一族再興のため断死夭へ ~この娘は妹ではなく俺の妻です~

でんりゅう

始まりの洞窟

少し昔に神部という村がありました。

その村は海に面して山も近く、海と山の間は3里あり平野が広がっていました。

周りは山に囲われているため他の村との交流はあまりありませんでした。

農業、漁業が盛んで、山の幸も豊富にあり誰も飢えることのない平和な村でした。隠田部おたべ一族が村の長を務め、狼を従えての狩猟は狙った獲物は逃さないと有名です。


点押ポチのことだぁ』

『そうだな』


時々村に訪れる商人や朝廷のお役人さんも皆親切で誰もがこのまま平和が続くのだと思っていました。

ある時、朝廷のお役人さんが言いました。

「このところ化生の類が増えてきておる。十分に注意されたし」

この化生とは大きな獣の事です。中には巨大な爬虫類等もいるらしく龍とも動乱諢ドラゴンとも言われる化け物のことです。動乱諢ドラゴンは西側大陸での呼び名で動乱を起こす程の冗談みたいな存在と言う意味だそうです。


ある日その時は来ました。

心無い人はそれを天罰と言い、ある人は地獄だと言い、鬼の仕業と言う人もいました。真相はわかりませんが、ただ一つ共通していることは悪いことが起こったということでした。

化生の大群が神部村に押し寄せてきたのです。


『怖い』

『大丈夫。紗蕾サラは俺が守るから』

『うん。お兄ちゃん』

『違うだろ』

『お父様?』

『わかって言ってるだろ』

『なんて呼べばいいの?』

『旦那様か、伴兵衛はんべえかなぁ』

『やだ。いいにくいもん。お兄様がいい!』

『おふぅ。兄様呼びもいいなぁ。仕方がない今だけだぞ』

『うん!』


隠田部おたべ一族を筆頭に化生との戦いが始まりました。

何日も何日も生きる戦いは続きました。

たくさんいた狼も残り数頭です。

村人も大勢殺されてしまいました。

戦えない子供や女性は隣村へ落ち延びたようです。

いよいよ、最後の戦いです。

勇敢な戦士達も傷つき、それでも村を守るために戦います。

多くの化生を葬りましたが、ついに出てきたのが動乱諢ドラゴンだったのです。

各一族の長は、それぞれの長男を隣村へ逃がすことにしました。

負けるつもりはない戦いでしたが、動乱諢ドラゴンはそれほど強い化生だったのです。

その中には隠田部おたべ一族の跡取り伴兵衛はんべえもいました。


『お兄様だ』

『くふっ』


総力を尽くし動乱諢ドラゴンに挑み、後継ぎたちも一丸となって村からの脱出を試みます。

でもまだ子供である後継ぎたちには化生の猛攻に耐えることができません。

ひとりまたひとりと脱落していきます。

あと少し、もう少しで化生の包囲網から逃れれるというところで、先ほどよりも一回り程小さい動乱諢ドラゴンが立ちはだかりました。

動乱諢ドラゴンは一匹ではなく番だったのです。

ずっと守られていた伴兵衛はんべえは思いました。

(皆もう限界だ。ここで皆喰われてしまう。なら一番体力が残っている自分が囮になるべきだ)

そこで伴兵衛はんべえ動乱諢ドラゴンに斬りかかりました。

伴兵衛はんべえが持たされた刀は隠田部おたべ一族に伝わる名刀です。

動乱諢ドラゴンを相手取ることができるのは伴兵衛はんべえしかいなかったのです。

動乱諢ドラゴンが咆哮を放ち皆が委縮してしまいます。

「皆の者! 逃げろ! 走れ! 命令だーー!!」

伴兵衛はんべえの気迫に負け、一人また一人と我に返り逃げ出します。

それに怒った動乱諢ドラゴンは伴兵衛に猛突進してきます。

足場も悪く、動乱諢ドラゴンが巨体だったため躱しきれず伴兵衛は谷底へと突き落とされてしまいました。

幸いなことに命は助かりましたが、伴兵衛の身体はボロボロです。

フラフラしながらも必死に生きようと身を隠す場所を探します。

その時、近くの草むらがガサガサと動きました。

(もうだめだ。今の状態では化生には勝てない)

