異世界転生ブラック戦場

谷春 蓮

プロローグ

「ユウトさん・・・摩王軍の襲撃です」


 その言葉とともに俺は目を覚ました。1時間の睡眠ごときでは疲労は回復しきっておらず、まだまだ身体に絡みついている。


 「またか・・・まだ1時間しか寝てないぞ。お前らでやっといてくれよ倒せるだろ」


 無理だ。倒せるわけが無かった。所詮これは1時間しか寝れていない俺の力を利用した八つ当たりなのだ。

 これは申し訳ないことをした。


 「無理に決まってます!魔王軍の幹部が全員でそろってるんですよ!僕たちだけじゃ倒せていたとしても幹部1人がやっとです!ユウトさんお願いします!」


 「はぁ……」


 俺は疲れ切った身体に鞭をふるって叩き起こし野営地のテントから飛び出し、戦場に向かった。


 俺は2年前、給料未払い、サービス残業、上司のミスは部下のせいにするブラック企業で働いていた俺は突如としてこの世界に呼び出された。


 今思えば高卒で会社員を募集しておいて年収1000万なんておかしいと思ったのだが……


 この世界の住民は呼び出された俺に対して英雄だとか勇者だとかちやほやし、俺はいい気分になっていたがその先に待っていたのは、激戦区に行かされ魔王軍との毎日のように続く戦いだった。


 魔王軍は幹部を筆頭に、攻撃を仕掛けてくる。


 俺は傭兵として国に雇われてる以上給料は出ており、多分かなり高いだろうが、金があっても時間がないので使えず、職場環境ははっきり言わずとも前よりもひどい。


 ここ最近は4時間以上寝たこともない。


 以前あまりにも疲れがたまってぶっ倒れたことがあったが精神回復魔法と身体回復魔法を掛けられすぐ戦場に戻された。


 「だぁぁぁ!!!!毎回毎回来やがってぶっ殺してやる!!」


 今俺はいつも更新され続ける明確な過去最高の殺意を持って、世界を救うことより自分の休みのために魔王軍との戦いに明け暮れていた。


 だがしかし今回の戦いも魔王の幹部を倒すことができず逃げられ、消耗するばかりだった。


 「やっと少し休める・・・」 


 こんなブラックな職場で働いてる俺だが、新たに人が召喚されたらしいので、そいつがここに来ればもう少し楽になると信じ、それをモチベーションに戦っていた。


 そんな休んでいた疲労困憊の俺の耳に傭兵仲間からの会話が入ってくる。


 「新しく召喚された勇者様とやらははいつこっちに来てくれるのかねぇ」


 そうだ!その通り!前に召喚された勇者様がこんな状態だから来ない方が幸せだと思うが・・・何しろ俺はボロボロなので早く来てほしいと心から願う。


 「あぁそのことを王都に住んでる知り合いに聞いたんだが王は勇者を前線に送る気はないらしい。」


 は?


 「前線にはもう勇者がいるだろ?だから戦力は足りてるとの判断だそうだ。」


 「じゃあその新しい勇者はどこ行くんだよ?」


 「王都で最終防衛ラインを守るらしい。つまり俺たちが負けない限り、雇われているので給料は出るが働いていないお飾り勇者ってことさ」


 この瞬間、俺の中で何かがぷつんと音を立ててちぎれた。


 「おかしいだろ……俺は転生した翌日から前線に送られ3年間休みなしで戦ってんだぞ……」


 金はたまるが時間がないので実質無意味。

 貯まる金を確認する暇もない。


 俺は自分の強さはきちんと自覚している。


 転生した影響かわからないが、高い魔法抵抗力・魔力の量・身体能力などといったことがとびぬけてるのは自分自身でも分かっているし、幹部4人が直接戦いに来たが激戦の末なんとか追い払うことに成功している。


 そんな人間この世界にそうそういないのは分かっているしだからこそ前線に配属されるのは分かる。


 しかし休みなしはあまりにもひど過ぎる。


 魔王軍幹部だって毎日襲撃にきているわけじゃない。


 幹部が一人くらい来たとしても国の精鋭たちが集まれば撃退できるレベルだ。 


 だが防衛大臣は戦力が集中するのは危険だとして前線に兵をあまり送り込まない。


 いくらなんでも集中してなさすぎるだろう。前線に国の精鋭たちは一人もおらず、俺一人だけでなんとかしている状態だ。


 俺は軍に所属しているわけじゃないぞ?1個人が王に雇われているだけだ


 なぜ休みがない?


