25 災難は突然に
王都の年末は、社交の季節の始まりだ。
今年の収穫が確定し、納税目的に、領地持ちの貴族たちは王都に集う。
領地の雪が溶け、大地が息を吹き返す春まで、情報を収集し、派閥の力関係に右往左往する。
貴族にとっての社交は情報収集の場であり、令嬢、令息の婚儀さえも、家の結び付きを強めたり、新たな繋がりを求めるための道具に過ぎない。
下級貴族などは、どこの派閥に与するかで、将来が違ってくる。
どの貴族が力を強め、どの派閥が力を増しているのか?
放たれる噂の鳥の真贋を見極め、より美味しい立場を得ようと必死だ。
魔法学園に属し、実家とは縁を切ったはずの御令嬢方も、必要とあらば呼び戻されてしまう。
ブーケットさんも溜め息を吐きつつ、ドレスに着替えて、馬車で出かける日が増えている。もちろん、次期当主のフォルテ君がまだ幼いだけに、メロディは四日に一度くらいしか戻ってこられない状態だ。
「セイシェル、あなたは良いのですか?」
「多分、私が魔法学校にいることさえ、誰も知らないんじゃないかな? 連絡も取ってないし」
「言ってはいけないのでしょうけど……羨ましいと思うわ」
久しぶりに帰ってきたメロディは、少しカリカリしながらお茶を飲んでいる。
相当のストレスになってるね、これは。
ブーケットさんと一緒に、パンでも作る? 生地を捏ねたり叩いたり、ストレス解消になるんだって。
「やってみたいけど、私が作ると……食べられるものにならない可能性が高いもの。小麦がもったいないから、やめておくわ」
肩を竦める、生粋の伯爵令嬢。
台所に立つことなんて、まず有り得ない。
ブーケットさんも、ストレス解消できたら、あとは侍女任せっぽい。
わがままなお嬢様方だ。
私の方は、午前中は稲に付加魔法をかけてやって、午後は座学の日々を過ごしてる。
成長を促しているだけよりも、適度に馴染ませた方が良いのでは?
と、前回の収穫でそんな意見も出た為だ。
長米種と短米種を育てている二度目の稲作は、もうじき終わる。
次は短米種の花に長米種の花粉を付けたり、その逆をしたりと、本格的にメロディの魔法が必要になってくるのだけれど……それまでに社交のケリはつくのかしら?
時間的にも、次の稲作で収穫したものの中からベストなものを持ち込んで、クラビオン伯爵領での最初の稲作の祖とするはずだから、かなり重要になるというのに。
一足先に社交を蹴飛ばして、戻ってきたブーケットさんによると
「クラビオン伯爵家は、今は羽振りがあまり良くないから、子飼いの下級貴族などを引き止め、勢力の維持に必死なのよ。次期伯爵のフォルテくんも、まだ子供だし」
という状況で、稲作への転換の件を小出しにしながら、情報戦中なのだそうな。
領地を上げての新事業は、当たれば大きいものの、リスクは伴う。そのあたりのことを秤にかけながら、吹けば飛ぶような下級貴族は右往左往しているのだろう。セイシェルの実家も、一応は中級貴族とはいえ、痩せた領地では、ほぼ下級貴族の男爵に立場は近い。やっぱり、右往左往しているのだろう。
直接、伯爵家の旗色を窺うことなどできずに、他の有力な子爵家の動向に、振り回されているに違いない。
どうするにせよ、判断材料は社交で得られた情報だけ。
貴族も大変だ。
魔法学校の学生は出家同然の扱いとはいえ、血の繋がりまでは否定されない。
逆に継承争いにかかわらぬ分、三男、四男といった家を継ぐ見込みのない者たちにとっては、好都合であるのだとか。
本当に、面倒くさいね。
「順調に育ってるみたいね」
稲を見に来たブーケットさん。
差し入れのクッキーが嬉しい。もちろん紅茶付き。
「植物としては順調なんですけど……。実際、食べてみなくちゃ解らないので」
「この区画が、長米種と、短米種をかけ合わせたところよね? 実り具合は良さそうだけど……」
「駄目なら、お酒にしちゃうから、気が楽です」
「無駄が無いのは、何よりね」
師匠曰く「熟成しなくても呑める酒」なのだそうな。
