首切り村
春雷
第1話
我が恩師、民俗学者の柳場友也先生が首を切られて亡くなられた。警察は自殺と断定したが、私にはどうも納得がいかない。そもそも、自分で自分の首を斬れるものだろうか。
私は先生の最後の弟子として、その死の真相を明らかにしたかった。
それで、先生の最後の足取りを追うことにした。
先生はとある山村へ調査に出かけた。たった一人で訪れたそうだ。それが最後の足取り。私は先生の手帳に、その記述を発見した。
最寄りの駅からでも車で4時間かかる。私はタクシーでその村に向かった。金はかかるが、バスがないため仕方がない。
「お嬢さん、あの村には寄らない方がいいよ」と運転手は私に忠告してくれた。「あの村では昔、村民が消えちまったんだ。みーんな消えちまったんだよ」
「消えた・・・。じゃあ、村には誰も住んでないんですか?」
「いんや、村民が消えても畑や家畜はそのままさね、新しい人が越してきて、今はまたちょっと過疎状態だけども、それなりに人はいるよ。でも、どっか奇妙でなあ、その住人たち」
「奇妙、ですか。具体的にはどの辺が?」
「何て言うか、首のあたりによお、みんな線が入ってんだ」
「線?」
「赤い線が首んとこに。何だかあれが怖くってな。あそこに住んでるとそうなるんだってよ」
運転手は怖がっていたが、金を多めに渡すと言ったら、村の近くまで行ってくれた。
「気をつけてな。帰る時は、また連絡入れてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
振り返ると、山々が見える。鬱蒼と茂っていて、自然豊かだ。山に囲まれたわずかな平地に村があって、昔ながらの古い家々が点在している。
村に入ると、畑を耕している青年がいたので、声をかける。
「あの、少しお話を聞きたいのですが」
「あ? あんた誰だ」彼は作業の手を止めて、私を見る。
「東京の大学で民俗学を学んでいる者です。ここに最近、私の師匠が訪れたようでして。その時の様子などを伺いたいな、と」
「ああ」彼は肩にかけていたタオルを手に取り、額の汗を拭った。「そういうことなら村長に訊いてくれ」
彼は村長の家を教えてくれた。さりげなく首を覗いてみると、確かに赤い線が首をぐるりと囲うように入っていた。
村長の家は、他の家より豪華な作りというではなく、普通の一軒家だった。東京でも、田舎の方であればこういう古びた家はある。壁にはところどころヒビが入っていて、蔦も伸びており、そのうち壁全体を覆いそうだ。
インターホンはない。仕方がないので、ドアを叩いて、「すみませーん」と声をかけた。すると中から「はあい」という返事があって、がらがらと扉が開き、中年の女性が顔を出した。
「あの、私、柳場先生のもとで学んでおりました木城と言います。こちら、村長さんのご自宅だと伺いました。可能であれば、柳場先生のことについて、お話を伺いたいのですが」
と、私が言うと、
「ああ、はいはい。柳場先生の。そうでしたか。私が村長の道音です。どうぞ、上がってください」
客間に通された。畳敷の和室で、掛け軸が飾ってある。花も生けてあるが、教養不足ゆえに何の花だかわからない。
座布団を出されたので、その上に正座する。お茶も出していただいたので、一口飲む。村長は掛け軸の前に座った。
「それで」私はすぐに本題に入ることにした。「柳場先生は、この村でどういった調査をされていたんでしょうか」
「うーん、まあ彼は学術的に、というよりも個人的に調査をしに来たような感じでしたね」
「個人的に、ですか」
「ええ。この村の言い伝えを調査しておりました」
「言い伝え・・・。それはどういった言い伝えなのでしょうか」
「うーん、まあ、少し長くなるかもしれないが、話しましょうかね」
「ええ、ぜひ」
この村に昔、男がおりました。彼は妻に先立たれ、息子と娘がおりましたが、妻と死別した悲しみから、働くことをやめ、酒ばかり飲んで暮らしておりました。