諦めかけた伴兵衛に飛び掛かったのは狼でした。


点押ポチだ!』


それは伴兵衛がとても大切にしていた狼でした。身重の狼なため最初に隣村へ逃げる組と一緒に送り出したはずが、主人の危険を察知して現れたのです。

その狼に導かれるように伴兵衛は逃げます。

そしてある洞窟にたどり着きました。

(こんな大きな洞窟なんてあっただろうか?)

伴兵衛は疑問に思いましたが、今は休息が必要です。

伴兵衛は洞窟で身を休めることにしました。

その洞窟は不思議なことに化生を寄せ付けませんでした。

近くまで化生が来るのに、まるで入り口が見えないかのように去っていくのです。

「もしかして、これが断死夭ダンジョンなのか?」

以前にお役人から聞いたことがあったのです。

化生が蔓延るところに断死夭ダンジョンと呼ばれる迷宮が現れ、それを征服すると化生を滅することのできる力が得られると。

体を休めた伴兵衛は断死夭ダンジョンの奥へ進むことにしました。

断死夭ダンジョンは驚くほど広い不思議な空間でした。

明かりがなくとも洞窟内は明るく輝き、そには動植物が繁栄することのできる環境にあったのです。

断死夭ダンジョンの奥には下へと続く階段があり、その横には巨大な一本の大木がありました。


『おうちのことだね』


その樹の根元には、白いおくるみに包まれた玉のように可愛い赤子がすやすやと眠っていました。


『サラのことだ!』


家族を失い、心が疲れていた伴兵衛にとってその赤子は生きる希望のように見えたのです。

その時、点押ポチが産気付き二匹の狼の子を産みました。

一生懸命母親のお乳を飲む赤ちゃん狼に、玉のように可愛い赤子が手を伸ばします。

(もしかして狼のお乳が飲みたいのだろうか?)

そうして玉のように可愛い赤子は子狼と一緒にお乳を飲みすくすくと育ちました。

その女の子を紗蕾サライと名付けました。

大陸の言葉で王女という意味だそうです。

あだ名でサラと呼び、それはそれは美しい娘へと育ち、伴兵衛と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい。


「面白かったー! でも、まだサラとお兄様は結婚してないよ?」

「うっ、そ、そうだね。でもいつかはするかもしれないだろ?」

「そうなのかなー」

「サラは俺とずっと一緒に暮らすのは嫌?」

「嫌じゃない! ずっと一緒がいい!」

「そうかそうか。なら結婚したようなもんだ」

「そうなのかなー」


断死夭ダンジョンで生活を始めてどの位経っただろうか。

今では地下三階層まで辿り着いている。話によると断死夭ダンジョンは三階層までしか確認されていないと聞いていた。

お話を聞かせてあげたサラは隣で寝ている。


「ほんと大きく育ったものだ」


ほっぺに掛かった髪を優しく後ろへ指で梳く。

断死夭ダンジョンは時間の感覚がわからないのが困りものだが、だがそう何年も経ったとは思えない。

赤子だったサラはもう十くらいの娘に育っている。

サラの成長はあまりにも早すぎる。

点押ポチの目方は精々五貫(大陸の重さで約20キログラム)ほど。子狼も五貫ほどに育ったが伴兵衛の経験上狼が成体に育つまでが約一年とみている。

自分の感覚がおかしくなければ、断死夭ダンジョンに来てから丸一年ちょっとだと思うのだが、サラの成長を見ていると不安になる。

すぐに自分を追い越してしまうのではないか?

このまま成長し続ければもう一年と経たないうちに己と同じく十七歳くらいに成長するだろう。

だが、その後は?

