第26話 クロエとルカの気持ち

 クロエ達はドラゴン族の歓迎の宴会を終えた後、各自それぞれに帰途についた。ルカは用事があると言ってレイと一緒にシルバーズ侯爵家に戻り、ロアも魔王にドラゴン族のことを伝えに魔国の王宮に帰っていった。


久しぶりに一人になったクロエは、辺境伯城の自室のベランダで満面の星空を眺めていた。


「クロエ~、入るわよ~。あら、ベランダにいたのね。ノックしても応答が無かったから……。どうしたのクロエ。何か悩み事?」


レーナはソファに置いてあったブランケットを持って、クロエがいたベンチの隣に座った。


「お母様、私どうしたらいいのかわからなくて……。ルカが、全ての問題が解決したら婚約を解消して私に自由に生きろって……」


(あら?ルカ君はクロエに恋愛感情芽生えたように見えたんだけど?あぁ、クロエを思ってのことね……)


「じゃあ、もし婚約を解消したとして、クロエはこれから何がしたい?」


「私がこれからしたいこと……?」


「そうよ。結婚なんかしなくてもいいのよ。してもいいし、しなくてもいい。クロエがこれからしたいことをまずは考える。そして、それをしている自分の隣に誰が居て欲しいか。結婚の相手を先に決めるんじゃなくて、これからのクロエの進む道に誰が居て欲しいかを考えてみて。ゆっくり、急がなくてもいいのよ」


「貴族の娘としてどこかの家と縁を結ぶための結婚とかしなくていいの?」


レーナは涙を浮かべるクロエの背中を擦りながら優しく答えた。


「辺境伯領をここまで改革してきたクロエが、何を時代錯誤なこと言ってるのかしら?クロエの生きたいように生きなさい。何もなく平和な時間の中でも、命はいつ終わるか分からないの。だから愛する人に言葉で伝えられる時に愛していると伝えなさい。どんなことが合っても後悔の無いように」


クロエはハッと迷いが晴れたかのようにレーナの顔を見上げた。


「お母様は、お父様との結婚をどうやって決めたんですか?」


「私とジョンは、小さい頃から兄妹のようにいつも一緒にいたの。騎士団や魔術師団の訓練もライバルのように競いながらしてきたわ。ずっと一緒にいて仲が良かったけど家族愛のようなもので恋愛感情ではないと思ってた。でも私が王都の王国魔術師団に入って離れて暮らすようになってからジョンへの気持ちに気が付いたの。ジョンが魔獣討伐で瀕死の状態だと辺境伯の叔母様から連絡が入ってすぐにジョンのもとに転移して来た時に、倒れているジョンを見て私はジョンを失ったら何を心の支えにして生きて行けばわからないと思った。そしてジョンが回復してから私にプロポーズしてくれたの。ジョンも私が王都に行ってから自分の気持ちに気が付いたって。そうね……。クロエも、ルカ君と少し離れてお互いにこれからの事考えてみるのもいいかもしれないわね」


レーナは「クロエも大人になったのね」と、クロエの成長を喜びながら笑顔でクロエにブランケットを渡すと「体が冷えるから、早くベッドに入りなさいね」と言って部屋を出て行った。


* * *


そのころ、シルバーズ侯爵家に戻ったルカはレイの部屋をノックしていた。


「ルカか。こんな時間にどうしたんじゃ?」レイはルカの様子を見て、珍しく悩んでおるな~と察するとソファに座るように促した。


「爺さん、俺、ビースト国の問題が解決したらクロエと婚約解消しようと思ってる」


レイは「理由は?」と、穏やかな顔でルカに訊いた。


「せっかくクロエが自由になったのに、俺と結婚したら今度はうちの仕事の危険に晒すことになる。普通の男と結婚した方がクロエは幸せになれると思う」


「お前はそれでいいのか?クロエはお前が思っているほど弱くはないぞ。まぁ、お前が儂に言ってくるということは、お前の中でほぼ決まっていることなんじゃろ。婚約解消はいつでもできる。まずクロエと離れて家の仕事に入れ。そしてこれからの事を考えてみるんじゃな」


