第25話 柏家の因習 4

 透子は山西留美を青年団に預けた。

 それから青年団のリーダーである与一は透子に頼まれた通りに柏家の周囲の山を捜索することにした。

 失踪した伊月マヤを含むメンバーが発見できる可能性があるという名目だ。

 念のため、彼らには鼻が効くユタローがついている。


 柏家の屋敷は透子をして、近づいてはいけないと言わしめる場所だ。

 廃墟などに霊が集まるのは当然だが、柏家の場合は事情が違う。

 透子が遠くから屋敷を見ただけでわかるほど、未だ呪いの力が残っていた。

 それと同時にこれほどの呪いを生み出す人の業に呆れ返っている。


(うわぁ……)


 柏家の門の前に立った透子はげんなりした。

 数百年に渡って留まり続ける呪いだけあって、素人のそれではない。

 高度な知識と霊力によってもたらされた極めて高度で悪質な呪いだ。


「透子ちゃん、なんか怖いよ……」

「サヨちゃんと同じくらい強いのがいるかもね」

「えぇーーー! やだぁ!」

「私も嫌だよ」


 透子が嫌なのは霊の強さ云々ではない。

 透子としては霊を浄霊するだけなら造作もなかった。

 ただし彼女は極力それを実行したくない。


 ホームセンターの霊のように、地縛霊として留まっているだけなら放っておいてやりたかった。

 そこは霊の居場所であり、人間が踏み荒らしていいところではない。

 言ってしまえば人の家に土足で上がり込んで騒ぐようなものだ。


――ここは静かでいいな


――そう?


――だって誰も意地悪する人いないもん


――透子ちゃんさえよかったら、いつでも来てもいいのよ


 透子の中でかつての記憶がうずく。

 それは思い出すだけで温かくなり、悲しくもなる。

 同時に激しい憎悪が沸き立つほど、霊力の抑えが利かなくなる。


 門の前にある林の木々が突風に吹かれたように葉を散らす。

 それが透子の怒りだと察知したサヨは慌てふためいて、透子に抱き着いた。


「と、透子ちゃん。怒ってるの?」

「ごめん。行こう」


 サヨはホッとしつつも透子の手を握った。

 自分にできることがこのくらいしかないと思い、離さない。

 透子の中にあるのは過去の怒りと、心霊スポットと称して霊の居場所を踏み荒らした人間への怒りだ。


 ユタローがいた家の霊のような救いようのない悪霊であれば後腐れはない。

 今回がそうであるか、透子には確証が持てなかった。

 吹き溜まっている呪いの質からして、一概に何が悪と決められずにいる。


 屋敷の中に入った透子は埃を吸いながらも探索を開始した。

 破れて外れかかった障子の奥に足を踏み入れて、押し入れなども確認する。


「うわぁ、この布団の黄色い染みっておしっこじゃない?」

「余計なものはいいの」


 サヨが着物の裾で鼻を覆っている。

 透子が部屋を一つずつ探索していくと書斎を見つけた。

 柏家の当主か誰かの仕事部屋だろうと思い、透子は本を手に取った。


 大半が昔に発行された経済本などで、参考になるようなものはない。

 本棚にはそれなりの本が収納されており、透子はすべて調べるのが億劫になってきた。

 その中に一冊の古びたノートが挟まっている。


「これって日記?」

「なんて書いてあるの?」


 よれよれになったノートをめくると、文字は筆で綴られていた。

 古めかしい文字ばかりで判読が困難であるものの、透子はおおよその事情を読み取る。

 特に目を惹いたのが退魔師、一族繁栄、生贄のワードだ。


 そこから推測した透子の予想はこれだ。

 柏家は米屋として生計を立てていたものの、次第に商売が傾いてしまう。

 様々な伝手を頼って立て直しを試みたが努力の甲斐なく柏家存続の危機に陥ってしまった。


 そんなある日、柏家に一人の退魔師が訪ねてくる。

 退魔師は柏家に対して助言をした。

 それは10歳になった一族の末っ子を生贄に捧げるというものだ。

 