もしかしたらそのままの速度で老化していくかもしれない。

そう思うと不安だった。

老化する前に結婚してしまうか? と考えるが、村の連中が聞けば虜裡ロリ(大陸の言葉)と罵られるかもしれない。

考えても仕方がない。これからも三階層を下すため進むしかない。

自分はこの一年で強くなった。だが動乱諢ドラゴン相手にどこまで通用するかはわからない。

もっと強くなる必要がある。

もしかしたら断死夭ダンジョンから出ればサラの成長も止まるかもしれない。

一縷の望みをかけて断死夭ダンジョンを攻略する。






―――――





一階層は植物と小動物に溢れる安全地帯だ。ここに脅威はない。食糧にも困ることなく住居もサラを拾った巨木を住み家としている。

二階層は、狼や豹といった中型の獰猛な肉食獣が蔓延る危険地帯だ。

ここはコツさえ掴めれば、半刻(大陸時間で一時間)で三階層まで行く事ができる。慣れればどうってことはない階層だ。

しかし、三階層目は難易度がいきなり臨界域まで跳ね上がる。大型の肉食獣はじめ動乱諢ドラゴンなどの不安多地ファンタジー(大陸の言葉)な巨獣が跋扈する魑魅魍魎地帯。

俺達はここを制圧すべく今日も訪れていた。


俺が親父から託されたものに刀が二振りある。脇差と小太刀で共に隠田部おたべ一族に伝わる名刀だ。

元々刀は戦闘用とは言いにくく、親父が使っていたのは槍だ。

こちらは長さも重さもあり、武器の火力としては申し分ない。

無い物を強請っても仕方がないので、脇差は俺が使い小太刀はサラに使わせている。

三階層の敵は巨獣なので、お手製の六尺棒(大陸の長さで約1、8メートルの棒)を使うことが多い。

今も俺達の手にある得物は六尺棒だ。


「サラ! 無理はするな」

「うん。わかってる!」


対峙する化生は大陸で鰐と呼ばれる化け物。

あの何を考えてるかわからない眼が怖ろしい。巨大な口を開けば鋭利な牙が並んでいて身震いする。

聞いた鰐は巨大なもので二十尺(大陸の長さの単位で約6メートル)ほどとの話だったが、実際は三十尺以上はありそうだ。

サラが六尺棒を手に鰐を威嚇し突っつく。狙いは水辺から誘き出すこと。

水中は鰐の土壇場で我々では対処できない。だが誘き寄せれば何とかなる。

サラの挑発に怒った鰐は水場を出てこちらへ気持ち悪い速度で這ってくる。

サラはまだ十四歳位とは思えない俊敏さで仕掛けた罠の上を通過する。

まんまと誘導された鰐が罠に触れると、広げた反物のよな植物が鰐の口に纏わりつく。


「今だ。目を狙え!」


六尺棒の先端には鋭利な石が嵌め込まれていて、簡易的な槍となっている。強度は心許ないので目などの柔いところだけを狙うようにしている。

サラと俺は暴れる鰐に警戒しながら、ひたすらに目を狙う。間違っても尾に近づいてはいけない。あんなもので引っ叩かれた日には、三途の川が見えるに違いない。

サラの突きが左目を抉り、鰐は死に物狂いで暴れる。

こうした時は少し落ち着くまで待った方がいい。

バッタンバッタンとのたうち回る姿に、反物の植物は大丈夫だろうかと思うが、あの不思議植物も異常な丈夫さなので静かに水辺の方へ移動し静観する。

一頻り暴れた鰐が方向を転換し、水辺へと向かいだす。

鰐の狩猟も慣れたものだが、気を緩めてはいけない。万が一水中に逃れてしまえば諦めざるを得ない。その前に残る右目を潰さなくては。

鰐の顔に向けて小さな巾着を投擲する。

巾着が弾けると中から赤い粉末が舞う。

眼に赤い粉末が入ったのか、鰐はもんどり打って転げまわる。こんなのに巻き込まれては敵わないと少し距離を取り、その時をじっと待つ。

鰐の動きが止まり、水辺を探すように顔を上げる。

(今だ!)

