第2話 絶望は悲鳴を上げて暴走する
なんてことでしょう。
私には、一度として甘い言葉すら囁かなかったジュリアン様の唇が、意図も簡単にポーラに触れるだなんて。
「私は子爵家の娘……何も持たない私がジュリアン様と結ばれることなどないと思っていました。でも、だからこそ……この学院にいる間だけでも、ジュリアン様のお心を慰められたら、それだけで幸せなのです」
不貞を美談のように語る少女は、その顔をジュリアン様の胸に埋める。小さい肩が、彼の両腕で抱きしめられた。
ああ、私は本当に何を見せられているの。
「愛しているよ、ポーラ」
「私もです、ジュリアン様」
愛を囁き合った二人の唇が再び重なる。
悲しみなのか、怒りなのか。指の震えが止まらない。
その指先で私は自分の唇をそっと撫でる。まだ誰も触れたことのない柔らかな唇もまた、わなわなと震えていた。
私はどうすれば良いの。こんな屈辱を受け、ただ見過ごすしかないのか。だけど、怒鳴り込むのは
あまりの光景に、私の感情がぐちゃぐちゃにかき乱されていった。全身を駆け巡る血液が沸騰したのかと思うくらい、体が熱くなる。
まさか、神聖なる学び舎で、不埒な行為に及ぶというの。
その言葉は一時の気の迷いではなく、本心からの裏切りだというのか。
唇を噛みしめて、煮えたぎる激情を押し込めていた私の目に、あられもない姿が飛び込んだ時だ。耳の奥で何かが鳴った。それは鼓動じゃない。けたたましい警告音のような激しい高音。
もう、冷静でなどいられなかった。
「私を……私を裏切ったのですね……ジュリアン様……」
頬を涙が伝い落ちた。
ジュリアン様に恋をしていた訳じゃない。それでも、私は彼と結婚するのだと信じて疑わなかった。そう遠くない未来、宰相様の夫人として生きるのだと覚悟を決めていた。
いつか、彼は私を認めてくれて、そうして恋を知るんだと思っていたのに。
目の前で、破廉恥な口づけが繰り返され、甘い吐息が聞こえてくる。
何てことだろう。私は裏切られたのだ。
「私を、裏切りましたね、ジュリアン様!!」
堪えきれない熱が全身からあふれ出し、絶望は悲鳴となって植物園内の木々を震わせた。
振り返ったジュリアン様とポーラの顔が蒼白になる。
「あ、アリスリーナ様! こ、これは、その──」
「ごっ、誤解だ!! こ、これは、彼女が具合が悪いというので──」
二人は同時に、よく分からない言い訳を口走った。そうして、そろって喉を引きつらせる。
だけど、全部遅いですわ。
「愛し合っていると仰ってました。全部もう……遅いですわ!」
悲しみと怒りが渦巻き、全身の魔力が溢れていく。それに呼応するように辺りの木々がうねり出した。
大きな葉はまるで扇のように左右に揺れて風を起こし、花を咲かせていた蔦は鞭のようにしなる。ガラス張りのサンルームは、いたる所でバリンバリンと砕ける音を響かせた。
暴れる植物の様相は、まるで力を得た魔物のようだった。
彼らにどう償わせようか。この時、私にそう考える余裕があったら良かったのかもしれない。だけど、絶望で頭が真っ白になっていた私は、溢れる魔力の渦に飲み込まれていった。
悲鳴をあげるポーラの手を握り、ジュリアン様が走り去ろうとする。
ああ、私から逃げるのですね。
悲しみに周囲が暗くなり、視界が狭まっていく。最後に見たのは、暴れる植物に追い詰められた二人が恐怖に震えながら、抱き合う姿だった。
私はジュリアン様に捨てられたのね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます