第8話 ヴァンパイア国への旅立ち

 クロエは7歳になった。


ブラウン辺境伯領は、クロエの前世の知識を基にどんどん開発が進み、辺境伯領の食糧事情や騎士団・魔術師団の兵力や技術の向上、そして領内では前世の料理が平民にも広まり、この2年間で領民の生活はどんどん豊かになっていった。そしてあっという間に、クロエがヴァンパイア国へ闇魔法の修行に出発する日を迎えた。


「クロエ、忘れ物はないか?」辺境伯は眉尻を下げながら、少し寂しそうな顔でクロエの頭を撫でた。


辺境伯夫人のレーナは、涙をこぼさないように気丈に振舞っていたが、目は真っ赤に腫れて泣いた跡が残っていた。


「クロエ、転移の魔道具を渡しておくわ。何かあった時にはこれで辺境伯領に戻ってきなさい。転移にはかなりの魔力が必要になるから、その時はこの魔石に込めた魔力を使うのよ」


辺境伯夫人は、自分の魔力を込めた魔石と魔道具を1本のチェーンに通し、首から下げられるような可愛らしいネックレスにしてクロエの首にかけてくれた。


「お父様、お母様、ありがとうございます。頑張って、闇魔法マスターしてきますね」


ダンとロイは、クロエに抱きつきながら、二人とも大泣きしていた。


「クロエ~~~!クロエがいないとムリ~!」ダンは大泣きしながら地団駄を踏み、ロイは「俺も一緒に行けばいいんじゃないか?……ブツブツ」と言いながら大泣きしていた。


「貴方たち、クロエのお兄さんなんだから、もっとしっかり見送ってあげなさい!ダンも来年から王都の学院に行くんでしょ。ロイもブツブツ言ってないで!クロエが帰ってくるまでに大作の魔道具完成させるんでしょ。笑顔で送り出してあげなさい!」


「ダン兄様、ロイ兄様。私、ヴァンパイア国で修行して、パワーアップしたクロエになってきますので、楽しみに待っててください!それでは、行ってまいります」


((クロエ、お前、強いなぁ!兄様も頑張るよ~!))


辺境伯城の門を出てみんなが見えなくなると、クロエは馬車の中で一人で大泣きしていた。 (私、絶対に闇魔法マスターして帰ってくるわ!)



半日ほど結界の張った馬車に揺られ、ようやくヴァンパイア国との国境が見えてきた。国境の検問を越えてヴァンパイア国に入ると、シルバーズ侯爵が直々に迎えに来てくれていた。


「クロエか?ようやく会えたな!よくヴァンパイア国に来る決心をしてくれた。歓迎するぞ」


「シルバーズ侯爵様ですか!ブラウン辺境伯のクロエと申します。この度は魔術の指南役を引受けて頂きありがとうございます。お世話になります」


クロエは、体幹が整った綺麗なカーテシーでお辞儀をした。


「クロエ、堅苦しい挨拶はいらんぞ。儂はクロエのおじい様だからな。気楽にしなさい」


「おじい様ですか……。嬉しいです。ヴァンパイア国にも私の家族がいるんですね」


「あぁ。儂の可愛い娘シエラの子だからな。クロエは儂の大事な孫だ。クロエには何人たりとも指の一本も触れさせん。安心して過ごしなさい」


「はい、おじい様!ありがとうございます」


シルバーズ侯爵とクロエは、国境から侯爵邸まで馬車を使わずに、侯爵の転移魔術で一瞬にして移動した。


「おじい様!魔道具も使わずに転移ですか!」


「クロエの魔力量ならば、魔道具を使わなくても転移できるようになるわい。修行、楽しみじゃの!」


二人は玄関ホールに入ると、次期侯爵夫妻、そして執事とメイド達が綺麗に並んで迎えてくれた。


シルバーズ侯爵は、「シエラの娘のクロエだ」と笑顔でみんなに紹介してくれた。


「ヒューマン国から参りましたクロエ・ブラウンと申します。お世話になります」と綺麗なカーテシーで挨拶をした。


「君がシエラの……。私がシエラの義兄のルイだ。そして私の妻のレイラだ」


レイラは涙を浮かべながらクロエの手を取ると、目線の高さを合わせるように膝を折った。「シエラの目の色と一緒ね。ルビーのような綺麗な紅い色。私はシエラの親友だったの。ここは自分の家と思って過ごしてね。今度一緒にお茶しましょうね」


