第12話 私のやりたいこと
ふんっと鼻を鳴らしたフェリクス様は、私の手を彼の腕に置くよう導く。
「辺境の地では、力のある者が認められる」
「……力のある者?」
「力がなければ、この地は瞬く間に魔物に食われるからな」
「でも、ダンジョンがそれを防いでいます」
「そうだな。しかし、あの中で魔物は生きている。数を増やすこともあるし、ダンジョンから出てくることもある」
魔物が出てくる。過去の事例で知ってはいたけど、王都に住む人々にとっては、いまいち現実味のないことだ。
私も想像が出来ない。出来ないけど──
「でも、魔力を暴走させたら、守るものも守れません」
「アリスリーナ……お前も大概、頑固だな」
フェリクス様は、やれやれと言いたそうな顔で笑った。
「その頑固さも可愛いところではあるが」
「かっ、かわっ!? な、何を急に──」
「照れた顔も可愛いな」
ぽんぽんと投げられる言葉に、私は困惑させられっぱなしだ。
フェリクス様はどうして、こんなに私のことを特別視するのかしら。お兄様と親しいから私のことを擁護して下さっているというのも、少々、無理がある気がするわ。
だって、王都を追い出された令嬢なんて、何の価値もないじゃない。それを、友人の妹だからって親身になるとも思えない。
「……私が魔力を暴走させ、学院の施設を壊したのは事実です。もしかしたら、婚約者をこの手で殺めていたかもしれません」
「殺していない。それも事実だ」
「でも……また、何かの拍子に魔力を暴走させるかもしれません。そうしたら、また私のことを悪くいう者が現れるでしょう。きっと、ヴィンセント家にもご迷惑をお掛けしてしまいます」
私は、私自身が恐ろしいの。
もしかしたらこの手が血に染まっていたかもしれない。また同じことを起こすかもしれないわ。もしそんなことになったら。──考えたら、震えが止まらなくなる。
こんな私に、フェリクス様がどうして優しくしてくれるのか分からないけど、それを裏切るようなことをしてはいけない。
私は、静かに生きないといけないの。
踏み出す足が重くなり、立ち止まった私の手がフェリクス様の腕からするりと離れた。
「私には……フェリクス様に優しくされる資格がありません」
「全く、強情なところは幼い頃のままだな」
まるで私のことを知っているような口ぶりに、違和感を感じた。
立ち止まる私と向かい合い、フェリクス様はその大きな手で頭を優しく撫でてくださる。
「自分の魔力を制御できないのは、怖かったか?」
「……もう、二度とあのようなことは起こしたくないです。魔法も二度と使いたくないです」
止められない感情と、私の意思とは無関係に暴れる力。あの時、私は本当にジュリアン様を殺そうなんて思っていなかったはずなのに、全てを否定は出来ない。憎しみの心は、確かにあった。
思い出そうとすると、鼓動が早まる。
胸元で手を握りしめて俯くと、大きな手が私の頬を包み込んで顔を上向かせた。
「勿体ないことを言うな」
「……勿体ない?」
「ああ、勿体ない。アリスリーナの魔力は、まるで薔薇の花のように艶やかで美しい。それを咲かせないのは勿体ないぞ」
「薔薇の花……?」
今まで優秀だと褒められることはあったけど、魔力そのものを美しいと言われたことはなかった。
あれ、本当になかった?
幼い頃、誰かが私の魔法を見て褒めてくれていた気がする。その人も、確か同じようなことを言っていたような。──おぼろげな記憶を探ろうとすると、ずきずきと頭が痛み始めた。まるで、思い出してはいけないと警鐘を鳴らすように、鼓動が早まっていく。
「アリスリーナ? 顔色が良くないが」
「……ご心配なく。少し、眩暈がしただけです」
「すまない。朝からするような話ではなかったか」
フェリクス様は、私を気遣うように微笑んだ。本当に彼は、優しい。
「いいえ。その……私は自分が怖いんです。でも、そんな私を気にかけて下さり、とても、感謝しております」
「アリスリーナ。必要以上に己を恐れるな」
「……どういう意味でしょうか?」
「お前はたった十七ではないか。俺の十年前はもっと酷かったぞ。何度ダンジョンを吹き飛ばしたかしれない」
「ふっ、吹き飛ばし!?」
「はははっ、一緒に魔物も吹き飛ばしたけどな!」
大口を開けて笑ったフェリクス様は、再び私の手を引いて歩き出した。
「生きていれば、やり直せる」
「……やり直せる?」
「ああ。やり直して、やりたいことをやれば良い」
「やりたいことなんて……」
王都に居場所のない私ができることなんて、ないもの。貴族に生まれたからには、家のために生き、王家を支えて国のために生きる。それが令嬢にとっての幸せだから──
「お前のことを陥れた奴らに一泡吹かせるのはどうだ?」
「……え?」
「アリスリーナを手放したこと、後悔させてやろうじゃないか!」
まるで悪戯を思いついた少年のように目を輝かせたフェリクス様を、私は呆然と見上げた。
ジュリアン様を、後悔させる。お父様の邪魔をしないように、お母様を泣かせないようにとばかり考えていた私は、そんなこと、思いつきもしなかった。
「……そんなこと、出来るのでしょうか?」
尋ねた私の声は震えていた。それに、フェリクス様は笑顔で出来ると断言した。
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