レイはルカの肩をポンポンと叩くと、「ルカもクロエも大人になったんじゃの~」としみじみと孫の成長を喜んだ。



翌日から、ルカはシルバーズ侯爵家の暗部の仕事に入った。久しぶりに暗部長のルイのいる執務室に入ると兄のルミがソファに座ってルカを待っていた。


「ルカ、久しぶり~。家の仕事に戻っていいのか?クロエちゃん、寂しがってんじゃない?」


ルカは、嫌な奴が居やがった~という雰囲気を醸し出しながら、ルミを無視して執務机に座っているルイの前に行った。


「ルカ、まずは手慣らしに短期の仕事を準備しておいた。好きなのを選んで行ってこい」


ルカが仕事の資料を持って部屋を出ようとすると、ルミが「ルカがクロエちゃん要らないなら、俺がもらうけど~」とニヤリと笑ってルカを見た。


「ルミ、お前はあいつには関わるな」と、ルカは振り向きもせずに執務室を出て行った。


ルイは、はぁ~とため息をつくと「ルミ、あんまりあいつを揶揄うな」と、自分が結婚する時も同じことで悩んだなぁと昔の自分を思い出していた。


* * *


クロエ達は間近に迫ったブラウン辺境伯国の新魔術学院の設立の準備に追われていた。レイも学院で働く者たちの面接や試験の準備等に忙しく、ダンやロイに加えてシルビア王女も手伝いに駆り出されていた。


入学案内書を作っていたダンが、あれ?と顔を上げると、「そういえば、ルカとロアの姿を最近見てないけど、あいつらどうしたんですか?」とレイに訊ねると、「ルカは家の仕事が忙しくて手伝いに入っておる。ロアは魔王業の引継ぎとか言っておったぞ?」


「「「魔王業の引継ぎ?」」」


「あぁ。魔王様が先代魔王妃を裁くために、王妃が転生した場所へ異世界転移するらしいんじゃ。異世界に転移するということは、もうこの世界には戻ってはこれんからのぉ」レイは、手に持っていたペンを置くと窓の外を寂しそうに眺めていた。


(魔王様が居なくなるなんて……。ロアは魔国で1人になっちゃうのか……。魔王の生贄になるお嫁さんなんか要らないって言ってたから結婚も考えてないだろうし。毎日、ロアの好きなものを作って持って行ってあげよう。ルカは、これからどうするのかな……。ルカにはあれから1か月以上会えてない。元気かな……)


「クロエ、ルカは元気にしておる。心配するな」レイはクロエを見て優しく微笑んだ。


「あっそうじゃ、明日、ルカとロアと一緒に、ヒューマン国のタウンハウスにある魔道具を外しに行ってきてくれんか?ヒューマン国も国王が王座を王弟に譲って少し落ち着いたようじゃ。前よりはまともな国になるじゃろ」


(えっ、明日、ルカに会えるの!私、普通の顔できるかな……)




 クロエとルカ、そしてロアは、久しぶりにヒューマン国にある辺境伯タウンハウスに来ていた。


ブラウン辺境伯領が独立してヒューマン国にあるタウンハウスが不要となったため、以前に設置していた魔道具等を外すために訪れたのだが、ルカとロアのおかげで作業はすぐに終わり、3人は持参したシュークリームを食べながらまったりとお茶を飲んでいた。


「なんだか平和だな……」ロアが5個目のシュークリームを手に取りながら呟いた。


「そうね。あれだけ気構えて地底族やビースト国が襲ってくるかと備えていたのに、私達、ほとんど何もしないで終わったわね……」


「何も無いことが一番いいんだ……」ルカは何か思案しながら窓の外を見ていた。


(ルカ、何考えてる?あんまくだらねぇこと考えんなよ~)


「あっ、そうだ。来月、ヴァンパイア国にある城で、俺の魔王襲名披露の夜会があるから、クロエはルカにエスコートしてもらって来いよな」


「えっ!魔王襲名披露?」


「あぁ。俺はそんなの必要無いって言ったんだけど、族長達が皆に顔見せは必要だっていうからやることにしたんだ」


「夜会か……。私、ちゃんとした夜会なんて初めてだわ。あっ、一応ダンスは習ったから大丈夫よ」


クロエはチラッとルカを見たが、ルカは正面を向いたままクロエと視線を合わすことなく答えた。


「クロエ、初めてのエスコートだからドレスは俺から送る。まあ、うちの親がかなり口出ししそうだけどな」


(ルカは私と視線を合わせるのを避けてるわね……。なんか、ちょっとムカついてきたわ)


「レイラ叔母様のセンスなら安心ね。楽しみにしてるね」クロエは作り笑いでルカに答えたが、2人の様子を見ていたロアは、「この二人拗れてるな~」とシュークリームを食べながら黙って見ていた。


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