私は

@springharuharu

私は

人魚姫になりたい。綺麗な海の中で、魚たちと歌って仲良く暮らすの。でもなれなかった。仲間たちの罵声が突き刺さる。

「なんでこんな危ない研究をしたんだ。」

「なんで秘密にしてた訳?信じられない。」

なんでこんなことになったんだろう。私は違う方がいいって何度だって思ったのに。どうして、どうして動かなかったのだろう。どうして動けなかったのだろう。どうして何も言わなかったのだろう。どうして何も言えなかったのだろう。どうして一緒に研究している仲間を裏切るような真似してしまったのだろう。どうして。どうして。どうして。どうして。

 そんな自分の体も頭も心も何もかもが醜く、脆く感じる。

 何度も聞いたことがあるような、ないような、そんな声が聞こえる。そんな気がする。

「あーあ。失敗した。」


「BAD END: どうして」

記憶はそこで途切れた。


 「ご飯食べないと。」

 今だけは自分の意思で動いている。そんな気がする。ご飯を食べたら研究室に戻ろう。人魚になるための研究に戻ろう。

 小さい頃から人魚になりたかった。一度はなりたい童話の登場人物ランキングの中で、人魚というのは異質だ。まだ薬が開発されていないからだ。みんなが無理だと思っている。でも私にはどうしてもそうは思えなかった。諦めきれなかった。

 数百年前、メルヘンな大人たちの「童話の登場人物になりたい!」という一心で変身学が始まった。これまでには白雪姫やシンデレラ、王子様になる薬は開発された。人生の中で一度だけ薬を使用できて、1週間程度で元に戻る。いわばプチ旅行のような感じ。登場人物の中でも人間になる研究は結構進んでるらしい。でも、それ以外は違う。野獣や、小人、それに人魚はまだまだ。

 「ごちそうさまでした。」

研究室に戻ろう。

 実はこうやったら成功するのではないかというのは考えてある。でも、使う薬は混ぜたら爆発する可能性があったり、危険なガスが発生することだってある。他のメンバーに迷惑はかけられない。それに研究しようと思うとうまく体が動かせなくなる。

 また、外側から操作されるような感覚が襲う。

「今日はどっちの薬を使おうかな。」

[A薬、B薬]

考えている研究で使いたいのはA薬だ。

体が言うことを聞かない。B薬を手に取る。この体においての私の意思が持つ力は結構弱いのかもしれない。他の薬も選んでいく。もちろん私の考えは反映されない。

 調合に4時間かかる。決定権がこちらに戻った気がする。4時間後、また戻る。

「始めるかぁ」

声が聞こえる。調合は失敗していた。こんな生活を半年ほど繰り返した。

 最近1週間は操作されるような感覚を感じていない。条件が揃った。今なら、危険な研究もできるかもしれない。前回の実験を確認しに行くと、やはり失敗している。

 初めて自分の意思で研究をする。必要だと思う薬を撹拌していく。できるだけ安全に実験をしたから痕跡は残っていないはずだ。唐突に眠気が襲う。

「もう寝ようかな。慣れないことして疲れちゃったし。」

 次に結果を見たのは、さらに1週間経った頃だ。久々に体が動かせなくなって少しパニックに陥る。でも思い出してすんってなる。

 何かができているようだ。

「やったぁ!」

声が聞こえる。私もそう思った。これから動物実験で安全性の実験をしなければいけないし、うまくいったら特許の申請もしなければいけない。多忙になると思った。でも何を思ったのか、自分で薬を飲んでいた。

 足がない。服を着ていない。正確に言うと、魚の頭じゃない方半分みたいなのが足についていて、胸を覆い被すような貝殻をつけている。人魚になれたんだ!海の中を泳いでいく。すれ違った魚たちとたくさんお話をした。他の人魚と歌った。

 ずっといたはずの海の外の世界に恋焦がれたような気がして、海面に上がる。王子様と出会う。声と引き換えに足を手に入れる。王子様と再会。声が戻る。結婚する。めでたしめでたし。