 10歳の子どもを蔵に閉じ込めて儀式をすることで一族は繁栄を続けられる。

 当時の当主は非道にもそれを実行してしまった。

 こうして幼い犠牲を払って一族は長く栄えることになる。


「と、ここまでが日記から読み取れる柏家の歴史だね。日記自体はもう少し後の時代の当主が書いてる」

「い、生贄ってぇ……」


 透子が日記に書かれている様子を察した限りでは、当時の当主は大変喜んでいる。

 しかし透子に言わせればこれは呪いだ。

 生贄の儀式によって一族の繁栄が約束されるということは、裏を返せばそうしないと滅ぶということ。


 人の命を犠牲にし続けることを強いるのが呪いでなければ何だと言うのか。

 透子は歯ぎしりをして、日記の続きを読み進めた。

 日記はしばらく日常の出来事が綴られていたがある日を境に一変する。


「ここから柏家は再び傾いていく。生贄の儀式を続けているのに、だって。ふーん……」

「バチが当たったんだよ!」


 透子もサヨと同じ意見を持ったが、次第にそれは思い違いだとわかる。

 読み進めた日記によって当主の妻が浮気をしていたと発覚した。

 相手は屋敷で働いている使用人の若い男で、その人物に対する恨み言が綴られている。


 二人は昔から恋仲だったが、身分の違いのせいで結ばれることはなかった。

 やがて娘は柏家に嫁ぐことになり、妻となる。

 屋敷で働いていた使用人の男は自分が恋した娘が嫁いでくる様を見せつけられる形となった。


 しかし男はあくまで屋敷の使用人。

 娘と当主の結婚を見届けるしかなかった。


 これにより、使用人の男と妻となった娘の距離が物理的な意味で縮まる。

 何せ二人とも同じ屋敷にいる身、使用人の男と妻となった娘が深い関係になるのもそう時間はかからない。

 そう、結婚した後も娘が愛しているのは使用人の男だった。


「わぁ、もう後はほとんど罵詈雑言だよ」

「なんて書いてあるの?」


 サヨは文字が読めない。

 実は合間を見て透子が現代の文字を教えているところだが、まだ習熟には至らなかった。

 当然そこに書かれている売女だの淫乱といった文字は読めない。

 今はそれが功を成したと透子は胸を撫でおろす。


 日記の中で当主はあえて泳がせていた妻に詰め寄った。

 妻は最初こそ認めなかったが激しい折檻ののち、白状する。

 怒りに身を任せた当主は使用人の男を連れてきて思いつく限りの拷問をした。


 妻と使用人の男は泣いて許しを乞うが、当主の怒りは収まらない。

 柏家が傾いたのは生贄に捧げた子どもが自分の子どもではなかったせいだと気づいたからだ。

 生贄はあくまで柏家の両親から生まれた子どもでなければいけない。


「当主は妻と使用人の男を蔵に閉じ込めた。当時は冬でとても防寒具なしでしのげる寒さじゃなかったから……」

「ひどい……!」


 妻と使用人の男は蔵の中で凍死した。

 二人は抱き合ったままの姿だったという。

 それからというもの、柏家でおかしなことが起こるようになる。


 薄暗い廊下で黒い影が目撃される。

 障子の向こうで子どもの声がしたと思って開くと誰もいない。

 屋敷の者達は怯えて再び退魔師を呼び寄せたが、除霊の際に血を吐いて死んでしまった。


 間もなくして屋敷内で花嫁姿の霊が目撃されるようになる。

 それを見た者は数日以内に死んだ。

 全員が夏だというのに凍死した姿で発見されている。

 これが死んだ妻の呪いだと恐れた当主は気が触れてしまい、やがて原因不明の病に冒される。


 日記の最後は文字とも判別がつかない何かが羅列されていた。

 唯一、透子がかろうじて読み取れたのは命乞いの言葉だった。


「なるほど、ね」


 透子は日記を閉じた。

 目をつむったまま、透子は自分が何をするべきか考える。

 その後ろで蠢くのは無数の影だった。


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すべてを知った怪異さん。


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