俺とサラは静かに忍んで近づき、残る右目を潰すことに成功する。

後は暴れる鰐の隙を見て、脇差で頭部をめった刺しにすれば一丁上がりだ。


「サラお疲れさん。でも、無理はしてくれるなよ。こっちは寿命が縮む思いだからな」

「私だって、お兄様が怪我するんじゃないかと気を揉んでいるんですよ」


サラの言葉遣いが日に日に丁寧なものになっていく。そんな風に寝物語を聞かせてきたわけだが、その成長速度は留まることがない。

その背丈は村基準で十四程だと思われ、すっかり女性らしい体型になってきている。

断死夭ダンジョンの潜るようになっておそらく一年半が経っていると思う。

もう一年半だが、僅か一年半だ。

何故こんなにも早くサラは成長するのだろう。

竹取の姫の物語を思い出す。彼女は何か罪を犯して地上に来たのではなかったか? サラもいずれ帰っていくのだろうか。

不安を抱く俺の思いを他所にサラは戦利品である鰐を物色し始める。


「あ、ここかも」


そういうと、小太刀で鰐の腹を裂き、サラの拳ほどの白い石を取り出す。

あったあったとピョンピョン跳ねて喜ぶサラの姿に俺の不安は霧散する。

考えても仕方がない。今は断死夭ダンジョンを征服し、村に戻って化生どもを一掃できるだけの力をつけることだ。力無き者が村に戻っても死ぬのが関の山。このまま力を蓄えよう。


「よかったな。足と皮だけは持って帰ろう。当面美味い食事にありつけそうだな」

「うん! 嬉しいね」


無邪気の笑うサラの笑顔に、俺も思わず口角が上がる。

このままサラと断死夭ダンジョンで過ごすのも悪くないと思い始めているが、それ以上にサラを失うのが怖い。

俺は断死夭ダンジョンを下しその力を得なければならない。

それが最善の結果につながると信じる以外の道は用意されていないのだから。


一階層の住み家まで戻るのに普通でも半刻(大陸時間で一時間)かかる。

ましてや戦利品もとなると一刻はかかる。

鰐の足を川で冷やし血抜きして、大きな植物の葉に包みなるべく臭いがしないように大陸の辛子も振りかける。この赤い粉末は何でも使えて便利だ。一階層で大量に群生しているところを発見できたのは幸運だった。

お陰で狩猟に幅が出来て生き延びることができている。

慣れていない頃は血の匂いがしたまま持ち帰っていたのだが、帰る道中も化生の襲撃に悩まされ、一階層でも小動物が肉を狙ってくるので気が滅入ったものだ。


随分断死夭ダンジョンにも馴染んできた俺達だが、三階層の攻略は遅々として進んでいない。

何故なら鰐がいた川を渡ったことがないからだ。三階層に入って徒歩で四半刻(大陸時間で30分)くらいのところに川が流れているのだが、川向うに動乱諢ドラゴンがいたのを目視した。とてもじゃないがまだ勝てる気がしない。

それでも川の手前までに戦った化生は鰐以外にも、熊や獅子、虎といった大型の獣がいる。川向うは更に化け物じみた獣が支配する地なのだ。


俺達は慎重に三階層を抜け、二階層もやり過ごし約一刻(大陸時間で二時間)かけて住み家へと帰還した。


鰐の足は二本を近くの小川で冷やし、残り二つは家で陰干ししてから、適度な大きさに切り塩と大陸の辛子をまぶして、煙で燻す。かなり適当だがこれで十分簡易保存食となる。冷やしている肉は数日は問題なく食べれる。

風呂は一階層の奥地へ行けば湯が湧き出ているのだが、面倒なので小川で済ますことも多い。

今まではサラと一緒に水浴びをしていたのだがある時からサラが別にしようと言い出した。

その時はこの世の終わりかと思ったが、温泉は一緒に入ってくれているのでよしとしている。なので最低三日に一回は温泉へと行くことを義務付けている。

清潔感は命に直結するので仕方がないことなのだ!