 かれこれ1週間ほど経った。

「そろそろ戻るかなぁ。楽しかったな!」

ベットに入る。眠りについた。こうすればきっと元の世界に戻れるはずだから。

 朝が来る。おかしい。物語の世界のままだ。

「どうして…。どうして戻れないの!?」

いくら叫んでも何も起きない。

「BAD END:戻れない」


外から声が聞こえる。

「はぁ?絶対成功したと思ったじゃん。まじでクソゲーだわ。もうやらないし。」

一瞬だけ戻った誰かの意思がすぐに消えてしまう。

 その言葉で確信した。私はゲームの主人公だ。体が自由に動かせなかったのも、できた薬をすぐに飲んでしまったのも、全て自分の意思ではなかった。プレイヤーのせいだった。

「えっ、じゃあ、どうして、また最初からやり直せるじゃない…。…私は、私は、これからどうしたらいいの…。」


 私は本当に人魚姫になりたかったの?


 「…このままはいや。元に戻りたい。そもそもバッドエンドだなんて誰が決めたのよ。自分の人生のエンドの良し悪しを判断するのは私だから。」

そう呟く。前よりも強くなれた気がした。 どうしたら元に戻れるのか考えてみる。

 この世界で研究して、他の世界で活躍できる薬をつくるのはどうか。いや、時間がかかりすぎて、使う前におばあちゃんになってしまう

 そんなような案をいくつか考えたが、綺麗事はなにも解決してくれないと思った。

 その時一つの考えを思いつく。

 「物語という特性上、ワンステップずつしか進めない。だから、辿ってきた道を戻っていくように、順当に進んだ道を元に戻る。」

 それしかないと思った。もうプレイヤーはいないから。子どもからの夢を、叶ったはずの自分の夢を壊してしまうけれど

 自分の人生を生きたいと思ったから。

 まずは、王子に嫌われなければならない。王子の部屋に行く。ビンタした。

「あなたのことが嫌いだった。もう海に帰るし、あなたには金輪際会わないから。絶対に海に近づかないでよね。」

ひどいことを言ってしまった。当然驚いた顔をしている。凄く申し訳なかった。でも、初めて自分の意思だけで行動して、こんなにも清々しいものなのか、責任を持つものなのか、と思った。涙も出たけれど、気持ち良いとも思った。

海に潜る。いつのまにか声は出せなくなっていた。足と声を交換する。友だちになった人魚たちのところに戻る。

「もう戻るから。さようなら。」

と告げる。

魚たちにももう話せないことを告げる。

みんな驚いていたし、当然引き止められた。嬉しかったけれども、全部振り切った。私のいるべき場所はここではないから。

また少し涙が出たような気がした。

「さようなら。私の夢。」

そう言うと辺りは真っ白に包まれた。

 私はベットに横たわっている。目を開けると、研究の仲間が心配そうな顔を向けていた。私が起きたのを見て、泣きながら怒っていた。安心したような顔をしていた。私も嬉しくて泣いた。自分の考えたことで人生を決められて。みんなとまた話せていて。

 起きたことをみんなに話した。こっそり薬を作ったこと。人魚になれたこと。王子様をビンタしたこと。それと、自分の意思を持ったことの責任感。それを上回る嬉しさ。こっちの世界で目覚められた時の嬉しさと安堵感。

 みんな楽しそうに話を聞いてくれた。みんなに対して感謝の言葉が出てくる。

 話し合って、人魚姫になる研究はやめることにした。その代わり、この世界で楽しく生きるための研究をすることにした。童話に頼らなくても、こっちの世界だけでも楽しめるように。

 もう、誰にも開かれない、プレイヤーのいないゲームの中で、私たちは笑う。楽しく研究をする。

 人魚姫になりたかった。綺麗な魚たちと歌って仲良く暮らそうとおもっていた。


 自分の意思でこれからも生きたい。仲間に恵まれたこの世界で、嬉しさと責任感を忘れないようにしたい。

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