木漏れ日注ぐ森・梟・書く

冬野原油

三題噺1日目

 その梟は木漏れ日が残す影を文字として読み解くことのできる、唯一の存在だった。

 森に生きる者たちは皆一様にその変化を敏感に感じ取る。そうでないと生き残れないから。その中でも梟は特に早くいろいろなことを知ることができた。例えば森の端に果実が成りはじめたとか、鳥たちに恋の季節がやってきたとか。

 梟は森の賢者として尊敬を集めていたけれど、本当は、気兼ねなく話せる友がほしかった。木漏れ日はたくさんのことを梟に教えてくれるけれど、梟はそれに返事をすることができない。どんなに豊かな羽があっても、両の羽だけで木漏れ日が書く複雑な文字を再現することができない。

 それに、一体何が、どうして自分に話を聞かせてくれるのか梟にはわからなかった。少し恐れの感情もあったかもしれない。得体のしれないものを読み解いて、よくわからないうちに祭り上げられてしまった。心細かった。誰も、梟と対等であってはくれなかった。

 ほかのあまねく鳥が自然にしているのと同じように、声を出して、羽を躍らせ、恋をしてみたい。ほかの草木と同じように、なんの欲もなく静かに風に吹かれてみたい。それなのに月のない夜を除いて、木漏れ日はいつだってやかましく梟になにかしらを伝えてくる。


 あるとき、梟は何もかもが嫌になって海に出た。森から続く川を辿って、辿り続けて、その先に開けた海に出た。

 そこに木漏れ日は存在せず、梟は自由だった。はじめのうちは、カモメたちによる遠慮のない見たことのない存在に向ける奇異な目線が梟の羽を貫いた。だけどそれは、はじめの一週間だけのことだった。カモメに初めて対等に話しかけられた梟は、舞い上がって、カモメたちに今までの森での生活をたくさん話して聞かせた。カモメは皆面白がって耳を傾けてくれた。時々イルカがたわむれに跳ねたり、クジラがその大きな身を水面に打ち付けるのを、喜びとともに眺めた。


 梟を失った森、生き物たちが察することを忘れ梟の言葉を頼りに感覚を鈍らせた森は、いつの間にか燃えてなくなった。梟はそのことを知らなかった。知らせることができる鳥も、植物も、そのほかたくさんの生き物たち皆がその身を炎に包まれて命を終えた。梟はそれを知らなかった。そのまま、海の上で、食事を確保できないままに、たぶんあなたが思うよりもずっと早くのうちに死んだ。


 森が焼けた後に、熱によって種子を発芽させる松ぼっくりがひとつ、新しい芽を出していた。

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