もちろん醸造もしているのだけど、米種ごとに別にお酒にして、ブレンドしながら味のバランスを整えると、もっと美味しくなるとか。
良さげなものは瓶に詰めて、クラビオン伯爵家のパーティに持ち込んで、新事業の情報開示の一端を担っているから、先輩たちも気合が入ってる。
……卒業後の就職先だもんね。
おかげで私は稲の方だけでなく、お酒の醸造の方にまで付与魔法をかけています。
毎日魔力を大量に使っているから、最近良く眠れる……。
「でも、今回のは伯爵領での稲作の元になるのでしょう?」
「そこを考えるとプレッシャーなんですけど、こればかりはメロディの魔法次第なので……」
受粉の段階……長米種の雌しべに短米種の、短米種の雌しべに長米種の花粉を筆でつけてやって、受粉させるという気の長い作業の後に、メロディが魔法をかけて回った。
植物の品種を操る、彼女の得意魔法。
ただ、彼女自身も、どういう品種なら、気侯に適して美味しくなるのか? が解っていない。とりあえずは気候に適した品種になるよう、魔法で調整したらしい。
食用レベルであれば、まずは領内での栽培、流通から初めたいとのこと。駄目ならブレンド酒のベースとして、先輩たちのお仕事になる。
メロディが魔法のイメージを掴むために、ひと匙分でいいから、本当に美味しいお米ができて欲しい。
私にできることは、せめてもう一回、品種改良できるように成長促進する事だけだ。
「御機嫌よう……」
やっと起きてきたメロディが、テーブルのクッキーを摘んで、お行儀悪く立ち食い。
まだ薄化粧のままの疲れた顔を見れば、侍女さんも叱る気にはなれないよ。
もう昼過ぎなんだけど、今のメロディの戦場は夕方から、夜のパーティーだ。英気を養って欲しい。
「お疲れね……」
「ブーケットさんは解ると思うんだけど……。そうでなくても家の勢力が落ちてる時に、主戦派さんたちが元気過ぎちゃって」
「実際に戦うのは、三角州に面した辺境の領主たちが主だもの。武器産業や、糧食の生産地の大貴族にとっては、儲け話でしかないものね」
ご令嬢方は、溜息を吐く。
戦争するには、お金がかかる。元の資金は王国の税収でも、売る方は商売だ。備蓄の食料や、大量生産した武器が飛ぶように売れれば、領地が潤う。
悲しいけど、これも現実の考え方だ。
領地が潤えば、より多くの下級貴族たちが擦り寄ってくるわけで、政治力が増す。
メロディの実家、クラビオン伯爵家にとっては、風向きが悪くなる話ばかりだ。
ブーケットさんの実家も、反戦派みたいだね。
呑気な顔で話を聞いていたら、疲れ顔の伯爵令嬢は、私に八つ当たりをする。
「私としては、ペルバック子爵家にも反戦派に加わっていただきたいのだけれど……」
「私に言わないで下さいな。ウチの実家は私が、ここにいることすら知らないと思うけど?」
「もうバレてるわよ。『娘がお世話になっております』なんて、挨拶されたもの」
なぜ、バレた?
と、思うまでもない。魔法学園の願書には、身分証明のために、実家のIDプレートを使っているのだ。後は、噂の鳥がどう飛んでもおかしくはない。
困ったものだけど……。
「一応、セイシェルという友人はいるけど、家名は存じませんので、どちらの話かわかりません。と、答えては置きましたよ」
ありがとう。我が友よ。
日和見な父だから、目先の利益で主戦派に走りそうな気もするけど、味方にしても何の利も無いと思うよ。
ん……何やらドアの向こうが騒がしい。
と、思った途端に教室の扉がバターンと開く。
華やかな服を着た、貴族らしき年若き男性。
息を切らしているところを見ると、内周に沿った階段を駆け上がってきたのか?
取り押さえようとしたのか、下働きの人を引き摺るように入ってきた。
そして、衝撃のひと言を……。
「わが婚約者、セイシェル・ペルバック嬢は、何処におられる?」
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