第6話 発見
衛士隊の本部はアバスカルの北、王都にある。
王都は今、貴族制が廃止こそはされていないものの形骸化し、議会制へ変革の只中にあった。その余波を受け、騎士団は残すことになったものの、衛士隊の仕事はどんどこどんどこ増えていた。
かつて近衛騎士団と呼ばれていたものはまだ残っている。名称はそのままに、第一騎士団を吸収合併、王族の守護だけではなく王城の守護も担うようになっていた。
王都の守護を担っていた王国第二騎士団は解体され、町民出身の志あるものは衛士隊に業務は変わらないから、と残ってくれたが、大半は辞めていった。第一騎士団の内、近衛騎士団に移動になれなかった者も似たようなものだ。
残ってくれたものたちの振り分けだけでも話の持ち上がった三年前から遅々として進んでいない。いや進んではいるのだが、業務量に対してそれが出来るものが少なく終わりが見えない。
まずラドミラたちのように空を飛べるものを各地に割り振る。これはいい。数も少なくすぐに終わった。次に、偵察やなんやといった一芸を持つものを割り振った。これもいい。こっちも数は少ないからすぐに終わった。次に、大量の、剣を振るしか脳の無いものたちを、どうにかする作業が残った。
各地に
そうしてやってもやっても終わらぬ仕事をただ黙々とこなしていた頃、どうせ領地に戻っても仕事などはないのだと不貞腐れている貴族の次男坊や三男坊が衛士隊にやってきた。自分の意思で戻ってきたものもいたがそうでないものが大半のためなんというかこう、面倒さは段違いである。
なおこの間、本部の文官は補充されず、五人のままだった。
騎士団にも書類作成をしていた文官はいただろ、こっちに回せよ! とどれだけ言っても回っては来なかった。王宮に再就職していたのである。解せぬ。業務内容変わらないこっちに来いよ。
最早彼等はここ三年、定時で帰る、というものとは無縁であった。まずは朝ちょっと早く出るようになった。次に、少し残って作業するようになった。それから夕飯を持参するようになった。
アバスカルの衛士隊から
「今日の予定は」
頭を抱えるラドスラフの周りに、少し遠巻きにしながらも寄ってきていた部下たちに、そう声をかける。いつもはそんなことは聞かない。個々人が個々人で組んだ予定を重視しているからだ。ラドスラフが一人で把握しようとすれば、ラドスラフが潰れてしまう。
それなのに聞かれて、文官達は視線を交差させた。これは、また面倒な仕事が降ってきたぞ。
「午前中締め切りの申請書作成が一件。午後締め切りの書類作成が二件です」
「午後に会議が一件入っています」
「午後に面接が二件入っています」
「今日締め切りのものはありませんが、明日の午前中締め切りの経理の書類が一山あります」
この部署は、総務と人事と事務と経理をまとめてこなしている。一人で一つの部署といっても過言ではない。
「諸君、とても忙しいのは重々承知しているが、昨夜アバスカルより
「去年の話ですか?」
「そうだ。仔細は今は省くが、何でも昨日初めてその話が出たそうだ。また、詳しい日付は未定、こちらでその日を特定してほしいとのことだ」
「ああ、指名された人の名前はわかるんですね」
ため息が、こぼれる。
ファハルドの衛士隊詰め所にも、関所を通った者のリストの写しはある。あまり関所を通る人間はいない、とはされているが、朝と昼には一台の馬車が一杯になる程度の人は来るのだ。帳簿はずしりと重い。
「取り急ぎ、会議室利用の申請書を作成します。書庫から、去年の
「それは適当に手の空いているものを捕まえて運ばせろ」
「ではそのように」
全員、午前中は己の仕事に取り掛かる。最優先でやれ、と上からたとえ言われたとしても、王宮に提出しなければいけない書類の締め切りを待ってはくれない。国中の衛士隊から届いた購入依頼やらなんやら、とりあえず急ぎのものをピックアップする。
「そうだ主任」
「どうした、サシャ」
「ファハルドの衛士隊に、
「わかった。
話の間も、手を止めはしない。
「午後締め切りの申請書類、作成が完了しました。明日締め切りのものがいくつか未処理だったのでこれを午後には軽くやっつけてしまおうと思います。提出ついでにファハルドへの依頼と会議室使用の申請書なども持っていきますね。会議室も一番近いところ押さえます」
「頼む」
書類挟みにいくつかの書類を入れて、王宮の片隅に作られた衛士隊の詰め所をタデアーシュは出た。まず向かうのは連絡室。
次に昨夜届いた
完全にそちらに詰めることが可能なら問題はないのだが。
「あ、じゃあそちらで探してくださっても。ええと、去年の
「あ、そういう事でしたら、どうぞ小会議室をお使いください」
「そうですか? いつもすみませんねぇ」
「いえいえ」
にこやかに、申請も通った。
タデアーシュは鍵を二つ借り受けて、王宮の向こう側の書庫まで向かう。その途中、王宮警備の騎士を二人ほどひっ捕まえて、荷物持ちに任命した。許可は出ている。衛士隊の文官達の主任の、ではあるが。その辺は、まあ言わなければ騎士には分からぬものである。
書庫からピックアップするのは、
タデアーシュが自分で持つにはもうすでに重いが、騎士なら一人でこの量は軽いだろう。その証拠に、二人もいらないのでは、という視線を背後から感じている。
「ええと、それから……」
別に出さなくてもいい独り言を唇の端に上らせながら、タデアーシュは隣の棚に移動する。そちらに保管されているのは、町からの転出者名簿だ。ハンブリナの棚を探す。
「ああ、あったあった」
去年の
「それじゃあ、小会議室までお願いします」
「応援を捕まえてきますので、しばしお待ちください」
「時間が惜しいので、急いでください」
「承知しました。おい! 誰かいないか!」
騎士の一人が、曲がり角へ声をかける。おそらくそっちに、休憩室なりなんなりあるのだろう。ほどなくしてもう二人、応援が来てくれたので、タデアーシュは鍵だけを持って悠々と先導した。
「あったぁぁ!」
夜食を口にくわえながら、帳簿をめくっていた
その声に、部屋にいた皆は彼女のもとに寄ってきた。
「いつだ!」
「三十五日です。
「ええと今日が」
「二十一日ですね」
「あと十四日か!」
にわかに、騒がしくなる。
ファハルドに入った記録があるのだから、当然出た記録もある。ウルシュラはそのまま、帳簿の名前を追った。
「ええと、二日後の
ミラグロスとクロリンダが、いまだハンブリナに住んでいるのかどうかを調べる必要がある。ハンブリナからの転出者のみを抽出する作業だが、母親であるミラグロスの名前ではなく、その夫の名前であれば特定は難しくなるだろう。
ハンブリナにある衛士隊に聞けば、すぐにわかるかもしれない。そちらにも合わせて連絡を入れておくようにと指示が出された。
しかし、本人たちにコンタクトを取ってはならない。戦えるものが標的に接触したからと、
「
「
転出者の名前と移転先の地名を抽出し、該当の土地の衛士隊に確認を取る。
ハンブリナは大きな町ではないから、すぐに一年分の転出者の抽出が終わった。終わってしまえば、あとは返事を待つだけだ。一仕事終えた文官達は伸びをして、一人、また一人と帰路につく。
まるで、すぐに終わったように書いているが。いつもの仕事をしながら、二人を探し出すのに四日。転出者名簿を当たるのに二日かかっている。
クストディオがバルドゥィノの話を聞いてから実に八日目の出来事であった。
もう間もなく、レオシュたちもハンブリナに到着するだろう。
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