6

 その直後、すれ違うように魔力で触手を切り裂こうとするシャドリス。隙間からは紫色の光が溢れんばかりに漏れ出す。

 しかしそれもほんの一瞬の出来事で、鎮火させられるように魔力はすぐさま身を顰めた。


「覚悟しろ魔王!」


 自分を奮い立たせるような声の後、勇者は地を蹴り聖剣を構えたままテネヴィスへと立ち向かった。

 一方、テネヴィスは横目でシャドリスを確認しながら彼女の一歩前へ出た。同時に軽く上げた片手に纏い始める魔力。そして黯い靄のように手を包み込んだ魔力は、掌の上空に何かを形成し始める。

 だがそれが形になる前にその魔力は蒸発するように消えていった。それを目だけ動かし確認したテネヴィスはすぐに視線を正面へ。

 勇者は彼を間合いに捉えた。


「魔王様!」


 シャドリスの声が上がり――勇者が聖剣を振るう。

 ほぼ同時にテネヴィスはその一振りを躱しながら勇者を跳び越え、大きく距離を離した場所へ着地した。一撃が空振りに終わった勇者はゆっくりと聖剣を下げながら振り返りテネヴィスと視線を交える。

 すると勇者は剣先を傍で身動きの取れないシャドリスへと向けた。


「どうせお前は仲間を見捨てるのも訳無いんだろ?」

「魔族とはいえ、抗う事の出来ない者を勇者のお前に斬れるのか?」


 好きにしろ、と言わんばかりのテネヴィスは悠々とした様子でその場から動こうとはしなかった。そんな魔王へ力強い眼差しを向け続ける勇者。その手には軋む程に力が込められていった。

 だがそんな力が一気に抜けるように聖剣は顔を逸らした。


「お前さえ倒せれば世界は――みんなの平和な生活は戻って来る。俺はお前のように無駄に命は奪わない」

「やはりどの世界も勇者というのは甘いのか」

「だけどお前だけは――」


 言葉の後、聖剣を握る手にはその想いを代弁するように力が籠められた。

 そして勇者は再び聖剣を構えると、


「魔王!」


 声を上げながら地を蹴り飛ばした。

 勇者が迫る中、テネヴィスは自身の周りに黯い小さな球体を数個だけ生み出し順に放ち始める。しかしそれは一振り、二振り、数と同じ分だけであっさりと斬り消され羽虫が如く何の効果も発揮出来なかった。

 その間に接近した勇者は力強く地を蹴り飛ばし、残りを一歩で詰める。そして顔横で構えた聖剣を突き出した。真っ直ぐ睨み付けながら剣先はテネヴィスへと襲い掛かる。それに対し右掌へ楕円形の半円を描き魔力を集めたテネヴィス。

 そして割り込ませるように聖剣を迎え撃つ。剣先とぶつかり合うと火花を散らしそのまま鍔迫り合い状態――かと思われたが、ほんの数秒止めただけで聖剣は魔力を打ち破った。軌道を逸らすだけで勢いすら変わらない。

 テネヴィスは僅かに眉を顰め、聖剣は彼の腕を掠めた。

 遅れながら更に退くテネヴィス。その腕には掠り傷よりは深く傷が刻まれ、ドロリと鮮血を吐き出していた。直後、彼は一旦距離を取りまずは負傷した腕を確かめる。壊れた蛇口のように血は流れ続けているが、握ったり開いたりと動きに問題はない。

 すると自身の腕へ視線を逸らしたその一瞬の間を逃さず、勇者はテネヴィスの眼前へ。紙一重の反射により一振り目は躱したものの、勇者は更に踏み込んだ。その威風凛々とした様子で魔王へと立ち向かう姿は正しく勇者の名に相応しき戦いぶりだった。

 その向かいで防戦一方の魔王。避けては躱し、魔力を小さく固めては聖剣の軌道を逸らす。枯渇寸前の魔力を絞るようになんとか戦うテネヴィスは、この状況を打開する策を考え続けていた。しかし何も知らない勇者からすれば、それは背後に刃を忍ばせた不気味さを醸し出していたのかもしれない。最後の一歩は踏み切らずどこか慎重さが反撃の一打に備えていた。

 それも相俟ってなのか、ハッキリと分かれ微動だにすることのない攻防。


「(魔力が足りな過ぎる)」


 勇者の横一閃を既所で先に上半身を反らせ地を蹴り躱したテネヴィス。だがそれはギリギリまで引き付け故意的な間一発だった。

 聖剣が眼前を通り過ぎるとテネヴィスの足元には、針のように尖鋭な魔力の結晶が数本、空中に装填されていた。これまでとは違ったしかもリスクのある行動かつ足元という死角。テネヴィスは不意打ちを狙っていた。

 そして勇者が視線だけで足元を確認したのと同時に発射。喉元を目掛けるそれは更に体内へと入り込み内側から攻撃を仕掛ける事で足りない力を補うという目論みもあった。

 だが目視から一秒も満たない内に聖剣を逆さに持ち替えながら透かさず距離を取る為ブレーキと共に地を蹴る勇者。やはりと言うように全てが迅速でそこには一抹ほどの喫驚すら無い。

 それに加え、勇者はテネヴィスから離れつつも光を纏った聖剣を振り上げ襲い掛かる魔力を斬り砕いた。更にそのまま空目掛け三日月を描く聖剣は、流れるままテネヴィスへと斬り掛かる。

 勇者が反応を見せたかと思えば、聖剣は下から上へ斬り上げられ空中へ鮮血の尾を引いた。


「魔王様!」


 身動きの取れない自身の側に着地したテネヴィスへ思わずと行った様子で声を上げるシャドリス。その眼差しの先で、彼は上半身を横断する赤線に手を触れさせていた。そして指先に付着した血へ向ける他人事のような表情。

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