首狩りウサギのダンジョン配信

真偽ゆらり

鬼もひれ伏す美少女ダンジョン配信者

「飽きた……」


 配信画面に映るは無数の悪鬼オーガに囲まれた一人の少女。軽装な鎧ライトアーマーにウサ耳やカフスといった逆バニーを彷彿とさせる意匠を加えたウサギ感のある装備を纏う彼女の名は『宇佐美・ラビットソン』ダンジョン配信者である。


 彼女の胴体程の太さがある腕を紙一重の距離で避けて反撃を入れ続けていた宇佐美が溢した一言を撮影用のドローンは拾っていた。

 その一言は当然視聴者リスナーの耳にも届き、反応してコメントが打ち込まれる。


//へ、今なんて?

//秋田……きりたんぽでも食べるん?

//ウサミン語尾、語尾忘れてるよ!

//初見です


 コメントは撮影中のドローン上部に投影される為、戦闘真っ只中のダンジョン配信者の目に届く事はまず無い。


「あ、初見さんいらっしゃいウサ〜」


 敵から目を逸らして視線をコメントに向けでもしない限りは。


//前!前!

//よそ見してる!?

//まぁ、ウサミンだからな

//新規リスナーは慌ててんだろうな〜


 カメラ目線のドローンに顔を向けた宇佐美に背後から迫るオーガの拳は、なびく彼女の銀髪に触れる事もなく空を切る。卯佐美に攻撃を仕掛けるオーガは一匹だけではない。


//避けた!?

//可愛い

//手振ってる~

//一発もかすってない……


 だが卯佐美を囲んでいるオーガの攻撃は一度も視線を向けられる事無く全て回避され、彼女はドローンのカメラに向けて頭の上で両手を振っていた。一般人いや一般冒険者からしても異常でしかない光景を見せつけるかの如く、ドローンは卯佐美が大きく映るよう撮っていた寄りの画角を引いて彼女を囲むオーガの群れ全体を配信の画面に収める。


//1、2、3……えっと、たくさんいるー!

//うっそ……ここのオーガってこんな数出るの!?

//この画角……まさか、来るのか!?

//演出、はいりました~!


 コメントの反応は卯佐美のリスナーか否かで大きく分かれていた。


//初見のヒト、見逃すなよ


 ドローンが群れの周りをぐるりと回って全体を映すと画面に『CAUTION』『閲覧注意』『ショッキングな映像が流れる可能性があります』の文字と注意のマークと共に流れるカッコつけた銀髪をかき上げる卯佐美のカットイン画像。


//え、なになに!?

//へ、カッコいいじゃねぇか

//カットインきてぃあぁぁぁ!

//がはは勝ったな風呂行ってくる……暇は無いんだよな~

//出た、ダンライの謎生配信技術

//モザイク有りでもグロ苦手なヒトは見ない方がいいぞ


 画角は最寄りどアップで卯佐美を映し、彼女は自身の薄い胸の高さまで上げた片手を握り締めながら引いた。卯佐美の一見ガッツポーズにも見える仕草と同時に画角が一瞬で広がり、オーガの群れを映し出す。


//ヒッ!?

//は?

//恐ろしく速い首狩り、俺でなくても見逃しちゃうね

//ドローンのフレームレートが追いついてない


 しかし、再び映ったオーガ達には首から上にあるはずのモノが無かった。


 少しの間をおいて力なく倒れたオーガ達の死体が光の塵となって消えるとドローンは卯佐美ではなく今彼女がいる大部屋の奥、見えない壁に阻まれた高台にいるベレー帽を二本の角で突き破りながら被り軍服風の衣装を纏った一匹のオーガへカメラを向ける。


//鬼軍曹だ!

//軍曹、顎外れてない?

//あんな顔すんのな

//軍曹がちょっと可愛く見えてきたんだけど


 悪鬼統率種オーガ・コマンド――通称『鬼軍曹』は卯佐美が配信しているダンジョン『鬼軍曹の修練場』の代名詞ともされるモンスターである。そのモンスターが目をかっ開いて鼻水を垂らし、大口を開ける顔芸を披露していた。


「どうしたラビ? もう終わりペコか、顔芸」


 指一本で煽る卯佐美。


//顔芸www

//煽ってる、煽ってる

//煽られて怒ってるのに鼻水垂れたままなの草

//相変わらず語尾が迷子


 煽られて怒りを剥き出しにした顔げ……鬼軍曹が地団太を踏むと天井から雨漏りで垂れる水の様に新しいオーガが湧いて降ってきてヒーロー着地を決める。


//どんどん出てくる

//この軍曹、絶対特撮観てるって


 『鬼軍曹の修練場』は階層が一つしかない珍しいタイプのダンジョンで、特殊な性質があった。その性質とは『無限湧き』と呼ばれる際限なくモンスターが出現する事に加え、倒したオーガの死体が残らない点にあと一つ。負けても死なない非致死性のダンジョンである為、オーガを倒せる冒険者の修行によく使われいる。


 クリア方法は至って簡単。気絶等で倒れて十秒以上経過するか壁際まで追い詰められて累計三分経過する、もしくは大声で「参った」など降参の意を示すと戦闘終了となり戦果に応じた報酬の入った宝箱が出現する。


 正直クリアと言っていいのかは賛否両論だが、死なない上に一体でもオーガを倒せれば何かしらの報酬が手に入るので気にするモノは少ない。


//何か変じゃない?