 そんな俺だが今までは変わりがいずに俺一人しかできない仕事だと思い、仕事を続けてきた。


 ブラック企業にいた頃を思い出せ……人扱いされず「無能」だといわれてきたじゃないか……この職場は人扱いしてくれて頼ってくれていると……


 人扱いではなく勇者扱いなのだが。


 だがこんな自分に言い聞かせながら仕事をするのも、もうやめよう。


 そう思い俺は辞部隊長のもとに向かった。




 「だめだ」


 やはりか・・・


 隊長のくせして俺一人にいつもまかせっきりで作戦の一つも立てやしないお飾りがこういうときだけ責務を全うしやがる。


 「いや、やめます」

 「ダメだと言っているだろう!お前がいなくなっただけで前線が崩壊する!」


 そんなことは知っているし、新しい勇者が来たとしてもそいつが俺のように辛い思いをするのは分かりきっている。


 「新しく来た勇者に来てもらえばいいじゃないですか」

 「まだ経験不足だ!」

  

 だか俺は見ず知らずの他人を気に掛ける事が出来ないほどに限界なのだ。


 「俺はここの世界に来た翌日に戦場へ駆り出させました!」


 俺のその一言が効いたのか隊長はうろたえる。


 「待ってくれ……頼む、お願いだ」


 「知りません1か月後に辞めます、次の勇者の引きつぎはあなた方が行ってください」


 「まてユウト!」


 俺は隊長の言葉を無視して眠りについた、しかしいつものように4時間も眠れずすぐに起こされてしまった。


 そしてなんとか襲撃を乗りっ切った俺は傭兵仲間のケインに声をかける。


 俺とケインはため口で話す中で、ケインは俺の休暇について隊長に直談判してくれたこともある。結局一回も休みを貰えたことはなく全部無駄に終わったわけだが・・・


 「ケインお前明日休みだろ?頼みたいことがあるんだが」


 そう他の傭兵には週2で休日があるのだ。


 「いいけど・・・なんだ?女なら紹介できねぇぞ」

 「今まで1度もそんなこと頼んでないだろ・・・まぁいい」

 「金はやるから町から離れた、村が半径300m以内ぐらいにある、そこそこでかい庭付きの家が建てられるぐらい、むしろメインは庭だな、そのくらいの土地を買ってきてくれないか?」

 「は?」


 まぁそんな顔をするのも仕方ないだろう。金は渡すからの度合いを軽く超えている。


 「とにかくこれを持って行ってくれれば俺名義で買えるから頼む、あとこれ銀行の暗証番号、いくらでも使っていいから条件に合う土地を買ってきてくれ」


 俺は勇者にしか与えられない身分証とケイン宛のサインと銀行の暗証番号が書かれた紙をケインに渡した。


 「いやいや、なんでだよ、理由を言ってくれよ!」


 それもそうだ。急にこんなこと言われたら俺だって混乱する。


 「俺、引退してスローライフ送ることにするから」

 「はぁぁぁぁ!!!」


 急にそんな大きい声を出すな、うるさいだろ


 「大丈夫だ、魔力全部使ったを俺の分身を置いておく、全魔力を注ぎ込むから俺と全く同じ体格で強さも同じ!その代わり3日しか持たないし、一度出すと俺自身は魔力が使えるようになるまで1ヶ月かかる曲者だが、十分だろ?」

 「おぉそれは……退職のこと、隊長には話したのか?」

 「あぁもちろん話したさ、1か月後にやめますってな、ダメだって言われたけどそんなの知るか」

 「はぁ・・・まったくお前は・・・まぁいい買ってきてやるよ」


 あっさり了承してくれた。もっと嫌がるものだと思ったんだが・・・


 「ありがとうな、頼むぞ」

 

 ケインはやはり頼りになる。




 それからは案外何事もなく俺が勝手に決めた退職する日がやって来た。

 かなり痛めつけてやったからか幹部もあれからは揃って襲撃にはこなかった。


 結局最後まで隊長は退職を認めてくれずほんとは退職する気がないと思っているようだがもういい、逃げ出そう。


 迷惑などもう知るか、限界なのだ。


 戦場には俺の全魔力を使って召喚した分身がいる。1ヶ月間俺は魔法を使えないが不便な生活も悪くない。


 その間に次の勇者への引継ぎも済むだろう。


 ケインも俺に合うぴったりな物件を探してくれた。


 どうやら俺と同じスローライフを考えた貴族がいるらしいが1か月足らずで売り払い、以降3年間買い手もつかずに家は誇りやクモの巣でひどく、庭、というか畑も雑草が伸び放題らしい。それが余計に俺をワクワクさせる。


 「ありがとうございました」


 3年間働いた職場に軽く挨拶をすると、俺はこっそりとバレないようにその場を後にした。




 「えっと……このあたりで馬車を拾って……」


 2時間後、俺は戦場から一番近い村で、地図をながめていた。俺の家への道筋を確認するためだ。


 「ふう、取り敢えずは掃除から始めなきゃだな!」


 地図を見終わった俺は村を抜け、新たなる生活へ足を進めた。

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