能力スコア

konoha

第1話

釣愛(つりあい)は企業の採用面接の待合室にいた。

採用担当者に呼ばれると、愛はドアを叩き、面接室へ入っていった。

しばらくして部屋を退室したが、愛はまた手ごたえがなかった。


愛はまだあまり詳しいことを知らなかったが、

この世はAI(人工知能)が進化し、企業が人の能力を数値化し、評価をしていた。

その数値を能力スコアとよんだ。


正確にはIT企業へ委託をし、その数値(能力スコア)を企業が受け取っていた。

能力スコアを算出する企業は多く存在していたが、次第に資本力の高い企業が残り、

事実上スコアプログラムは一社に絞られた。


スコアプログラムが一社になったために、こちらの社のスコアは良いかが、あちらの社のスコアは

悪いといったことはなくなり、一律のスコアになり、悪いスコアが出たものがあぶれた。



数年後。



愛はある施設へ来ていた。

どうやらここは能力スコアのために、どこにも就職できなかった者のための

施設らしく、衣食住は保障されるらしい。


愛は施設の手続きをした後、訓練室へ連れていかれた。


そこには多くの人たちが席についており、机の上には大きな怪しげなハンドルがあった。


訓練の担当者と思われる者が、そのハンドルを回すように促した。

担当者は立っているだけでも、威圧感があった。


「これを回すだけですか?」


愛は思わず口に出した。


担当者は「そうだ!」と大きな声で叫んだ。


ビックリしながらも、愛はハンドルを回し始めた。


「ハンドルが固いわけでもなく、回していてもさほど疲れないわ。」


回し続けるのは面倒だったけど、特に辛いわけでもなく、

無心に回し続けているうちに、部屋のスピーカーからサイレンのような音が鳴った。

「う~~~」とその音は部屋全体に響いた。


「よし。飯の時間だ。」


担当者がそう言い、部屋のみんなが食堂と思われるところへ、

歩いて行った。

愛もみんなの後をついて行った。



食堂には列が形成され、並んでいる人をよく見ると目が虚ろな者もいた。

昼食を受け取り、席に着くと以前から来ていた者達と同席となった。


「ハンドルを回しているだけで、ご飯が食べられるなんて♪」

愛は嬉しそうに言った。


「これで飯が食えるなんていいよね。」

「どこにも就職できなくて、どうしようかと思っていたんだよね。」

「なんだかホッとしたね。」

ここにいるみんなも喜んで話していた。


ただ、食事はパンと飲み物だけというかなり質素なものだった。


そういう暮らしが続いたある日。


今日もみんなはハンドルを回す。グルグル回す。

愛はハンドルを回しながら、思うことがあった。


「ご飯も食べられるし… でも…」

「このままじゃダメなような気が…」

愛は不安になってきた。


自室へ戻り、就寝の時間になった。

ベッドの上で愛は考えていた。


「明日は週に一度の外出許可がでる。」

「勉強の道具を買ってこよう。」


愛はぐったりして、そのまま寝てしまった。

ハンドルを回すことも楽そうにみえて、続けると苦しいのだろう。


朝一番に、愛は本屋へ出かけた。

そこでいろいろと吟味して、資格の本を買っていった。


施設へ戻り、自室で勉強を始めた。


勉強を始めて、どのくらいが経っただろうか。

コツッ、コツッ、コツッと、

監視員らしき者の足音が聞こえてきた。


愛は本を素早く机の下へ隠した。


監視員は一瞬、足を止めたが、ドアを開けることなく、去っていった。


「勉強しているところは見られないほうがいいね。」

愛は思わずつぶやいた。



翌日。



「さあ。今日もハンドルを回すんだぞ。」

訓練担当者が大きな声で叫んだ。


みんなでグルグルとハンドルを回していると、

どこかしらともなく会話が聞こえてきた。


「ハンドルを回すのも飽きてきたね。」

「そうだね。」


その会話を聞いた訓練担当者が声を張り上げた。


「そこ! おしゃべりしない!」



会話をしていた者は謝り、その場が凍った。


そのタイミングで、スピーカーからサイレンが鳴った。


「う~~~」


昼になり、愛はいつものメンバーと食事をした。


メンバーは5人いた。

男の子は2人で、女の子は愛を入れて3人いた。


