雲の峰 夏の記憶に 煌めいて

「……気持ち悪い」

「2時間も海に浸かってるからだよ~、まなつのおバカ!」


 だって、気持ち良かったんだもん。

 今年はプールでしか泳いでなかったから、この夏初めての海で。

 しかも、陽葵ひまわりと一緒に遠出して。


 それなのに、海に浸かり過ぎて体が冷えたせいか、波に酔ったせいか、浜にあがってから急に気分が悪くなった。

 取り敢えず、近くの海の家に入って、お座敷の所で横になって休ませて貰った。


「ただ、海を満喫したかっただけなのにーーー!」

「はいはい。あ、すみませーん!焼きそば2つ下さ~い!」


 焼きそば来るまで、もう少し横になっておこう。

 だいぶ気分悪いのは治まったけど、まだ頭がふらふらしてるみたいなので用心しなきゃ。


 空を見上げると、夏特有の厚い積乱雲がモクモクと拡がっている。

 まるで、こちらに迫って来るかのように。


「まなつ、おでんいる?」

「いる!」


 ゆっくりと起き上がってみると、頭のふらふらも無くなったみたいで、しっかりと歩けるようになった。

 体調が良くなったと共に、とても空腹である事に気付いた。


「わ~、どれも美味しそう!」

「たまご、だいこん、こんにゃく、ウインナー…」


「ちょっと~、病み上がりにそんなに食べて大丈夫なの?」

「だって、めっちゃお腹空いてるし。あ、餅巾着がある!」


 お皿にいっぱいのおでんを見て、欲張り~って言って陽葵が笑っている。

 席に戻ると焼きそばもやって来た。


「う~ん、いい匂い!意外と大盛りだけど、食べきれるかな?」

「いける!今の私は幾らでもいけるよ!」


 熱々の焼きそばを口一杯に頬張り飲み込むと、次はこれまた熱々のおでんをどんどんと片付けていく。

 

「海の家で食べるご飯って、なんでこんなに美味しいんだろ」

「プロだよ、プロの仕業だからだよ!」


「この、おでんの玉子もプロの仕業?」

「勿論!あ、玉子半分こしようよ、まなつ~」


「えー、自分の分は自分で取ってきなよ、陽葵。一本百円じゃん」

「私、玉子1個まるまるは、いらないの。半分食べたら満足なの!」


「もう、仕方ないなぁ」

「ありがと!」


 さっき少し迷惑かけたし、分けてやるか。

 それに、めっちゃ喜んでるし。


 ふと空を眺めると、さらに雲が厚く、広くなったような気がする。

 私たちの所まで拡がって来て、このまま雲に包まれてしまいそうだ。


 そうなったら、陽葵はどんなに驚くだろうなって。想像したら可笑しくなってきて。


「ふふふ」

「ど、どうしたのまなつ!?急に笑いだして」


「陽葵、可笑しいなって」

「えー、そうかなぁ。玉子半分しか食べられないの、そんなに変かなぁ」


 なんか勘違いしてるけど、まあいいや。

 また、雲を見ながら笑っていた。






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