第6話

 遠距離移動の使い手と一緒に、魔法師団長もセリオのもとに向かう。


 現地で緊急事態が発生したときにも、自分がいれば迅速に指示が出せるからだ。


 魔法師団長たちが飛んだ先は、田舎の小さな病院の入院患者専用病棟だった。


 そこに、20年前は時の人だったセリオが、静かに横たわっていた。




「話せますか?」




 魔法師団長はベッドに近づき、やせ細って老いたセリオに尋ねる。




「……誰だ?」




 か細いながらも返事が来たので、魔法師団長は話せると解釈する。




「フロリタさまの生んだ赤子を、呪いましたか?」




 名乗りもせずに単刀直入に質問する魔法師団長に、ちょっとセリオは面食らったようだ。


 しかしその内容に心当たりがあったのだろう。


 少しだけ顔を歪めた。




「遅かったじゃないか。もっと早くに、捕まえに来てくれると思っていたのに」




 ぼそぼそとした気力のないしゃべり方。


 もしかしたら、かなり重い病気なのかもしれない。


 ますます魔法師団長は切り込んでいく。


 早くこの会話を終わらせた方が、セリオのためだと考えたからだ。




「もう十分でしょう。解呪してください」




 せっかちな魔法師団長に、セリオが小さく笑った。




「誰かは知らないが、ウィロビー王国の人だよな? どうか俺の話を聞いてくれ」




 長く話せるとは思えない、しわがれた声で願われた魔法師団長は、取りあえずうなずいた。


 それを見て、セリオはごくりと唾を飲み込み、乾いた唇を舐め、話し出す。




 ――それは長らく苦しんだセリオの、懺悔だった。


 順風満帆だと思われたフロリタとの将来に、ある日突然大きな影が覆いかぶさった。


 己の力ではとても太刀打ちできない魔法大国に、愛するフロリタを奪われたのだ。


 一時は牢で囚われていたセリオだったが、悲恋を知った国民の嘆願もあり、フロリタには手を出さないという契約魔法を結んで釈放される。


 フロリタからは、どうか私を忘れて幸せになってと、一言だけ書かれた手紙が残されていた。


 だが聞くつもりはなかった。


 セリオは一矢報いたかった。


 大国という権力に物を言わせて、フロリタとセリオを引き裂いたウィロビーの王族に。


 幸いなことにセリオは闇魔法の使い手だ。


 誰の力を借りずとも、呪うことが出来る。


 しかし、セリオの魔力量は少なく、単独では呪いの効力も弱い。


 そこで、かけた呪いを保持し続ける魔道具を用意した。


 湾曲した万華鏡のような形をしたそれに、セリオは数か月かけて魔法を重ねてかけ続けた。


 呪いの発動条件は血を捧げること。


 万華鏡のレンズに、血をこすりつけるだけでいい。


 だがセリオは、魔道具が完成してから迷い出した。


 魔道具にかけた闇魔法は、王族の血が流れる赤子への呪いだ。


 フロリタが妊娠したことを知り、頭に血が昇った結果だった。


 これを発動させることで、フロリタは悲しむだろうか。


 フロリタはどんな赤子であれ、きっと愛するだろうから。


 それを思うとセリオはつらかった。


 本来ならば、フロリタはセリオの子を生むはずだった。


 この国で、温かい家庭を築くはずだった。


 セリオはさんざん泣いたあと、魔道具に血を捧げた。


 呪いに気がついたウィロビーの魔法剣士に、殺されることを夢見て。




 フロリタが、赤子を生むと同時に世を儚んだと知らされる。


 ウィロビー王国からは多額の弔慰金がクルス国に贈られた。


 愛する女の死が、クルス国を潤す金になった。


 セリオはますます希死念慮に囚われた。


 手っ取り早く解呪するには、呪いを発動させた者を殺せばいい。


 セリオが死ねば、フロリタの生んだ赤子にふりかかった呪いは解ける。


 早く、早く、俺を殺してくれ。


 実は魔道具に再度セリオの血を捧げれば、呪いは解ける。


 だがセリオはフロリタのもとに逝きたくて、その頃に魔道具を手放してしまった。




 待てど暮らせど、ウィロビー王国からの追手は来ない。


 セリオは自死だけは出来なかった。


 もし自死を選べば、死後にフロリタと同じ世界へ逝けない。


 自死を選んだものは、次の生の輪廻から外されるのだ。


