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口羽龍

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 秀雄(ひでお)は東京に住む会社員で、影ではネット小説家をしていた。ネット小説家としてはそこそこ知られていて、ファンも多い。


 秀雄は新潟の農村で生まれた。秀雄は高校までは新潟で過ごしたが、東京の大学に進学したのをきっかけに東京に住み始めた。初めての一人暮らしになかなか慣れなかったが、徐々に慣れてきて、しっかりと暮らせるようになった。秀雄は大学を卒業後、会社員になった。そして、ネット小説家に興味を持ったのも、その時だった。


 秀雄は以前から、小説家になりたいと思っていた。だが、両親からは反対を受けていた。それならば、秘密でやってみようと思い、小説投稿サイトに興味を持った。


 ネット小説家になってからは、多くの仲間に恵まれ、次第に自分の執筆リズムを持つようになり、人々から支持され始めた。


 だが、それは突然終わった。母が寝たきりになったので、介護が必要になったのだ。それによって、秀雄は会社を退職して、母の世話をしなければならなくなった。すでに父は他界しているので、支えるのは自分しかいなくなった。本当は嫌なのに、どうしてこんな事をしなければならないんだろう。いつも心の中でそう思っている。


「はぁ・・・」


 今日も秀雄は目を覚ました。だが、ここは東京ではなく新潟の農村だ。東京で暮らしていたあの頃が懐かしい。また戻りたいのに、もう戻れない。


「今日もここか・・・」


 秀雄は空を見た。だが、そこには田んぼが広がっている。東京では目の前に住宅やビルが広がっていたのに。またここに帰ってくるとは思わなかった。もう戻りたくないと思っていたのに。


「さて、みそ汁作るか」


 1階にやって来て、秀雄はみそ汁を作り始めた。ご飯はすでに昨夜に炊き始めている。地元の新潟で作られたお米で炊いたご飯だ。


 秀雄の母、敏子(としこ)は外を見ていた。寝たきりになって以降、ほとんど同じ景色しか見ていない。つまらないけれど、こうして余生を送っていくと考えると、残念でたまらない。自由に動けたあの頃が懐かしいな。だけど、そんな過去は戻ってこない。


 突然、ノックが聞こえた。秀雄だろうか?


「はい・・・」


 ドアが開いて、秀雄がやって来た。ご飯とみそ汁を載せたお盆を持っている。朝食ができたようだ。


「母さん、朝食できたよ」

「ありがとう」


 テーブルにお盆を置くと、敏子は食べ始めた。


「秀雄、ごめんね」


 敏子は謝っている。もっと東京で頑張ってほしかったけど、寝たきりになってここに帰らせてしまった事を、申し訳ないと思っていた。


「いいよ。こうなったのは僕が原因じゃないんだから」


 秀雄はダイニングに戻っていった。これから朝食を食べる。すでに朝食は用意してある。


 秀雄はダイニングの椅子に座り、朝食を食べ始めた。東京に住んでいた頃は、とても楽しかったな。豊かで、欲しい物が手に入り、たくさんの友達ができた。だけど、もうそれは昔の話になってしまった。あの頃に戻りたくても、もう戻れない。


「あの頃はよかったな・・・。好きな事ができて・・・。もう今では・・・」


 秀雄は東京に住んでいた頃の事を思い出した。




 それは突然の出来事だった。ある日の週末、家でくつろいでいた。いつもと同じ週末が始まると思っていた。


 突然、電話が鳴った。週末に何だろう。週末に電話がかかるなんて、あんまりない。


「秀雄?」

「うん」


 母の親戚の山田だ。どうしたんだろう。


「お母さんが寝たきりになっちゃって、帰ってきて」

「うーん・・・」


 だが秀雄は思っていた。もう実家には帰りたくない。俺はもう東京にずっと住みたいんだ。みんなに囲まれて生きるのが好きなんだ。


「会社の人にも言っておくから」


 秀雄は驚いた。すでに会社にも言っているとは。会社からは何も聞いていない。突然、退社になるなんて。あまりにもひどいよ。もっと頑張りたいと思っているのに。


「そんな・・・」

「帰りなさい!」


 それを聞いて、秀雄は泣きそうになった。どうして帰らなければならないんだろう。近所の人が何とかできないんだろうか?


「うっ・・・。うっ・・・」

「苦しいのはわかる。だけど、始まりがあれば終わりもあるんだ。認めよう」


 だが、山田は帰る事を強要している。本当は帰りたくないのに。そう思うと、山田も敵に思えてきた。みんな、俺を帰らせようとしている敵なんだろう。


 電話は切れた。秀雄は拳を握り締め、涙を流した。こんなにも突然、東京を離れる時が来るなんて、あまりにも残念過ぎる。


「帰りたくないのに・・・。つらすぎるよ・・・」


 秀雄は東京の景色を見た。東京はいつもの風景だ。住宅があり、その先には高層ビルが広がる。毎日のように見てきたこの光景もあと少しで過去のものになるんだ。そう思うと、悲しくなった。


「もうこの景色ともお別れなんて・・・」


 翌日、帰りの新幹線の車窓から、秀雄は考えていた。どうしてこんな事態になったんだろう。全ては敏子が悪いんだ。寝たきりになった敏子が悪いんだ。だが、母を攻めてはいけない。


「どうしてこんな事になってしまったんだろう」


 秀雄は実家の最寄り駅にやって来た。懐かしい半面、また帰ってきたという絶望感がある。もうここに住みたくなかったのに。


「帰ってきたか・・・」


 秀雄は実家までの道のりを歩いている。あの頃と全く変わらない。どうするんだろう。


「はぁ・・・」


 秀雄は家の前にやって来た。またここに暮らす事になるとは。秀雄は肩を落とした。


 秀雄は家に入った。だが、誰もいない。寝たきりで寝室から出られない敏子に挨拶をしないと。


 秀雄は敏子の部屋にやって来た。そこには寝たきりの敏子がいる。


「帰ってきたよ」


 その声を聞くと、敏子は振り向いた。秀雄の声に反応したようだ。


「秀雄、おかえり。本当にごめんね。好きな事ができないけど、ごめんね」

「いいんだよ」


 秀雄は嫌だと言っていないようだ。だが、秀雄の心の内が違っていた。本当は帰りたくなかったのだ。


「インターネット、つながってないのか」


 ここはインターネットがつながっていない。両親はインターネットなんて不要だと思っていて、つないだ事がなかった。


「寂しいな・・・」


 秀雄は寂しそうな表情だ。賑やかな東京にいた頃が懐かしい。戻りたいのに、戻れない。


 秀雄は2階の空から谷川岳を見た。その先には東京がある。だけど、東京は全く見えない。


「あの向こうには、東京がある。だけど、もう戻れない・・・。つらすぎるよ・・・」


 秀雄は谷川岳を見て、涙を流した。また東京に戻りたいな。だけど、もうその夢はかないそうにない。

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