村の連中に知られたら虜裡他ロリータ悩立恥ノータッチ(大陸の言葉)と批判されるだろう。

だが嫁であれば問題ないのだ。自分にはそう言い聞かせている。


家の中ではサラが小太郎コタロータマとじゃれ合っていた。

小太郎コタローは雄の狼で目方も六貫とありもう一人前だ。タマは雌でまだ五貫に届かず、母親の点押ポチより少し小さい。だが狩猟の腕前は小太郎コタローよりも上手く小動物を狙わせたら右に出るものはいない。

サラは狼たちを家族と思ってくれているのか、いつも毛繕いをしたり一緒にお昼寝をしたり、よく散歩(狩猟)に出かけていて面倒見がよい。

いい子に育ったもんだとほっこりする。


そのサラの機嫌が最もいい時が、三階層で化生の体内から取れる白い石を持ち帰った後だ。この石をサラが持っていると石の奥の方で何かが蠢き弱い光を放つ。

その光がポカポカと温かいものだから、寝る時はサラが石を抱き二人の間にくるようにして眠りにつく。

石は温かいだけでなく次の日は体調も良くなっているから不思議である。

石は一日で光を失い色が変化する。

色が赤い時は刀や六尺棒と一緒に保管しておくと、半日程度で何故か丈夫になり研磨されたような状態になる。石は使命を終えたように砕けて白い粉になる。園粉は畑にまくと作物が元気に育つのでありがたい。

石が青い時は、衣服と保管しておくと、やはり丈夫になる。

石が黄色の時は食物と一緒に保存しておくと鮮度が保たれ虫が付きにくくなる。黄色の石の場合は約三十日で粉になる。

他の色にも変化するかもしれないが、今のところこの三色にしか変化したことがない。

石を抱いて寝た後はサラの身体能力が著しく向上する。最初は冗談かと思ったが何度も繰り返していくうちに、俺に迫る勢いで膂力が増してきているのだ。

こんな白い細腕のどこにこんな力があるのだろうと思うが、まだまだ俺には届かない。

追いつかれたら堪らないと、自分で白い石を抱いて寝たこともあるのだが、調子が良くなる以外の変化は見られない。

サラが少し拗ねているので、謝って許してもらう。

どうやらサラにのみ身体能力に影響があるみたいだ。

こういうのを不安多地ファンタジー(大陸の言葉)というのだろうと納得する。





―――――




あれから更にひと月が経った。

サラの成長も進み綺麗な女性へと変貌しつつある。

身体能力も抜かれるかもしれないと思い、負けじと化生を狩猟し続けていると毛色の違う黒い石が手に入った。

いつもはサラは持っていると石は少し発光するのだが、今回は光らない。何故だろうと思うがわからないので放置していた。

ある夜の就寝時、サラが寒いと言うので白い石を探すが無かったことを思い出す。仕方がないので黒い石を持たすが冷たいから嫌と言う。

どうしたものかと俺が持っていると徐々に温かくなり発光する。


「うわっ。これ光ったぞ」

「あったかい。でもお兄様が持ってて。そのまま抱きしめて下さると温かくていいです」


おっふう。綺麗になったサラを抱き締めるのは、色々と不味くなってきている。

だがサラの頼みを無下には出来ん。

黒い石を真ん中にサラをそっと抱きしめる。

次の日、俺の身体能力が向上した。

サラは元気になっただけだ。

もしかして黒い石は男用なのでは? そんな気がした。でも黒い石は何から採集したか?

