最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san

第1話 転移

 しんしんと雪が降り積もる寒い夜、辺境伯夫妻とその息子二人は教会からの帰途についていた。馬車が城の門前に差し掛かると、突然ガタンと大きく揺れて馬車が止まった。


「ヒヒーン!」


「どうした!何があった!」


「旦那様!門の前に、赤ん坊を抱いた血だらけの女性が突然現れて!」


突然、馬車の前に現れた女性は肩から腰まで斬られ血を流しており、そして赤ん坊を抱いたままドサッと地面に倒れた。辺境伯夫妻と息子二人は馬車のドアを開けるとすぐに飛び降りて倒れている女性に駆け寄り、辺境伯夫人は赤ん坊を抱きあげて意識を失ったままの女性に大きな声で声をかけた。


「赤ちゃんは無事よ!貴方も頑張って!」しかし、血に濡れた女性の脈を測ったが息は殆どない。


「脈が弱いわね……この赤ん坊も生まれてまだ間もないわ。すぐに屋敷の中へ!」辺境伯夫人は、護衛のダリルに赤子を渡すと、すぐに女性に治癒魔法をかけた。

 

「ダン、執事にすぐに客室の手配をしろと伝えてくれ!」


「父様!わかった!」心配そうに見ていた辺境伯夫妻の息子達2人は城へ全速力で駆けていった。


辺境伯は倒れていた女性を抱き上げると、城の中へと急いだ。すぐに医者を呼び、辺境伯夫人のレーナも治癒魔法をかけて一晩中側に付き添っていたが、赤ん坊を抱いていた女性は治癒魔法をかけても意識を取り戻すことはなく、そのまま息をひきとった。そしてその女性は、ブラウン辺境伯の兵士やその家族が眠る墓地へ埋葬されることとなった。


* * *


 ヒューマン国の北に位置するブラウン辺境伯領は北に魔国、西にヴァンパイア国、東をビースト国と接し、国土の4分の1を占める広大な領土である。しかし領土は広いがほぼ3分の2の面積を魔の森が占めており、常に魔獣が襲ってくる危険な土地であった。そのためブラウン辺境伯の騎士団は、強靭な兵士たちが揃う猛者集団であった。辺境伯夫人も過去に王国魔術師団副師団長を務めていた経歴があり、現在は辺境伯魔術師団の師団長を務めている。


転移してきた身元不明の女性の葬儀が終わり、辺境伯夫妻は執務室で女性が抱いていた赤子について話し合っていた。


「レーナ、亡くなった女性の身元は分かりそうか?黒髪に紅い目。この国ではあまり見かけない容姿だったが……」


「身元が分かりそうなものはネックレスだけだったわ。首にかけられていた2つのネックレスだけど、片方は転移用の魔道具だったの」


レーナは手に持っていた2つのネックレスを執務机の上に置いた。


「魔道具か。どこから転移してきたか、魔力の残像では読めないのか?」


「ええ。どこから転移してきたかはわからない。でも、その魔道具に僅かだけど残っていた魔力あって……、それが私の弟のものだったの」


「レーナの弟?マックス殿は行方が分からなくなっていたんじゃなかったか?」


レーナはソファに座ると、じっと執務机の上にあるネックレスを見つめた。


「そうなの……。マックスは魔道具研究のためにヴァンパイア国の魔具研究所で仕事をしていたんだけど、1年前から音信不通になってる。でも、もしこの魔道具がマックスの作ったものだとしたら、緊急の転移先に私のいる辺境伯城が印してあったのも頷けるわ」


ジョンは腕を組み、思案しながらレーナを見て言った。


「レーナ、あの女性と赤ん坊はマックス殿に関わる者ってことか?」


「その可能性はあるわね。そしてもう1つのネックレスなんだけど、ネックレスの魔石には闇の魔力が込めてあったわ。そして裏側には見たこともない魔法陣のような模様が刻印されていたの……」


辺境伯は、魔石の付いたネックレスを手に取り裏返してみると、そこには複雑な模様が彫られていた。


「身なりからして、高位貴族だと思われるが……」


レーナは俯いてじっと考えていたが、決心した表情でジョンを見つめた。


「ジョン、あの赤ん坊の女の子、遠縁の子を養子にしたことにして私たちの娘として育てることはできないかしら。もしかしたらマックスの子供かもしれないと思うと……」


「あぁ、私もそう考えていたところだ。ダンもロイも妹が出来て喜ぶだろう。赤ん坊のお包みには、クロエと名前が刺繍されていたな?」


「えぇ。可愛らしい名前ね。マックスが付けた名前かもしれないわね……。ジョン、ありがとう。兄様にもマックスのことを聞いてみるわ。兄様、ずっと心配していたから」


「そうだな。コーナー侯爵にもクロエの事を伝えて、今後の事も相談してみたほうがいいかもしれんな」


* * *


辺境伯夫妻の息子のダンとロイは、ベビーベッドに寝ている赤ん坊をジーッと眺めていた。

 

「ロイ、この子の名前、クロエっていうんだって。紅い目がキラキラしてて可愛いなぁ」


「うん。ずーっと見てられるぐらい可愛い……」


「俺たちの妹になるんだって、母上が言ってた」


ダンとロイがクロエを覗き込んでいると、クロエが2人を見てニコニコと笑った。


((うっ……!天使の微笑み‼︎))


2人は自分達の妹になった女の子の天使の微笑みにハートを撃ち抜かれ、ベビーベッドの横でウゴウゴと悶えていた。

 


 次の日、辺境伯夫人のレーナは、実家の兄のコーナー侯爵へクロエの事を伝えるために手紙を綴っていた。


コーナー侯爵領は、ブラウン辺境伯の隣に位置する領で、昔から仲も良く協力し合いながら領の発展に努めてきた間柄であった。辺境伯夫妻のジョンとレーナも小さい時からの幼馴染で、レーナは小さい頃からブラウン辺境伯の騎士団や魔術師団の訓練に兄のようなジョンと一緒に参加し二人で切磋琢磨していた。ジョンは一人っ子だったため、レーナには妹のように接していたが、魔獣討伐でジョンが命を落としそうになった時に王国魔術師団で従事していたレーナが駆けつけ、レーナの光魔法でジョンは一命を取り留めた。その際にジョンとレーナはお互いの気持ちに気が付き、そしてジョンはレーナに跪き熱烈なプロポーズして2人は結婚した。


コーナー侯爵が執務室で仕事をしていると、急に手元が光り、妹からの魔信書が届いた。


「久しぶりにレーナからの手紙か。……はっ? ……マックスの子供かもしれないだと!」


レーナの手紙には、マックスの子供かもしれない赤ん坊を抱いた女性が辺境伯城に現れたが、その女性は傷が深く意識を取り戻す間もなく亡くなってしまったこと、そして赤ん坊を辺境伯夫妻の養女として育てることにしたことなどが綴られていた。


手紙を読み終えたコーナー侯爵は、椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げながら大きくため息をついた。コーナー侯爵とレーナの弟のマックスは5年前から魔道具技術が発展しているヴァンパイア国の魔具研究所に赴いていた。コーナー侯爵は弟マックスの事情は把握していたが、他言できる内容ではないため妹のレーナにはマックスは音信不通だとしか伝えていなかった。


「あいつは……。マックス達に何があったんだ……?」


コーナー侯爵は、執事を呼びヴァンパイア国のシルバーズ侯爵へ面会依頼の手紙を魔信書で送るように指示した。


「あの方なら、この成り行きをご存じかもしれん……」

 

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