ある日、夜になって、酒をたらふく飲んで酔った男が家に帰ってくると、山小屋の方でがさごそと音がします。男は泥棒だなと思い、足元に落ちていた斧を拾い、勢いよく小屋の扉を開けました。すると中には思った通り、棚を漁る者が。男は斧を振り翳し、その者の首を切り落としました。首がころころと転がったのを見て、男は驚きました。
それが娘の首だったからです。
男は泣き叫びました。おお、ごめんよお、ごめんよお、と。すると、首だけになった娘が口を開きました。
「おっとう、いいんだよ。これで神様がお喜びになるから」
男は再び驚きました。先程とは違い、恐怖を感じ、男は小屋から飛び出して、先ほどまで酒を酌み交わしていた友達の家へ逃げました。
友達にあれこれと事情を説明すると、何故かその友達は笑い始めました。
それを見て男は、「おい、夢を見たって、馬鹿にしてるな? そうじゃねえって、本当なんだって」と言いました。
「いいや、そうは思ってねえ」と男に友達はいいます。「お前の話は信じるよ。ただ、羨ましいと思っただけさ」
「え?」
「首を切って死ねば、首切り様に会えるってな。なあ、俺の首も切ってくんねえかな?」
「な、何を馬鹿な・・・!」
そこで男は異変に気づきました。この家の周辺が、ざわめきで満ちている。
「村のみんなが聞きつけたんだろうよ。お前が娘の首切ったって。羨ましい、おいらも切ってくれって。どうだい? 全員の首、切ってくれねえかな? もっとも、お前がやらずともいずれ俺たちだけでも首を切っちまうが」
「な、何を言ってるんだ。き、気が狂ってしまったのか?」
「あー、お前さんは他所から来たから、なかなか理解できない感覚かもしれんな。ほれ」
彼は首に巻いていた手拭いを取り、男に、自分の首を見せました。赤い線が横に引かれています。
「な・・・! そ、それは・・・、いったい・・・」
「首切り様がつけてくれた印さ。これで首を落とせば、首切り様に会える」
「何なんだその首切り様ってのは!」
「他所者には永遠にわかるまい」
男は立ち上がると、家の外へ飛び出した。すでに村の者たちが首を切り合っていて、あちらこちらに首が落ちていた。
男は恐怖に身を震わせながら、自分の家に一目散に駆けた。
家の中に入ると、息子がすやすやと眠っていた。
男は息子を抱いて、村の外へ逃げていった。
息子の首にある、赤い線を見て見ぬふりをしながら。
私はその話を聞いて、ひどく喉が渇いた。お茶を飲み干す。何故か妙な味がする。緊張で舌の感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。
「実際は」と村長は言う。「言い伝えといってもそれほど昔のことじゃありません」
「そうなんですか?」
「ええ、現に、この物語に出てくる息子とは、柳場先生のことですから」
私は、少なからず驚いた。しかし、それは予感していたことだった。つまり、先生はこの村の出身。だから、個人的に調査しに来た。
首切りの風習。
ならば、先生は・・・。
私は記憶を辿る。先生はいつも、シャツのボタンをしっかり閉めていた。首にある印を隠すためだったのだろうか。
私は村長の首を見る。彼女にもその印はあった。
「男には、つまり柳場先生の父、五郎には印がありませんでした。それは何故だかわかりますか?」
「他所から来た人だったからでは?」
「違います」
私は首を捻る。では、何故・・・。
村長はにやりと笑った。
「彼が酒ばかり飲んでいて、お茶を飲まなかったためです。このお茶は首切り様の畑で採れた、特別なお茶なのです」
しまった! と私は思った。では、私の首にはもう印が・・・?
ぱんと村長は手を叩き、「武蔵!」と言うと、襖が開いて、斧を持った男がやって来た。
「では」と男は言うと、私の方へ歩み寄り、斧を高く振り上げた。
私は、恐怖からか、緊張からか、あるいは足が痺れたのか、その場から動けなかった。
いや、そうではない。
私は魂の深いところで理解していた。
私は首を切られたがっている。
そうか・・・、これが・・・。
そして斧は振り下ろされた。
首切り村 春雷 @syunrai3333
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