//オーガって高いところから落ちて足痺れるっけ

//今、ゴトンって音しなかった?

//し、タヒんでる……

//脂肪判定の光出てね?


 着地を決めたオーガ達の首が次々に床を転がっていく。


「飽きたって言ったピョン」


//はい!?

//首無しで降ってきてんだけど……

//もしかして肉弾戦じゃなくてダンジョンに飽きたってことぉ?!


「あ、でも倒すほど報酬がよくなるペコならもっと降らすピョン」


//ウサミンの笑顔、いただきましたー!

//これアイドルがしちゃダメな笑顔では?


 卯佐美が所属するギルド『ダンライ』は一応アイドル系ダンジョン配信者のギルドだと謳っている。が、その事実を知っているモノ……ましてや信じているリスナーは驚くほど少ない。


「さぁ、じゃんじゃん報酬を降らすウサ~」


//もうオーガの事、報酬って呼んじゃってんの草なんだけど

//ウサミンにはオーガがお宝に見えてる

//あ、顔芸もとい軍曹が……何する気だ?

 

 オーガの無限湧きが止まる。


//あ、オーガの雨やんだ


 鬼軍曹は沈痛な面持ちで穴の開いたベレー帽を投げ捨て高台から飛び降りた。


//鬼軍曹とのボス戦きちゃ!?

//戦うにしては様子がおかしいような……


 鬼軍曹は光の塵へと変わる血で辛うじて可視化している見えない壁の前まで歩みを進め――


「お、来るペコか?」


――臨戦態勢をとった卯佐美を観るや否や軍服を引き千切って投げ捨て、膝をつき手を前に出して頭を下げる。


//え?

//は?


 それはそれは見事な土下座だったと、この配信を観ていたリスナーは語ったとか。


//全裸土下座www

//ウサミンに何てモノを……って良かった腰巻してる

//軍曹、涙目だったな

//あ、宝箱


 これで許して、と言わんばかりに豪華な宝箱が部屋中央に現れる。


//中身は何かな?

//まさkあ軍曹の心を折るのがクリア条件だった?


「全裸になってたら見えない壁ごと首を落としてやるとこだったラビ」


 卯佐美の呟きが土下座中の鬼軍曹に届いたのか宝箱が増えた。


//ダンジョン恐喝してて茶葉

//見えない壁ってダンジョン壁で不壊だったよね、切れ込み入ってない?


「さぁ、気を取り直してお宝拝見といくペッコ~」


//何が出るかな何が出るかな

//宝箱ガチャの時間だ~

//ガチャ? ……あ、察し


「てってれ~、ベレー帽? なんか穴空いてねぇかピョン? 卯佐美のウサ耳通すには丁度いいウサだけど」


//さっき軍曹が投げ捨てたヤツじゃね?

//穴あきベレー帽


「なんか汗臭そうだしとりあえず洗濯するラビかな。んじゃ、豪華な方の宝箱いってみるウサ~」


//これは……軍服?

//ウサミンの新衣装きてぃあ?

//なぁこれ、軍曹の予備の服なんじゃ……


「は、はは……これも洗濯して詳細鑑定行きペコだな」


//……ど、どんまい?

//ほ、ほら良い効果付きかもしれないし

//チャンネル登録したんで元気出して下さい


「チャンネル登録ありがとうピョン」


//じゃあ俺は高評価を押すぜ

//高評価ポチィィィィ

//鑑定結果楽しみにしてます


「高評価感謝ウサ。鑑定結果しだいでは抽選でプレゼントするラビかもしれないピョン。いつものハッシュタグで今日の配信で一番多かった語尾で投稿してくれピョンだラビ。複数投稿は無効扱いペコだから気を付けてほしいウサペコ!」


//あああ、ここぞとばかりに語尾を増やしてっからに

//アーカイブ見直さなきゃ……

//まさか迷子な語尾にそんな狙いがあったなんて


「それじゃ今日の配信はここまでだピョン。本作品この配信を気に入ってくれたなら作品のフォローチャンネル登録レビュー高評価して応援してくれると嬉しいペコピョンだラビ。乙ウサペコでした~ピョン」


//おつウサ~

//おつペコラビ~

//おつペコだピョン


――本日の配信は終了しました――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る