俺ら、そんな安くねぇかんな2
「お水お注ぎいたします~」
「はい」
「お済みのお皿お下げいたします~」
「あぁ、はい」
……まだかな。
「お水お注ぎしますか~」
「あぁ、はい」
……まだ来ないの?
スマホに表示しているグループチャットにはまだ返信がない。
あいつら何してんだよ~俺ずっと待ってるんだけど?!
そこは遊園地に面するファミレスの二階席。
程よい距離から園内を見渡せるためこの店を選んだのだが、混んできた店内でかれこれ五時間が経とうとしている。
フルコース並みに食べまくり胃袋は満杯。水だけで引っ張るのも、お財布的にもそろそろ限界だ。
窓下の景色を眺める。その席からはちょうど観覧車の列が見え、お目当ての二人組がそこに並んでいる。
早くしてよ、ここから観覧車一周はキツいって!
「ごめんお待たせ!」
一際通る声とペタペタとサンダルの足音と共に
「ここめっちゃいい席だね!全部見れんじゃん」
「おっそいよ~。ちょっと見てて!俺トイレ行ってくるから」
「オッケー。どこに居んの?あのー、誰だっけ」
「観覧車に並んでるよ、顔分かるっしょ?」
「あぁ分かる分かる。おっけ、任しといて」
頼んだ!と言って曽良はトイレに駆けていった。かれこれ五時間我慢していてギリギリだった。
一方の叶楽は窓下を覗き込むように目線を走らせた。
叶楽の仕事は監視役。日中張り込んでいた曽良と交代だ。
ドールはこういった根気のいる仕事をすることが多く、そのせいか人混みの中でも人探しが得意になった。
観覧車の列の先頭を見つけ、そこから最後尾に向かって探していく。
家族連れやグループ客を除き、二人組のカップルに絞って馬場悠美の姿を探す――しかし。
「ねぇ曽良、どこに居んの?全然見つかんないんだけど」
姿消したか?と戻ってきた曽良は焦って窓下を覗き込む。
「いるじゃいるじゃん。焦った~」
「えぇ?嘘だぁ、どこ?」
「ほら、あそこだよ。最後の折り返し地点のところの二人組」
「角のところ?あのキャップ被ってる子だよね。えっ、別人じゃない?」
「本人だよ。誰探してんだよ~」
「いやいや、あの女の人どうみたって馬場ちゃんじゃないじゃん、髪短いよ?」
「馬場ちゃん?違うよ、俺が見張ってんのは記者の方だよ」
「え?」
「え?」
「え?……でもだっ、今回の仕事ってさぁ、馬場ちゃんの不倫疑惑の写真だよね?記者は依頼人の方でしょ?違う?」
「馬場ちゃんの写真~?それもう琉愛が朝イチに撮ってったじゃん。聞いてないの?」
「へっ?聞いてない聞いてない。何それ」
「俺、朝に琉愛と張り込み交代してさ、その時には馬場ちゃんが向こうのシティホテルで男と会ってるところ、琉愛が写真撮ってたんだよ」
「え?そうなの?任務達成じゃん。えっじゃあさっきの会議は何?なんで曽良はここに居んの?」
「そのあと佳樹から連絡来てさ~、馬場ちゃんはいいから記者の方張り込めって。理由教えてくんないの。場所だけ言ってきてさ。それで午前中からずっとココ」
「えぇ分かんない分かんない。えぇ?」
混乱した叶楽は片手を頭に当てて首を左右に傾ける。ゴツい肩周りの叶楽がやると、まるで猿のようなゴリラのような。
「俺は馬場ちゃんのスクープ撮る仕事って聞いてきたんだけどなぁ、おかしくねぇ?」
叶楽は先ほどの作戦会議の内容を思い出した。
「あぁでも確かに、曽良と交代してきてとは言われたけど馬場ちゃんの見張りを交代してとは言われてないわ。うわ、騙されてんじゃん!」
分かりやすくショックな顔をした叶楽に、曽良はあひゃひゃと笑いを漏らした。
「声でけぇよ~」
「でもさでもさ?逆に曽良はなんでそんなに、しれっと?すんなりと?記者を見張れって言われて受け入れられちゃうの?」
曽良は記者の方を横目に見やりながら「え~」と間をおいて考える。しかしこれと言って良い答えは思いつかない。
「強いて言うなら、佳樹が言ったからじゃないかな」
マネの言うことと佳樹――というか他のドール達――が言うことを天秤にかけた時。もし仮にその二つが相反する場合は、迷わずドールの言うことを信じる。
この判断基準に間違いはないと思うし、他のドール達も同じことを言うだろう。
その証拠のように叶楽も「あぁじゃあ仕方ないね」と納得している。
「それじゃ、曽良もなんで記者を見張ってるかは知らないんだ」
「うん。知らないね」
佳樹が叶楽や自分に本意を伝えなかった理由は色々考えられる。
というか、何となくこの時点で予想はついている。ただそれが理由で不幸を被ったことはない。
何事もうまくいくのだ。結局は。
その場で最善の選択をするのがドール達は無意識的に得意である。
「それでさぁ、曽良は見張ってて何か気付いたの?」
「それがさ~、よく分かんないんだよね。あれがデートしてるのかそうじゃないのか……デートにしては女の子が若すぎるんだよな~」
「あの隣の女の子誰だろうね?若いよね?」
「バケットハット被ってる子ね。全然顔見せてくれなくてさ~。未だに誰か分かんないんだよね」
「顔隠してるならやっぱりモデルさんとかかなぁ」
「そう考えるのが妥当だよね~仕事的にも接点あっておかしくないし。それで無理やり距離取って歩いてるのかな」
あとはー、と空を仰いで考えていると、叶楽が「ん?!」と奇声をあげた。
「曽良、ちょ、見て見て!」
叶楽が指差す方を見ると、見張っていた二人組に近付く男がいた。
スラっとしたスタイルに、黒い衣服から白い手足が伸びている。ゆるくパーマがかった頭で小さく会釈し、二人組の輪の中に入っていく。
遠目でも窓越しでも分かるその姿に、曽良と叶楽は顔を見合わせた。
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