第21話
メイベルは邸に引きこもっている間、ずっと思考の海にいた。
メイベルに青痣が現れたということは、ディーンも盲目になったかもしれない。
クラリッサは、目が見えないディーンを、献身的に支えるだろうか?
いいえ、クラリッサは華やかな世界でこそ花開く女性だ。
静かな離宮でお茶を飲むだけの生活に、満足するはずがない。
新しいもの好きで、人としゃべるのが好きで。
常にキラキラした空気を振りまいていたクラリッサ。
盲目のディーンに、嫌気がさしてくれないか。
メイベルは仄暗い望みを抱く。
(クラリッサさまに捨てられてしまえば、私が拾いに行けるのに――)
鬱々としていたメイベルは、期せずしてディーンと似たようなことを思い描いていたのだった。
◇◆◇
メイベルが連れていかれた先には、10人以上の侍女が控えていた。
それにぎょっとしてしまったメイベルを、侍女たちは容赦なく裸にしていく。
拾われてきた野良犬のように、全身を隅々までしっかり洗われたメイベル。
恐ろしく香り高い香油でマッサージをされ、足の爪の先まで磨かれた。
着たこともないような肌触りのよい下着を身につけたメイベルに用意されていたのは――。
「花嫁衣装……?」
純白のドレスだった。
うろたえるメイベルにお構いなく、侍女たちは手際よくドレスを装着させる。
(私、結婚するの?)
ドレスを着たメイベルの青痣を、侍女が化粧で隠していく。
長年、隠し続けてきたメイベルよりも、よほど上手だった。
まったく青痣が分からなくなったメイベルの頭に、ヴェールが乗せられる。
足元しか見えなくなったが、手を引く者が現れる。
それに従いメイベルは足を進めた。
もうこうなってしまっては、ついていくのが一番早い。
そうしないと何が何だか、訳が分からない。
説明が聞ける場所へ行こうと、メイベルは歩いた。
このとき、メイベルの手を引いていたのは魔法師団長だった。
長い白髪に赤い目、まとう深緑のマントは縁に飾り刺繍が入り、明らかに高い位を表していた。
ヴェールの隙間からそれらが見えなかったメイベルは、妙な緊張もせずに済んだ。
侍女長よりもゆっくり歩いてくれる引率者に感謝して、メイベルは聖堂まで来る。
聖堂――王族が結婚するときに誓いを交わす場だ。
(やっぱり、結婚するのだわ、私。しかも、相手は多分――)
音もたてずに両開きの扉が引かれ、中へ案内される。
赤い絨毯を踏み、数段の階段を上り、誓いの証人の前に来た。
そこでようやく、メイベルのヴェールが持ちあげられ、視界が広がった。
メイベルの予想した通り、メイベルの隣に立っていたのはディーンだった。
メイベルの方を見ているようで視線が合わない。
見えていないのだ。
これもメイベルの予想が当たっていた。
盲目と青痣に戻ったディーンとメイベルは、再び縁が繋がったのだ。
ディーンもメイベルに似た白い正装だった。
おそらくは花婿衣装なのだろう。
メイベルとディーンの前に設置された台に、誓いの証人が誓約書を置く。
内容は結婚についてだ。
証人が読み上げ、両人がサインをすることで成り立つ。
ディーンは侍従にペンを渡され、サインする紙面の上まで右手を導かれていた。
手を置かれた場所に、見えないながらもディーンはサラサラとサインをした。
次はメイベルの番だ。
ディーンが、メイベルがいるだろう場所に向けてペンを差し出す。
それを受け取り、メイベルもディーンの隣にサインをした。
婚約ではなく結婚だ。
もう誰も二人を引き離すことは出来ない。
証人がサインを確認し、無事に誓約がなったことを証言する。
わずかな拍手がおきた。
どうやら聖堂には臨席者がいるようだ。
メイベルには見渡す余裕がなかったが、おそらくはディーンの関係者だろう。
ということは王族だ。
急に緊張してきたメイベルの慌てた気持ちが、ディーンに伝わったかどうか。
ディーンは右手を伸ばし、メイベルの存在を確かめ、ゆっくりと体の線に沿い、やがてメイベルの頬に到達した。
もうメイベルのヴェールは持ち上げられている。
