父の最後の言葉

春雷

第1話

「なあ、好きな映画、なんだ?」と父に訊かれた。

「うーん・・・。『ターミネーター2』とか、『エイリアン2』、『バックトゥザフューチャー2』かな」

「ふーん、映画通ってわけか」

「うるせえ」


 それが父との最後の会話だった。その後、父は階段で転んで頭を打ち、そのまま逝ってしまった。あまりにあっけない最後だった。人の死とは、ドラマチックなものではなく、こんな風にあっさりとしたものなんだな、と他人事のように思った。突然のことだったので、まだ実感を持てずにいるのだろう。

 葬儀の時、親戚に父との最後の会話を訊かれた。僕はそれまでそんなことを意識してなかったので、何とか記憶を遡り、父との最後の会話を思い出した。

 それを聞くと、みな妙な顔をした。何と言っていいのかわからないのだろう。それくらい、どうでもいい会話だったのだ。

 そもそも父はあまり冗談を言うタイプではなかった。どちらかと言えば頭の硬い親父で、芸術も好まず、いつも政治か経済の話をしていた。その親父がどうして僕に映画の話をふったのか。そして普段は言わない冗談を言ったのか。

 わからない。

 頭でも打ったのかと思ったが、その会話の直後、父は実際に頭を打って、死んでしまった。笑えない話である。

 あるいは父は、僕に近づこうとしてくれたのだろうか。共通の話題もなく、ほとんど話すこともなくなってしまった僕に、もう一度話をしたくて、僕の好きな映画の話題をふり、慣れない冗談を言ったのか。

 今となってはもう、わからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

父の最後の言葉 春雷 @syunrai3333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る