「シエラお母様の親友……。嬉しいです。お母様のお話、たくさん聞かせてください」クロエはこぼれそうな涙をこらえながら、笑顔で答えた。


シルバーズ侯爵は暖かいまなざしで2人を見ていたが、「到着したばかりで申し訳ないが、皆に話がある」と厳しい表情に変えて執事にお茶の準備をするように指示した。



談話室に案内され、クロエと次期侯爵夫妻がソファに座ると、ドアをノックして背の高い銀髪の男の子が部屋に入ってきた。


「お爺様、御呼びでしょうか。あっ……」


「訓練中にすまんの。ヒューマン国からクロエが到着したのだ。クロエ、これが儂の孫のルカだ。もう一人孫がいるんじゃが、ちょっと用事で遠方に行っておる」


クロエは立ち上がり「クロエ・ブラウンと申します」とスカートをつまんで軽くお辞儀をした。


「あっ、僕はルカ・シルバーズです。よろしく」


シルバーズ侯爵はニタリと笑いながら、ルカをクロエの隣に座らせた。


「実はな、予定より少し早いが、シルバーズ侯爵位をルイに譲ろうと思う。そして儂は隠居して、クロエとルカを連れて3年ほど領地の山に籠る」


「父上、以前お話頂いていたことを実行に移すということでしょうか?」


「そうじゃ。ここのところ、敵の動きがうるさくなってきているからな。少し予定を早めて、クロエとルカを連れて身を隠す」


「わかりました。いつ出発されますか?」ルイは驚きもせず、冷静に淡々と今後のスケジュールを整理しているようだった。


「クロエがヴァンパイア国に入ったことは、やつらも知っているだろう。明日にでも転移で移動しようと思う。早い方がいいからな。ルカ、準備は出来ているな?」


「はい。いつでも出発できます」


クロエは話の展開についていけず、どういうこと?と首を傾げたままだった。


「クロエ、詳しい話は明日移動してからするから、今日はレイラからシエラの話を聞かせてもらったらどうじゃ?」と、シルバーズ侯爵はクロエに優しく微笑んだ。


 * * *


クロエとレイラは、綺麗に手入れされている庭園のガゼボでお茶をすることにした。


「クロエちゃん、到着早々にバタバタして落ち着かなくてごめんなさいね。クロエちゃんに安心して魔術の訓練を受けてもらえるように、みんなで色々と計画を立てていたのよ。ヴァンパイア国に慣れるまでは本邸でゆっくり過ごしてもらう予定だったんだけど、ちょっと周囲がざわついているみたいだから、計画を早めることになったみたい。領地の山中にある別邸も訓練にはとてもいいところだし、景色も綺麗で過ごしやすいところよ」


「シルバーズ侯爵家のみなさんにご迷惑をお掛けしてますね……。申し訳ありません……」


「何言ってるのよ~。家族なんだから。クロエちゃんはおじい様の孫で、私の親友の娘よ。頼って、甘えていいの。もしかして……、クロエちゃんは、甘えたり頼ったりするのが苦手?」


クロエは、前世でも人に頼ったり甘えたりするのが苦手だった。今世では辺境伯のみんなが上手に甘やかしてくれていたが、クロエが自ら我儘をいうことは一切なかった。


「私……、確かに苦手かもしれません。人に頼って甘えて、迷惑をかけてしまうんじゃないかと思うと……」


「シエラもそうだった。だけど、頼ったり甘えてもらえたら、ちょっと嬉しいなって思う時ない?信頼してもらえてるんだなって。まあ、人を上手く利用しようとするようなヤツは別だけどね。クロエちゃんは、シエラに似てるわ。容姿も性格も……」


「シエラお母様はどういう方だったんでしょうか?」


「シエラはね……」


クロエとレイラは、夕食の準備が出来たと執事が呼びに来るまで、楽しくシエラの思い出話で盛り上がった。

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