ある公爵令息の話

春野空

物語のはじまりはじまり

遠い遠い世界に、とある王国がありました。

その王国は周辺の国々より少しだけ大きく、少しだけ豊かな国でした。なぜなら、魔法が使えたからです。

魔法が使えるといっても、全員が使えるわけではありません。10人に1人くらいの割合で魔法が使える子どもが生まれてくるのです。それは平民も貴族も変わりません。しかし、平民と貴族では魔法の強さが違いました。例えば、平民の植物魔法の使い手なら触れた植物が少し元気になり成長が少し速くなる、といった程度ですが、貴族なら植物を操り攻撃することも可能、といった具合です。それでも貴族と平民は互いに手を取り合って豊かに暮らしていました。魔法の力は7歳までに発現すると言われています。発現したら親に言い、教会に登録をするのです。そうするとその魔法に合った教本を得ることができます。これは貴族も平民も変わりません。


さて、その王国にはルーンベルトという公爵家がありました。この国は爵位の低いものから騎士爵、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、王家のものが王にならずに独立したときの大公、そして王家という順でしたので、大公がいないこの世代ではルーンベルト公爵家が貴族の中では1番偉いと言っても過言ではありませんでした。ルーンベルト公爵家は代々水魔法の使い手が多く生まれており、水の公爵家として治水事業に多く携わり平民の支持を得ていました。


その第47代目ルーンベルト公爵には、1人の息子がおりました。アルフレッドという名のその子の母親は、その子を産むと同時に亡くなりました。公爵は深い悲しみを感じましたが、政略結婚の相手だった妻がいなくなって少しホッとしてしまった自分に苛立ちも感じていました。


そんな公爵は、アルフレッドが12歳になったある日、1人の美しい女性に出会います。その女性は貧しい男爵家の当主で、夫を亡くして4歳の息子を1人で育てていました。公爵はその女性に惹かれて、出会ってから半年たったある日、真摯な求婚をしました。女性は家格の差を理由に断りましたが、女性の母親が侯爵令嬢だったこともあり、公爵は諦めませんでした。そして求婚から半年後、息子も連れて行くことを条件に、ついに女性は公爵の求婚を受け入れたのです。


公爵はすぐにでも2人を公爵家に連れて行きたかったのですが、男爵家の2人に礼儀作法を身につけてもらってから連れて行くことに決めました。礼儀作法がなっていない公爵夫人は使用人に舐められ、彼女が傷つくかもしれないからです。そこで公爵は自分の息子の乳母であり公爵家の侍女長である女性を2人の教師役として派遣しました。


そして3ヶ月後、2人は公爵邸へとやってきました。女性は完璧な作法を披露し、公爵邸の皆に受け入れられました。


公爵の息子、アルフレッドも2人に歩み寄り、自ら屋敷を案内するなど積極的に親交を深めました。男爵から公爵夫人となった女性は公爵夫人の部屋で遺憾無く能力を発揮し、公爵邸をうまく治めていきました。社交界でも公爵夫妻の仲の良さは評判となり、公爵家は幸せに暮らしていました。しかし公爵夫人の連れ子は、家族での食事を拒否し、東の端の部屋に移り引き篭もり、教師陣を追い返すなど、公爵家に馴染むことを良しとしませんでした。公爵夫妻はいずれ歩み寄ってくれるだろうと考え、無理に距離を詰めることをしませんでした。


そして2人が公爵家に入ってから3年後、公爵夫妻に娘が生まれました。公爵邸は一層明るくなり、いつでも笑い声が聞こえてくるほどでした。


しかし、公爵夫人の連れ子だけは妹を受け入れませんでした。彼が一歳の妹を叩いているのを侍女長が目撃したのです。


公爵家の皆は嘆きました。なぜ仲良くできないのかと。公爵夫妻は悩みましたが、彼を離れの屋敷に移すことを決めました。この決断をした時、公爵夫人は泣いていました。なにか自分にできることがあったのではないかと自分を責めました。公爵はそんな妻を慰め、2人の仲はより一層よくなりました。


そして彼が離れに移ってから3年後、公爵夫妻の耳に驚くべき一報が届きます。彼が死んだと言うのです。


公爵夫妻と小公爵、公女は離れに駆けつけました。彼は寝台の上で遺言書を抱えて死んでいました。医者が死因は病であると診断しました。夫人は、なぜ病であると教えてくれなかったのだ、と息子の手を握って泣き崩れました。公爵はそんな妻を慰めていました。公女はよくわかっていないようでした。小公爵は遺言書を読もうと言いました。そして皆で遺言書を開けてみました。


するとそこには、おかしなことが書いてあったのです。

『私の死後、私の全てを王都西3-18-6に住むリックに譲る』

とだけ書かれていました。


公爵家の皆は首を傾げましたが、公爵夫人が、その子は男爵だった時に家によく来ていた近所の子だ、と言うので、とりあえずそのリックを呼びに侍従を走らせました。


そして公爵家の皆は後悔することになるのです。

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