第3話 魔力鑑定

 夕食後、辺境伯夫妻はすぐに執務室に向かい、クロエについて話し合いをはじめた。


「レーナ、どうやらクロエは闇と光の魔力を持っているようだな」


「そうね……。マックスは風と光の魔力をもっていたから……。でも魔力の発現が早すぎるわね。普通は5歳になって教会で鑑定と魔力開眼の儀式を受けてから体内の魔力を動かすことを覚えるんだけど、すでに魔力は発現して魔法を使用してしまえているわ。何かあった時に魔力が暴走してしまったら大変なことになるわ……」


「少し早いが、教会で鑑定と魔力開眼の儀式をしてもらおうか?」ジョンは腕組みをしながら大きくため息をついた。


「魔力が発現しているのに、開眼の儀式は必要なのかしら?」レーナは心配そうな顔で呟いた。


「それについては、神官長に相談だな……」


* * *


庭で早朝の鍛錬をしていたダンとロイとクロエのもとへ辺境伯がやってきた。


「おはよう!頑張ってるな!おっ、クロエも鍛錬しているのか?」


「「「父上、おはようございます!(おはようございましゅ!)」」」


「クロエも母様みたいに強くなりたいから、剣や体術を教えてくれって俺たちにお願いしてきたんだ」


「はい、お兄しゃま!クロエはお母しゃまのように強くてかっこいいレディになりたいのでしゅ!」


辺境伯は兄妹が仲良く鍛錬している姿が微笑ましく、クロエの頭をクシャクシャと撫でた。


「そうか!よし、わかった。しかし無理はしないようにな。そうだ、クロエ、今日は教会に魔力鑑定をしに行くぞ」


「まりょくかんていでしゅか?はい!準備いたしましゅ!」




辺境伯夫妻とクロエは、揺れの少ない立派な黒塗りの馬車に乗り、領内で一番大きい教会へクロエの魔力鑑定をするために向かった。教会の入り口に入ると神官長達が並んで出迎えてくれていた。


「辺境伯御夫妻様、ご無沙汰しております」


「神官長、久しぶりだな。なかなか顔を出せずにすまない」


「いえいえ、辺境伯様はお忙しい御身。辺境伯様みずから魔獣討伐をしてくださり領内の平和を守ってくださっております。皆、辺境伯様に感謝しております」


神官長は、皺をたくさん刻んだ目尻を下げ、にっこりと微笑みながら頭を深々と下げた。


辺境伯夫妻とクロエが応接室に案内されてソファに座ると、若い神官が魔力鑑定の道具の水晶玉と魔力測定器を持って部屋に入ってきた。


「先に頂いた魔信書には、クロエ様の魔力鑑定と魔力開眼の儀式の依頼とありましたが……。クロエ様はまだ3歳でいらっしゃいますよね?もう魔力鑑定をされるのですか?」


神官長は白いあご髭をなでながら、優しい瞳でクロエを見つめた。


「実は、クロエはすでに魔力が発現している。今のところ初級魔法の闇と光を使用できるぐらいだが……。それで神官長に相談にきたんだ」


神官長は少し考える様子をみせた後、クロエに話しかけた。


「クロエ様は、魔法を使った後に疲れたり眠くなったりはしませんかの?」


「はい、まったくつかれましぇん!むしろスッキリしましゅ!」


「ふむ……」神官長はクロエの眼球をじっと観察した後、眉を顰めながらゆっくりと辺境伯に向きなおった。


「辺境伯様、クロエ様はすぐにでも魔力制御の訓練をした方がいいかもしれません。通常は魔力開眼の儀式をした後に眼球に魔力が現れるのですが、クロエ様はすでに表れております。それもかなり強い魔力をお持ちのようですが、完全に開眼はしておりません。魔力が漏れ出しているような状態です」