 この世では結ばれなかったフロリタと、せめて来世で結ばれたかった。


 だからセリオは待ち続けたのだが。




「ようやくか、遅いんだよ」




 セリオは病魔に侵され寝たきりとなり、このベッドの上で死を待つだけとなっていた。


 もうすぐフロリタのもとへ逝ける。


 その希望だけが頼りだった。


 それなのに、そんなときになって、ようやく追手が現れたのだ。


 笑いたくもなる。


 どうしてもっと早くに来てくれなかったのかと。


 これまでに、さんざん後悔した。


 フロリタの生んだ赤子は、大きくなった今も呪いに苦しんでいるだろう。


 こんなに長く呪いが続くのなら、セリオは呪わなかったかもしれない。


 きっとフロリタには怒られる。




「あなたは死ぬことを望んでいるのですね」




 話を聞き終わった魔法師団長はそう判断した。


 間違ってはいないだろう。


 しかしこれは難しい問題だ。


 魔法師団長は先代王の判断を仰ぐことにした。


 このまま、セリオの望むように死を与えるのか、それともセリオが手放した魔道具を探すか。


 どちらにしても、セリオの命はそう長くないように思えた。




 ◇◆◇




 魔法師団長からの連絡を受けた先代王は、深いため息をついた。


 やはり、そうだった。


 呪ったのはセリオだった。


 しかし話を聞いてみると、セリオも苦しんだようだ。


 すぐに追手が来て殺されるものと思っていたのに、予想以上に長生きしてしまったのだ。


 その間、自分がかけた呪いを後悔し続けて、魔道具を手放したことを後悔し続けて。


 呪いは不幸しか生まなかった。




「出来れば魔道具を探し出し、セリオの血を捧げ解呪してもらいたい。しかし、その前にセリオの寿命が尽きるというのならば仕方なし」




 魔法師団長にはそう伝えた。


 死にたがっていたセリオには申し訳ないが、魔法師団長の手を汚させるのも酷だ。


 本当に罪深いのは自分たちなのだから。




 先代王からの指示を受け、魔法師団長たちは魔道具を探し始める。


 セリオから魔道具の特徴を聞き出し、誰もが分かるよう絵にした。


 手分けをして聞き込みさせるため、魔法師だけでなく魔法剣士や魔法研究員にも声をかけた。


 そしてセリオには監視をつけた。


 刻一刻と手がかりのないまま時間は進む。


 


 魔法師団長たちがセリオを訪問してから8日後、セリオが息を引き取った。




「フロリタ……待たせたね」




 そう呟き、逝ったのだという。




 ◇◆◇


 


 セリオが逝った瞬間に、呪いは解けた。


 そしてそれは、ディーンとメイベルが向き合い、ちょうどお茶を飲んでいるときだった。




「え? 見える?」




 ディーンの言葉にメイベルは顔を上げる。


 それまでケーキに夢中になっていたのだ。


 いつもは合わない二人の視線がぶつかる。


 ディーンの緑の瞳が、しっかりとメイベルの青い瞳を捕まえた。


 何が起きているのか。




「メイベル、唇にケーキがついてる」




 ふっと笑ったディーンが、自分の左端の唇をトントンと指さして教えた。




「え? 見えてるんですか?」




 メイベルは混乱した。


 慌て過ぎて、持っていたフォークをケーキ皿に落としてしまう。


 カチャンと耳障りな音がした。


 しかしそれに気を取られるでもなく、ディーンの腕がゆっくり伸びてくる。


 そっとメイベルの唇をなぞり、ついたクリームを指ですくう。


 そしてディーンはそれを舐めた。


 


「これはキャラメルソース……キャラメルってこんな色をしていたんだ」




 感心しているディーン。


 それどころではないメイベルと侍従。


 侍従は転びそうになりながら、王城へ向かって走っていった。


 おそらく誰かに報告をするのだろう。


 メイベルがその姿を目で追っていると、離れたはずのディーンの腕が戻ってきた。




「メイベル、こっちを見て。もっと顔を見せて」




 そんな甘い言葉に、メイベルが逆らえるはずもなかった。

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