彼女

煤元良蔵

彼女

「あれ?俺、どうしてここで寝てんだっけ?」

 

 眼前に広がる白い天井を見て紀本豹は戸惑った。どういう訳か、紀本は自宅アパートのトイレで体を丸めるようにして眠っていたからだ。

 紀本はゆっくりと立ち上がり、便器に腰を下ろし、昨日の出来事を思い出す。


「ええっと、確か……誰かにつけられてる気がするって高橋に相談するついでに一緒に飲んだんだっけ……で、相談の事なんて忘れて数軒居酒屋をはしごして……ああ、思い出せねぇ。俺、なんでトイレで寝てんだ?ってかどうやって帰ったんだ?高橋が送ってくれた?……聞いてみっか」


 記憶が飛ぶまで酒を飲んでいたにも関わらず、二日酔いになっていない紀本はポケットからスマホを取り出し、高橋に電話を掛ける。数コール後、聞き慣れた低音ボイスが電話口から聞こえてきた。


「おう、どうした?ってか、昨日はちゃんと帰れたか?」

「あ、ああ。今、起きたとこ。でさ、俺記憶なくて、昨日俺ってどうやって帰った?」

「あ?そんなんお前の彼女が迎えに来たんだよ。ってかさ、言えよな、彼女いるなら、これで俺の周りの奴ら全員彼女もちじゃねぇかよ。可愛らしい子だったよ。丁寧な口調…………」


 途中から紀本の耳に高橋の言葉が入ってこなかった。それもそうだろう。紀本には彼女などいない。彼女いない歴=年齢なのだ。にもかかわらず、ベロベロに酔った紀本の前に紀本の彼女を名乗る女性が現れた。


「……」 

 

 紀本の背筋に冷たい汗が伝った。その時になってようやく、紀本は扉の奥に人の気配を感じた。

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彼女 煤元良蔵 @arakimoto

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