ディーンはメイベルの唇の位置を親指で探って、そこに自分の唇を寄せていった。
メイベルは突然のことに、目をつむることが出来なかった。
よって、長いディーンの金色のまつ毛を、感極まってふるふる震えながら見ているのが精一杯だった。
時間的に長かったのか、短かったのか、メイベルには判断が出来ない。
ようやくディーンが唇を離し、そっと瞼を持ち上げる。
そして、確かにメイベルと視線を合わせたのだ。
ディーンの頬が赤らんだ。
見えているのだ。
メイベルも自分の頬が赤い自覚がある。
そんな二人に、先ほどよりも大きく拍手が沸いた。
「では、説明いたしましょう。メイベル嬢にも種明かしをしなくては」
すっと前列から立ち上がったのは、魔法師団長だった。
メイベルは位置的に、聖堂まで手を引いてくれたのが魔法師団長だったと分かった。
魔法師団長は、懐から湾曲した何かを取り出した。
それをメイベルにも見えるように掲げ、説明を始める。
「これは呪いの魔道具です。ディーンさまの盲目も、メイベル嬢の青痣も、全て呪いのせいでした」
メイベルは、ディーンの目が見えるようになったときに、「呪いが解けた」と漏らした先代王の言葉を思い出した。
呪い――闇魔法の使い手による魔法。
魔法師団長による話は続く。
先代王の時代に起きた悲劇が、今回の呪いを生みだした。
対象となった、王族の血が流れる魔力量の多い赤子に該当してしまった二人に、苦難が襲いかかる。
呪った本人も、こんなに長く続くとは思っていなかったらしい。
呪った本人が亡くなったことにより一度は解けた呪いだが、行方が分からなくなっていた魔道具をうっかり発動させてしまった者がいて、再び呪いがディーンとメイベルを襲った。
「お二人は、これまで呪いだと分からないまま、長らく苦しんだことでしょう。だが今ここに、呪いの魔道具の完全なる封印を行いました。この呪いが発動することはもうありません。どうぞ、末永くお幸せに」
魔法師団長が深く礼をして下がる。
それに代わり、先代王が前に出た。
「今回の悲劇は、子に魔力量の多さだけを求めた結果、起きたことだ。我々は二度と、こんな悲劇を繰り返してはならない。王族と言えど、不本意な結婚はしなくていいと、儂は思う。臣下にも、それを理解してもらいたい」
先代王の言葉を締めに、式は終わった。
青痣が出たり消えたりしたのは、呪いが再発動したせいだった。
一体、誰がそんな恐ろしい呪いの魔道具を扱ったのか。
魔力量の多いメイベルには、魔法師団長が封印したにも関わらず、呪いの魔道具が醸し出す嫌な気配がしっかり見えていた。
しかし、うっかり発動させたのが義妹のシェリーだとまでは分からなかったようだ。
「メイベル、抱きしめてもいいだろうか? もう私のものだと確信したい」
横を見ると、両腕を伸ばしたディーンがいた。
その腕で囲いたいということだろう。
メイベルも両腕を伸ばす。
二人は互いに抱きしめ合った。
もう離さない。
誰にも渡さない。
強い思いを感じさせる抱擁だった。
純粋だったはずの二人が、心に仄暗い思いを抱えてまで求めあった相手だ。
長い抱擁の後は、自然に口が重なった。
それは誓約のときよりも、ずっと深い口づけだった。
こうして、運命に弄ばれ引き離された二人の心は、ようやく繋がった。
初めての恋を失い、後悔に眠れない夜を過ごし、相手の不幸を望むほど狂おしかった思いは、ディーンをしたたかにさせた。
一生に一度の我がままを、先代王に言ったディーン。
『メイベルが欲しい』
役に立てない自分は、ひっそりと息をひそめて生きるほうがいいと、ディーンはずっと思っていた。
だが、どうしても欲しいものが出来てしまった。
『メイベルを得るためなら、何にでもなる』
その思いが兇変をひっくり返したのだ。
ディーンはもう、優しいだけのディーンではいられない。
メイベルを護るため、自分の地位を確固たるものにしていく。
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