第14話 真意

「それで?スパイは誰なんだ!?わかったのか!?」


 急かすようにヤトが首をグイっと突き出す。焔は再び紅茶を口にしながら私にこう尋ねた。


「あの時、誰がどんな提案をしたのか、覚えているか?」


 私は少し考えて、口を開く。確かあの時は…。


天宮あまみやさんが自分の屋敷で匿おうかと言って、瓜生うりゅうさんはホテルで匿う方がいいんじゃないかって言ってましたよね。江藤えとうさんは、確か瓜生さんの意見と同じ。でも、2人は結果的に丹後さんの意見に賛成して…」


 私は口をつぐんだ。丹後が刑務所で私を匿うべきだと唐突に言い出した時、本当に胸が苦しくなった。


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「…幸村藍子の孫に、最もふさわしい場所だ」


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 あの時の丹後の言葉、怖かった。人から恨まれるというのはこういう感じなんだと、肌で感じた。おばあちゃんは一体何をしたんだろう。丹後との間に何か因縁があるのだろうか。


「丹後だ!」


 ヤトの発言に、私は体をビクつかせた。


「スパイは丹後だよ!あいつ、凪を刑務所で護衛しようなんて突拍子もないこと言いやがって。さっきは中庭で凪を襲おうとしたし!絶対丹後!」


「確かに、あの提案は突拍子もなかったな。だが…」


 焔は顎に手を当てて、冷静に応じる。


「あいつはまあ、良く言えば腕っぷしだけが取り柄の単細胞だ。スパイなんて巧妙な真似ができるとは思えんがな」


「でもよう、それでも怪しいじゃんか」


「確かにあの発言だけを聞くとそうだが、あいつは幹部の中でもミレニアに相当な恨みを抱いている方だ。そんな恨みの感情むき出しの丹後が、ミレニアのスパイというのは信じがたくてな」


 丹後さんがミレニアを…。だが、ヤトはそんなの関係ないという感じで顔をしかめている。


「まあ、あの会議だけじゃ何とも言えない。もっとカマをかけて様子を伺えれば良かったが、丹後の提案で流れが良くない方向に変わって、つい口を出してしまった」


 私とヤトが頷く。少しの間を置いて、ヤトが「ん?」と首を傾げる。


「でもよう、それじゃあどうして焔は凪をSPTに推薦したんだよ!黙って長官が手配した別荘に匿ってもらえば良かったじゃんか」


「ああ。あの会議は幹部連中の様子を観察した後、適当な言い訳をつけて長官がお開きにする予定だったんだが…」


 焔がじっと私を見る。その視線に、心が揺れる。


「君は、本当はどこにも匿われたくなんてないんだろう?」


 言われて思わずギクッとする。図星だった。心の奥底を見透かされているような気がして、胸がざわついた。


「あの時の君を見て、そう思った。だから、私なりに君の意思を尊重した。長官は相当驚いていたがな」


「だからあんなに大口開けて驚いてたのか!」


 ヤトが大声をあげる。私もまったく同じことを思った。脳裏のうりに、さっきの会議で大口を開けて驚いていた長官の表情が思い浮かぶ。焔の提案が余程、予想外だったんだろう。


「それに、スパイを捕えない限り、海外で匿ったとしても君の居場所がバレてしまう可能性もある。今、君にとって最も安全な場所は、別荘でもなければ、もちろん刑務所なんかでもない。私のそばだ」


 突然の話に私はついドキッとした。心臓が一瞬、跳ねたのが自分でもわかる。するとすかさず、ヤトが本当にぴょんぴょん跳ねながら訂正した。


「『俺たちの』そば!俺を忘れるな!」


「あ?ああ。そうだな。私たちのそばだ。失礼」


 真剣な焔と軽快な調子のヤトのやり取りを見て、私はついクスっと笑ってしまった。そして、焔は話を続ける。


「それに、君は言ったな。『幸村藍子の解釈が人によって違うなら、その解釈を教えてほしい』と」


 私は頷きながら、あの時の自分の言葉を思い出していた。


「確かに、幸村藍子の解釈は人によって違う。だが、人の解釈を聞いたところで意味がないことだ。人の解釈というのはその人物の感情に左右されるし、それが君にとっての真実とは限らないしな」


 私は息を呑んだ。気づけば、焔の真剣な表情に視線が釘付けになっていた。


「私や丹後が幸村藍子をどう思っているか。そんなことは君には関係がないことだし、君の考えがそれで左右されることがあってはならない。大切な家族のことなら尚更だ。祖母のことを知りたいなら、人の解釈に左右されず、自分自身で探してみろ。SPTに入れば、きっとそれができる」


 不思議と胸の奥が熱くなり、思わず視線を逸らしたくなる。だが、目を離すことができなかった。そうか…。この人が私をSPTに推薦したのは、半分私の気持ちを汲んでくれていたのか。厳しい言葉の中に優しさが滲み出ているように思えて、私は頭を下げた。


「ありがとうございます!私、やっぱりおばあちゃんのこと、ちゃんと知りたいです」


「そうか」


「SPTの審査も頑張ります。どこまでできるかわからないけど」


「さっきも言ったが、君には適性がある。勝負強いところとか、意外と頑固そうなところとかな」


「が、頑固?」


 初めて言われる意外な言葉に、ついきょとんとしてしまう。でも、焔はそんな私を見てなんだか少し嬉しそうだ。


「君なら大丈夫だ。明日もきっと勝てる」


「は、はい!」


 ………はい?一体何の話だ?私は首を傾げながら、目を細めた。


「か、勝つ?誰にですか?」


 アッと言う表情をする焔。少しの間の後、コホンと咳払いをする。


「これは…。失礼をした。また勝手に話を進めてしまったな」


 勝つ?勝つってことはまさか…。湧き上がる嫌な予感を抱きながら、私は恐る恐る焔を見つめた。

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