うんうん悩んでいるとサラが、川向うの大蛇がこちらに来た時の戦利品ですよと教えてくれた。

今まで勇気がなくて川を渡れなかったが、黒い石が手に入るのであれば挑んだ方がいいかもしれない。そうサラに相談すると、お兄様の判断に委ねますと言ってくれるので、川を渡る決心がついた。





三階層の川の手前まで来た。

もし鰐がいれば今日は鰐でいいかと弱気になっていたが、鰐は見当たらなかった。


「行くか、サラ」

「お兄様、緊張しすぎですよ」

「サラが旦那様と呼んでくれれば緊張も取れる」

「まあ、現金な。仕方がありませんね、ひと肌脱ぎましょうか」


そういって衣服を脱ぎ始め肩を出す。


「ちょっ! それは帰ってから! そうだ今日は温泉に行こう。うん。それがいい」

「フフッ、冗談ですよ。温泉に行くと旦那様がジロジロ見てくるので落ち着きません」

「あ、いやそれは、その……、あっ、今旦那様って」

「ようやく気付かれましたか。どうです緊張は取れましたか?」

「あ、はははっ、うん。すっかりいいみたい。今日は頑張れそう」


慎重に警戒しながら川を渡る。

よく観察すると浅瀬があり、十間(大陸の長さで約18メートル)ほどの広い川だが、ずぶ濡れになるのは回避できそうだ。

蛭などがいないか確かめるが、川の水も澄んでおり大丈夫そうだ。沼とかであれば気を付けねばと思う。

無事渡り終えると、重苦しい空気が纏わりつく。

川一本隔てて別世界のような雰囲気があった。


「お兄様、あれは」


サラが指さす先を見ると、大木の上に一羽の鳥が止まっていた。

いや、鳥にしては巨大過ぎる蝙蝠のようで爬虫類のような生物で、羽を広げれば三十三尺(大陸の長さで10メートル)はありそうだ。


「もしかしてあれも動乱諢ドラゴンなのか?」

「あそらく動乱諢ドラゴンの亜種ではないでしょうか?」

「可能性はあるな」


問題はアレに勝てるのかということだ。

こちらの存在に気付いた動乱諢ドラゴンの亜種はクエエエッツーーーと鳴くと、羽を広げ急降下してくる。


「サラ! 木の陰に逃げるぞ!」

「はい!」


川を渡った先には大木の他に八尺(大陸の長さで2、4メートル)ほどの灌木があり、灌木に隠れながら対策を練ることにした。

灌木の陰に隠れると動乱諢ドラゴンの亜種がその幹を掴み、折ってしまった。


「ダメだ! 他の灌木で身を守りながら大木まで行くぞ」

「はい!」


クエエエエッーーと高い声で鳴きながら灌木を薙ぎ払ってく姿は、動乱諢ドラゴンよりは小さくとも、同じような獰猛さを感じる。

なんとか大木まで近寄ると、動乱諢ドラゴンの亜種は大木が邪魔で近寄りがたいのか空中で旋回し始める。


「やはり羽が邪魔で襲い掛かって来ないか」


少し様子を見るが、対策が思い浮かばない。


「お兄様、大蛇が!」


振り返ると五十尺(大陸の長さで15メートル)もある大蛇が地を這いこちらへと向かってくる。


「サラ! 木に登るぞ。いけるか?」

「はい! お兄様が手を貸して下さるなら」

「よし」


先に俺が登りサラを引っ張り上げる。黒い石の力を取り込んでから体が頑強になったような気がする。

難なくサラを持ち上げ、木を登っていく。十尺登ったところで下を見下ろすと、大蛇が大木に巻き付きそのまま登ってくる。

背負っていた六尺棒で牽制するが大蛇な怯まない。


「お兄様! 動乱諢ドラゴンの亜種が来ます!」


下からばかりでなく、これ幸いと動乱諢ドラゴンの亜種までもが此方を狙ってくる。

大木に巻き付いた大蛇が此方に向かって大口を開ける。

咄嗟にサラを抱き、大木から飛び降りる。

サラから可愛い悲鳴が聞こえるが、サラを抱いての着地は堪えた。

俺は足が悲鳴を上げるが、構わず大木を見上げる。

広げた口から毒を吐いた大蛇は俺達を見失い、俺達を捉えようと急降下してきた動乱諢ドラゴンの亜種は正面から毒を受け怒り狂い大蛇の頭を爪で掴んでいた。

