃぎ疲れてその子の部屋へ移り益体のないお喋りに興じる。


中座してお手洗いを借りた時、途中でこんこんとドアを叩かれた。


確かに少し古めかしいお家で、ドアに磨り硝子の窓が付いている。窓の向こうに人影があり、右手を持ち上げてドアをノックしている様子が窺える。


人影の背後の廊下から、2人がきゃらきゃらとお喋りしている声が聞こえる。


背が高いけれど、大人程ではない。短髪で、肩幅や立ち姿の印象からするに、お兄さんかなと過ぎった。


済みません。入ってます。


お邪魔していますとか、お借りしていますとか、言うのは変だろうか。


強いて気持ちを落ち着けつつ急いで済ませて出る間に、一旦引き取ってくれたようだった。廊下には誰も居ない。部屋のドアが開閉した音も聞こえなかった。


物静かな人だと思って、2人が待つ部屋へ戻る。


お兄さん居るのと訊ねると、2人は顔を見合わせてくすくす笑い、居るよと応じる。


さっきトイレで鉢合わせちゃった。ご挨拶できなかったから、後でよろしく伝えておいて。


そう言い掛けた時、階下の奥の方で、微かに水洗の音が聞こえた。


そう言えば、1階にもトイレがあるのに、どうしてわざわざドアを叩いたんだろう。


揶揄われたのかな。2人と示し合わせた悪戯とか?


上手い答えが見付からず、幾らか逡巡していると、その子がねえ動画とろと言う。


この辺りからふと動物の尿の臭いを感じ始めた。


ハムスターのケージや猫のトイレのような、小さな体に凝縮された不要な物の排液の臭い。鼻の奥深くにまで侵襲する、細くつんとした重い臭い。


少し気分が悪くなりながら、気持ちを高めて動画を撮って、3人で画面を覗き込む。


笑ってじゃれ合う3人の背景に、レースのカーテンが掛かる窓がある。


白いカーテンレールの上で、小さな人の顔が1つ、ころころと笑い転げていた。


両手で包める位の大きさの、女の顔。顎下の長さの多量の黒髪をわさわさと揺らして、3人の笑い声へ混ざるようににこにこと横転し、カーテンレールの上を行ったり来たりしている。


総毛立って2人に指摘し、混乱と恐怖の共有を求めると、2人は少し気まずそうに、なにこれ、怖い、気持ち悪いと苦笑いする。


当然に予期した程度の動揺では無い。強い違和感を覚えて、でも表現する言葉が出て来ない。


これも悪戯…?ぜんぜん想像つかないけど、フィルターとか、編集、そういう加工…


違うだろうなと直感し、それを確信した途端に、動物の尿の臭いが度を超えた濃さになり、ペット飼ってると訊ねた。


居るよとその子に見せられたのは、クローゼットの中。緑色のプラスチックの土台に金網の覆いが付いた小動物用のケージだった。


物凄く臭い。なのに中は綺麗で何も居ない。


2学年下のカラーが入ったジャージを着た男の写真が入れられていた。


良く分からない。


怖いし、臭いに堪えられなくなって、塾があるからと退出した。


臭いが付いたと思って一度家に帰り、母に臭いを指摘され、何してきたのと叱られた時には心底ほっとした。


胃が変調してトイレに駆け込み、戻した内容物を見て泣いて熱を出して寝込んだ。


ゆるい粘土のようにとろけた大量の黒い髪だった。


*


一連の出来事をどう理解すれば良いのか、なにをすべきなのか、なにかすべきなのか、し得る事があるのか、まるで分からなかった。


2人は変わらず遊びに誘ってくれたけれど、塾があるからと断って受験期を過ぎ卒業した。


あの動画は不気味だから消したと言っていた。進路が分かれて、以降連絡していない。


先ごろ同窓会があって、噂好きの同級生から思わせ振りな含み笑いと共に2人は親戚だと聞いた。


お互いの兄と結婚して、子供達を授かり、地元よりも更に田舎に大きな家を建てて2家族一緒に暮らしていると言う。


受け止め方に難渋して、相槌を打つ頬が震えた。


2人とも明るくて楽しくて、良い子で、好きだった。


今でも好きだがとても怖い。


怖くてかなしい。


変な話してごめんね。ごめんね、仲良かったもんね。やだあ本当にごめんねと、慌てて慰められてしまった。



終.

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カーテンレール 壱原 一 @Hajime1HARA

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