第13話 避暑に来た令嬢のような日常

 ヴィンセント辺境伯家での生活は快適すぎた。

 美味しい料理とスイーツが毎日のように出されるし、厳しい教育もダンスのレッスンもない穏やかな日々だ。もしかしたら少し太ったかもしれないわ。


「カレン……私、何をしに来たのかしら? これじゃ、まるで避暑に来た令嬢だわ」


 鏡を覗き込んでお腹まわりを摩っていると、カレンは少し目を丸くしたけど、にこやかに、良いじゃないですかといった。


「アリスリーナ様は少々頑張りすぎだったんです。息抜きに来たと思えば良いじゃないですか」

「でも、こんなに至れり尽くせりだと、色々と心配だわ」

「ウエストがですか?」

「それもあるけど……」


 勿論、それだけじゃない。

 どんなに親切にされたって、私が魔女の烙印を捺されていることに変わりはない。そんな邪魔者を側に置いておくことに、何のメリットがあるというのか。私に尽くしたところで、レドモンド家から感謝されるわけでも、宰相様から恩赦がある訳でもないだろう。


「貴族が何のメリットもない家門を庇ったりしないわ」

「それは、そうかもしれませんが」

「魔女として公開処刑される方が、まだ、利用価値あると思わない?」

「どうしたら、そんな考えになるんですか!?」

「どうしたらって……民衆の不満の捌け口によく使われる手でしょ。だから私も、そうなるんじゃないかなって思ってたのよ」


 ヴィンセント家の人たちはとても親切だ。わざわざ処刑するため連れてきた魔女に尽くすというのも、変な話だから、私を呼んだのは処刑するためではないって、早い段階で理解できたけど。

 だったら何が目的なのか、さっぱり分からない。

 フェリクス様は、やりたいことをすれば良いと仰られたけど。それもいまいちよく分からない。


「いつまでもお世話になってばかりはいけないと思うの」

「と、申しますと?」

「フェリクス様は、ヴィンセント家の一員にって言って下さったわ。それなら、何か役に立たなければいけないわよね」

「役に立つ、でございますか?」


 首を傾げたカレンは、小さく「そういう意味じゃないと思うのですが」と呟いて困った顔をした。


「お庭のお手入れを手伝うのはどうかしら?」

「庭師のご夫婦の邪魔になると思いますよ」

「図書室のお掃除や、本の手入れは?」

「お嬢様、使用人のお仕事を奪ってはいけません」

「それじゃ、お部屋のお掃除……は、カレンの仕事を奪うのね」


 宰相夫人になるべく学んできたことなんて、何一つ役に立たないものね。社交界に出なければ、何の価値もない。

 小さくため息をつくと、カレンがそっと私の手を取った。


「今まで頑張ってきたんですから、今はお休みください」

「……でも、申し訳ないわ。こんなに素敵なドレスまで用意してもらって……」

「ドレスの試着フィッティングは大変でしたね。それを思えば、着ない手はありませんよ」


 私はスカートを少し摘まみ上げ、カレンと顔を見合った。そうして、どちらともなく笑い合う。

 だって、フェリクス様が呼んだ仕立て屋さんったら、あまりにもこだわりの強い方で可笑しかったんですもの。


「地味な色を選んだら、修道女にでもおなりですか、って言われたのには驚いたわ」

「どなたかの葬儀でしょうかとも仰られてましたね」

「フェリクス様が派手な色を選んだら、派手であれば良い訳ではありませんって、ぴしゃり言われてたし」

「王都であんなこと言ったら、すぐにでも投獄さますよね」

「でも、ここではそんなことお構いなしというか……フェリクス様も、楽しそうだったわ」


 採寸は肩幅、胸回り、胴回り、足の長さに腕の長さ──ミリ単位で事細かに行われ、さらに、色味を合わせたりレースやリボンを選んだ。試着は、貴族子女なら誰だって心躍らす時間だわ。王都では貴族に気に入られようと見え透いたゴマをする仕立て屋ばかりで、それに優越感を感じる人も多いみたいだけど、私は少し苦手だった。


 だけど、フェリクス様の呼ばれた仕立て屋さんは、そんな素振りが一ミリもなかった。仕事のこだわりは強いけど、話を聞かない方ではなく、私はそれが嬉しかった。あんな楽しい試着なら、何度でもお願いしたいわ。時間はうんとかかったけど。

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