大蛇は暴れるが、深く突き刺さった爪は一層大蛇の頭を締める。

流石の動乱諢ドラゴンの亜種も落とされたら敵わないと爪を外そうとするが深く刺さった爪は抜けない。

両者とも藻掻き大蛇の血が飛び散り、大木に何度もぶつけられた動乱諢ドラゴンの亜種の羽もボロボロになりつつある。


「今が好機だ!」


俺は大陸の辛子の入った巾着を大蛇の頭に向かって投げ、その場からサラとともに退避する。

傷口と目に赤い粉末の辛子を浴びた大蛇は一層暴れ出し、動乱諢ドラゴンの亜種を地面へと叩き落す。

動乱諢ドラゴンの亜種は、グエエエエーーーと鳴き、必死で藻掻くが爪が抜けない。

瀕死の動乱諢ドラゴンの亜種に俺は突貫し脇差で胴を貫く。

大蛇が暴れるのですぐに下がる。

何度も地面に叩きつけられる動乱諢ドラゴンの亜種は見る見るうちに弱り、次第に動かなくなった。

後は大蛇だが、何の仕掛けもなく倒せるだろうかと悩んでいたらサラが飛び出す。


「ばっ! サラ!!」


サラは大木を駆け上がり、その勢いのまま落下。

そのまま大蛇の脳天に小太刀を突き立てる。

キシャアーーーとひと鳴きすると大蛇も静かになり、辺りに静寂が訪れた。


「終わったか……」

「はい。でも怖かったです」

「怖かったのは俺の方だよ。サラ怪我はないか?」

「はい」

「今のは無理をする場面ではあったが、サラに何かあったと思うと……」

「お兄様は褒めては下さらないのですか?」


不安そうに、悲しみも混じった目で俺を見るサラに、自分の心の内の心配を押し殺す。


「いや、ありがとうサラ。よくやった流石は俺の妻だ」


そう伝えるとほっとしたサラがいたずらっ子っぽく言う。


「もう、まだ結婚してませんよ?」

「でもするかもしれないだろ?」

「そうなのかなー」


なんか小さい頃のサラを思い出して笑ってしまう。


サラが動乱諢ドラゴンの亜種と大蛇から石を取り出してくれる。


「やはり黒い石か」

「はい。これはお兄様のものですね」


三階層の入り口周辺でも命懸けの戦いであったが、川を越えると更に死闘だ。

黒い石による強化と死闘による危険度は釣り合うのだろうか。

つい弱気になってしまう。

そうは思うが早くここから去らなければ、次の脅威が襲ってくるかもしれない。

戦利品に動乱諢ドラゴンの亜種の足を取り、大蛇は捨て置く。

前回の大蛇討伐は皮が寝具になり、肉も美味かったが今回は仕方あるまい。

俺達は最低限の血抜きをすると、すぐに三階層をでる。

住み家に着くころには随分と草臥れていた。


まだまだ三階層を攻略できそうにないなと思いながら、その日は眠りについた。













幕間 ~名付け~


サラに漢字の意味を教えた後で、名前には漢字があるのだと伝えた時に、タマはどんな漢字なのかと問われたので答える。


「タマは金珠と書く。金は大陸では豪流斗ゴールドと呼ばれ非常に貴重らし――」

「ダメ!」

「え?」

「絶対ダメ! 一字で珠でいいの。これ決定だから」

「そ、そうか」


続いてコタローの漢字も問われるので答えると、サラが渋い顔をする。


「コタローのコがどうして股なの?」

「ああ、それは、京の都に夫栗ふくり股三郎またさぶろうさんという人物がいるらしくてな。どうも子沢山らしいんだ。それにあやかってだな、股太郎コタローと――」

「ダメ」


サラは底冷えするような低い声で否定する。


「絶対ダメ! 小さいで小太郎。これで決まりだから」

「それでは友部さんちと被るから――」


キッとサラに睨まれる。

なんか悪いことをした気分だ。


「ダメだから。もうこの話はおしまい」

「あ、はい」


こうして名付けは終わった。

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