男の子の名前は、「松下 貴」と「山岸」。山岸のほうはまだ下の名前を聞いてなかった。

女の子の名前は、「小泉 千里」と「神田 奈央」。神田のほうはなにか得体のしれない感じがした。


「今日は飯も早く食べ終わったし、ちょっと外で日向ぼっこでもしようよ。」

男の子の一人「松下」が言った。


みんな一同、賛成した。


施設の敷地は自然がいっぱいの広場だった。


愛から、ちょっと離れたところにメンバーの男の子二人が寝そべっていた。


何やら話をしているようだった。


愛がいる場所からでも、微かに会話が聞こえてきた。


「おれさぁ。会計士になりたかったんだよね。」

「資格も取ったんだけど、なぜかどこも採用してくれなくてね。」

松下は不満そうに言った。



「能力スコアってやつが低いとダメなんだろ。」

「スコアが低くても、自分自身のなにを改善すればいいかわからないものな。」


山岸がそう答えた。



「う~~」

サイレンが鳴り、みんなは施設の中へ戻った。


数日が過ぎ、愛は昼食後に一人で広場の物陰で勉強をしていた。


勉強をしていると、後ろからガサっと物音がした。

あわてて振り向くと、松下がいた。


「何をしているの?」

松下が言った。


「あ…」っと声が出そうになったが、愛は動揺し言葉が出なかった。


その後、松下は意外なことを言った。

「俺も勉強しているんだ。」

本を持ちながら、会話を続けた。


「ハンドルを回しているだけで、飯が食えるなんておかしいと思わないか?」


「たしかに。」

愛も最初から疑問に思っていた。


「勉強をして能力をつけて、この施設から出よう。」

二人はそう話し合った。


その次の昼食後、二人は広場の物陰で勉強していた。


「隠れての勉強も、疲れるね。」

愛は言った。


「そうだね。」と

松下がやさしく言った。


二人が話をしていると、何やら二つの影が近づいてきた。


いつも昼食を食べていたメンバーの「山岸」「小泉」だった。


愛と松下がうろたえていると、山岸、小泉が本を取り出した。


「俺たちも勉強しているだ。」


この二人も施設に疑問を持っていたらしい。


「こんな施設から早く出よう。」

みんなはそう誓い合った。



一年後。



広場のテーブルでいつものメンバーで話をした。


「この施設はいつでも出られるわけではない。」

と松下が神妙な面持ちで言った。



「一年ごとに更新があり、更新するとまた一年出られないわ。」

と続けて、愛が言った。


そしてここにいたメンバー全員が更新しないと決意を固めた。


「決まったな。皆それぞれの道を歩もう。」

山岸がそう言い、皆、施設を出る手続きをした。


数日後、施設前で別れの挨拶をし、メンバーは出て行った。


その後、訓練担当者と施設長がなにやら、激しく話をしていたが、

愛たちは知らなかった。



数年後。





愛が自室でテレビを観ていると、

山岸がテレビに出ていた。


どうやら、山岸は会社を興し大成功したらしい。


「おかげでわが社は…」

山岸はインタビューに得意げに答えていた。



一か月後。



かつてのメンバーで山岸を祝おうと、

集まっていた。


みんなそれぞれそれなりに活躍し、懐かしい思い出話に

花を咲かせていた。

ただ、山岸はまだ来ずにみんなは少し心配になっていた。


「社長だから、忙しいんだよ。」

小泉が言った。


「社長になるのも考え物だね。」と

愛が言っていると、部屋に設置されていたテレビから

騒がしい音が聞こえてきた。


「臨時ニュースです!」

テレビのアナウンサーがそう叫んでいた。


続けて、

「IT企業の山岸さんが溺死体で発見されました。」

と声を荒げて叫んでいた。


テレビを観ていたメンバーは背筋が凍った。


みんなは思った。

「山岸は殺されたんだろうか。」

「施設にいたことが原因なのか。」

「そして、私たちの身にもなにか起こったりするのだろうか。」


皆、あの施設になにか思うことがあったのだろう。


その瞬間、愛はなにやら不思議な感覚につつまれ、

苦しくなり「や、やめて…」と叫んだ。

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