とぶ夢をしばらくみない

eight_island

今は亡き友人に捧げる

 とぶ夢をみるかい?だれでも小さいころはよく見たと思うんだ。ながいながい階段から足を踏み外して空中になげだされる夢や、たかーいビルのうえから飛び立つ夢を、そして体がビクンとして目覚める。大人になってくるとそんな夢をみなくなるんだよね。いつのころからだろう、そうなってしまったのは…



 幼稚園のころ、ぼくは保育所にもいってたんだけど、親がね、共働きだったんだよ。いつもぼくだけ迎えに来るのが遅いんだ。ひとり、またひとり、つぎつぎに友達は帰って行くんだよ、お母さんと手を繋いでね。そうするとぼくはそれを見ていたくないもんだから本を読んでいるふりをする。あくまでもふりなんだ、べつに読みたいわけじゃない、ぼくは本がだいっきらいだったから。みんなが帰ってしまうと先生がぼくのそばにきて言うんだ、

「おそいわねぇ、お母さん。まってるのつらいよねえ。」

 ぼくは知ってたんだ、待ってるのがつらいのは先生だって。ぼくが帰るまで一緒にいなきゃならないんだもん。でもぼくは子供らしく言うんだ、

「さみしいけど、がんばる」ってね。まるでキツネとタヌキの化かし合いだよ。


 小学校1年生のころぼくには近所に住んでるK君っていう1つ年下の友達がいたんだ。近所っていってもぼくはおばあちゃんのうちに預けられていて、本当の家は隣町にあったんだよ。そのK君ってのはすごいわるガキで、いつも泣かされていた気がする。でも不思議と気が合うんだよ、泣かされるくせに一緒にいるんだ。いつだったかザリガニをけしかけられて、鼻のあたまをはさまれちゃって真っ赤になっちゃったんだ。ひどいでしょ。

 日曜日の夕方、西日がとってもつよい日だった、ぼくがお父さんとおふろに入ってたら、お母さんがいきなり洗い場に入ってきたんだ、靴下もぬがないでさ、そして言った、

「K君が死んだ」って。

 隣町のぼくの家に来ようとして途中で電車にひかれたんだって。お父さんとお母さんはそりゃあ驚いたよ、でもぼくはぜんぜん不思議じゃなかった、それどころか(願いがかなってよかったね。)って思ったくらいさ。だってK君はいつも言ってたんだ、

「どこか遠くに行きたい。」って。

 次の日だったと思うんだけど、K君の家に行ったんだ、黒い服を着てK君にあげるおもちゃをもって、K君のお母さんは無言でただただ頭を下げていた。ぼくはおもちゃを置いて、お母さんのそばに行儀よく座っていた。足がしびれるんだよ、ものすごく。(早く終わらないかなあ)そればかり考えていた。しばらくして、だれかが言ったんだ、

「それでは、最後のお別れを。」

 みんな1列になってお棺のほうに歩いて行く、ぼくもそれに加わってお棺の中をのぞきこんだ、そこにはたくさんのしなびた花と、おもちゃが1つはいってた。そのおもちゃは自転車なんだけど、吸入器で空気をおくると走る奴なんだ、欲しくて欲しくて取っちゃおうかと思ったよ。K君の顔はおぼえていない。


 中学校に入ると勉強はほどほどにできたし、運動もそこそこ、学校では静かだったから先生に怒られたことはあんまりなかったなあ。友達はたくさんできた、なかには未だに交流のある奴もいるよ、暇さえあれば麻雀ばかりしてた。そのなかに下手くそなやつがいて、本当に負けてばかりいる。でもやめようとしないんだなこれが。やめるどころか掛け金を上げようって言うんだよ、金も無いくせに。それでとうとう仲間内でだけど、そいつの借金が5万になっちゃった。中学生に払えるわけないじゃん、かわいそうだから、坊主にするってことで許してやったんだ。そしたらそいつ、

「床屋いく金も無いから、切ってくれ。」だって。

 しょうがないから、はさみで髪ジョキジョキきったあと、お父さんのヒゲソリで剃ってやったら、あたまから流血しちゃうんだもん、驚いたね、あのときは。


 高校に行くと、キリスト教の学校だったんだけど、毎朝礼拝があるんだ。ほかの高校より20分も早くいかなきゃならないんだよ。

 ある日、聖書と賛美歌忘れて礼拝に出たんだ、そしたら宗教主任ってのがいるんだけど、いきなりぼくのまえにきて言うんだな、

「聖書はどうした!」ってね。

「わすれました。」って言うか言わないかのうちにガツンって音がして、目の前に火花が散ったの。聖書でなぐられたんだなあ。

 頭にきたから、左の頬をだしてやった。(聖書には、「右の頬をなぐられたら左の頬をだしなさい。」とある。)そのとき思ったね、人間には、本音と建前が必要だって。


 大学に入ってからは、なにもかもが自由だった。「自由っていったいなんだい。」なんて訳の分からないことを言っている奴もいるけど、自由は自由なんだよ。

 よく友達と飲みにも行った。U会館って飲み屋がかたまっているところがあるんだけど、汚いところだったなあ。そこにいつも行ってた飲み屋があってね、ママがうるさいんだよ。ひとの話にすぐ首突っ込みたがるの、そうするといつもぼくが悪役になるんだよ、他人と違うこと言うとたたかれるんだよね、それがどんなにホントのことでも、結局きれいごとを言ってる王子様やお姫様たちにはかなわないって。




 そして最近、ふと気づいたんだ、とぶ夢をしばらくみないことに。



 ビルの上にのぼると、いつかみたような西日がまぶしい。とても高くてオレンジがかった空が、ぼくを包みこんでくれるような気がした。(もしかしたらこれは夢?)大気をおおきく胸いっぱいに吸い込むと、ぼくは思いっきりはばたいた。






《あらゆることから解放される》という歓喜のなか、ぼくの過去が走馬灯のようにめぐっている。

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