「えっ!魔力が漏れ出す⁉︎」辺境伯夫人は驚いて声を上げてしまった。


「魔力開眼していないのに魔力が漏れだしているなんて……」辺境伯夫人は心配そうにクロエをぎゅっと抱きしめた。


「神官長、魔力鑑定と開眼の儀式をたのめるか?」辺境伯は動揺することなく、神官長の顔を見て言った。


「畏まりました。早速、鑑定いたしましょう。クロエ様、この水晶玉の上に手をのせていただけますかな」


クロエの頭サイズぐらいの大きい水晶玉は窓からの光を反射してキラキラと光っていた。


「きれいな水晶玉!神官長様、よろしくおねがいしましゅ!」


クロエはそっと水晶玉の上に手をのせた。


手を乗せてしばらくすると、水晶玉の中に黒い雲のようなものが渦巻き、次第に水晶玉の中心から白くキラキラした光が湧き出してきた。その黒い雲と白い光がマーブル模様のようにキラキラしなが水晶玉の中をグルグルと渦巻いた。


「属性は闇と光ですかな……」と神官長が言いかけた瞬間、水晶玉の中心に鉛玉のような真っ黒な球体が現れ、黒と白のマーブルが吸込まれていった。そして水晶玉全体が真っ黒な鉛玉のような色に染まった。


「「「はっ?」」」


「し、神官長。これはどういうことなんだろうか?」


「いや、儂も初めてのことで。闇と光を呑み込むとは……。はっ!もしかしてこれは……。まさか暗黒……?」


「神官長、属性に暗黒なんてあるんでしょうか?私は今まで王国魔術師団にいましたが、暗黒魔法なんて聞いたのは初めてですわ……」


「実はのぉ、昔、儂が神官見習いをしていた時に、神殿の禁書庫にこっそり忍び込んで禁書を読み漁っていた時期があったのじゃが、あっ、若気の至りじゃからの。その時に読んだ古い書物に書かれていたことを思いだしたんじゃ。詳しくは覚えていないのじゃが、暗黒魔法は全ての物を無にする魔法であると書いてあった」


「すべてものを無にする……」レーナは真っ黒に染まった水晶玉を呆然と見ながら呟いた。


「この国では、このような属性を持つ者はいないはずじゃ」 (辺境伯夫人の遠縁の子ということじゃったが……)


辺境伯は腕を組み、少し思案したあと、神官長に告げた。


「神官長、この属性のことは内密にお願いします。国への属性申告は闇と光のみと申告していただけますか。そして属性の申告はクロエが5歳になった年にするように」


「承知いたしました。クロエ様の身を守るためにもそうする方がいいですな。ここで見聞きした者たちにも内密にするように伝えましょう。クロエ様が5歳になったら、国に闇と光属性を申告するようにいたします」


魔力開眼の儀式をした後に魔力量の測定をしたが、測定器の針が振り切り、測定は不可能だった。




帰りの馬車の中、辺境伯は馬車内に防音の結界を張り、クロエに向かって優しく告げた。


「クロエ。実は今までクロエには伝えていなかったんだが、私達はクロエの本当の両親ではないんだ。クロエは生まれてすぐに実母と思われる女性に抱えられ、辺境伯城に転移してきたんだ。どこから転移してきたのかは、まだ分かっていないのだが」


「えっ……」クロエは大きく目を見開いて辺境伯夫妻を見た。


「その女性は転移してきてすぐに亡くなってしまったんだが、その女性の持ち物にレーナの弟マックスの魔力が残っていてな……。まだクロエの実父がマックスかどうかは確定していなが、その可能性が高いんだ」


クロエは、自分が辺境伯夫妻の実子でなかったことにショックを受け、俯きながら「……はい」と小さな声で返事をした。


レーナは、呆然としているクロエをぎゅっと抱きしめ、クロエの頭を撫でながら優しく言った。


「クロエ、今まで内緒にしていてごめんなさいね。だけど、貴方は私たちの愛しい娘。今まで通り貴方はブラウン辺境伯の大事な娘なの。何も心配することはないわ。クロエは私たちの愛しい大事な娘よ」


「お父しゃま、お母しゃま……。ありがとうございましゅ……」


クロエは大泣きしながら辺境伯夫人に抱き着き、そのまま気を失ってしまった。


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